中国・韓国の歴史教科書を調査し批判せよ

      (初出 平成17年4月26日)

 これだけは言ってはならない「反省とお詫び」をまたまた言ってしまった小泉首相。謝罪も補償も要求しなかった。ただ暴力への対策だけを要求した。目先の収拾を優先し、国家としてのあるべき態度を犠牲にしてしまった。

 「反省とお詫び」を言ったのでは、「日本が悪いのだから先に謝れ」という中国のいい分を認めたに等しい。日本の首相がまずもって言うべきことは、「悪いのは中国の間違った歴史教育にある」ということである。「反省と謝罪はすでに何度も行ってきているし、計3兆円あまりの経済援助もしてきたのに、日本の誠意を国民に知らせてこなかった中国政府が悪い」と言うべきだった。肝心のことを言わないでただ謝ってしまったのでは、これから先、ことあるごとに中国から文句をつけられても、反論さえできないだろう。

 「反省を行動で示せ」とは「靖国参拝を止めろ」「教科書を中国のいい分どおりに変えろ」ということである。そう言われて黙っていたのでは、今後靖国参拝をしたらまたまた反日デモが起きることを正当化したことになる。かといって靖国参拝をやめれば、中国の外圧と内政干渉に屈したことになる。小泉首相はたいへんなジレンマを背負い込んだ。その自覚があるのだろうか。

 しかし、災い転じて福となる可能性も見えてきた。町村外相の談話によれば、政府として中国や韓国の教科書をきちんと調査して、言うべきことを言う方向で検討に入るそうである。

 向こうばかりがこちらの教科書を批判して、こちらは何の批判もできないという歪んだ関係を正す絶好の機会である。とっくにやっておくべきことだった。だが「やっと今頃になって」とは言うまい。とにもかくにも、正しい方向に進みだしたことは評価しよう。

 この提案が実行されても、中国や韓国が耳を貸す可能性は小さい。しかし日本国民に対する教育効果は絶大であろう。中国や韓国の教科書の実態を知らない人が大多数であるから、中国や韓国の教科書の歪曲をまず日本国民に知らせなければならない。そうすれば、日本の世論の力で、中国や韓国に要求できるし、なによりも政治家が毅然とした態度を取れる。

 しかし、手放しでは喜べない。まだまだ越えなければならない困難が多いからである。

 困難の第一。中国や韓国の教科書の誤りを批判するためには、まずもって日本の教科書の誤りをなくしておかなければならない。一つの例外もなく。そうでないと、せっかく誤りを指摘しても、中国や韓国から「日本の教科書にも書いてある」と言われてしまう。これは急務である。

 困難の第二。その前に、日本側の「正しい歴史認識」についての統一見解をまとめなければならない。それに従って中国や韓国の教科書の誤りを指摘することになるが、その基準を決めるのがたいへんな難事業である。中国や韓国の手先のような者たちが、一斉に中国・韓国側に立った意見を言いだして、収拾がつかなくなる恐れがある。最終的には政治家が判断しなければならないが、それだけの定見を持った政治家がいるかどうか。

 とりあえずは、明白な事実の間違い、証拠のない「事実」、捏造、の三点に焦点を絞って、まとめることになろう。この問題では今までに高度な研究が積み重ねられている。たとえば明星大学の「戦後教育史研究センター」はこの分野での専門機関である。そのスタッフである勝岡寛次氏の著書『韓国・中国の「歴史教科書」を徹底批判する』(小学館文庫)は題名のとおり、韓国・中国の「歴史教科書」を徹底的に分析し、その誤りを指摘している。また「日本政策研究センター」(伊藤哲夫所長)が最近まとめた『ここがおかしい中国・韓国歴史教科書』は問題点を鋭く指摘している。こうしたすぐれた研究や整理がすでにあるのだから、政府はそうした研究を活用して、すばやい結論を出してもらいたい。

 困難の第三。もし結論が出たとして、それを韓国や中国の国民に知らせる努力をしなければ意味がない。これをどう進めていくか、政府レベルと民間レベルの両方の戦略が必要になる。そこまでの見通しをもって進めるべき国家的プロジェクトとすべきである。

 町村外相がそこまでの覚悟と見通しを持って言い出したのかどうか、今後の推移を見守りたい。

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