共産勢力の「工作」の温床「日中友好」「日韓友好」を考え直そう

         (初出 平成17年4月8日)

 このところ、竹島問題や教科書問題をきっかけにして、韓国と中国でまたまた反日運動が燃え上がってきた。これは明らかに「作られ」「煽動された」「反日」である。つまりは共産勢力の「工作」である。

 同様に「人権擁護法案」を出してくるのも、監獄法改正案を出してくるのも、根っこは同じ、相呼応しているのである。

 韓国の盧大統領は「民間レベルでの交流は続けたい」と言っている。「冬ソナ」「韓流」ブームは「歓迎」という意味であろう。じつはこの「韓流」ブームもまた北の「工作」に利用されているのである。ブームの担い手の中年女性たちの多くは「ノンポリ」である。ただ「純愛」に酔っている。しかし「交流」をすると「正しい歴史認識」とやらを教えられたり、確認させられるという仕組みである。

 もっと怖いのが、高校生レベルでの「交流」や「韓国への修学旅行」。韓国に対して友好的な気持ちになったところへ、いろいろな形で「正しい歴史」とか「相手の立場に立った見方」が注入される。(しかし韓国人には「相手の立場に立った見方」を勧めない。)

 日本の子供たちには「相手(朝鮮や中国)の立場に立った」歴史の見方ばかりが教えられ、日本の立場に立った見方は教えられない。それをやろうとすると、「ナショナリズムだ」「戦争に道を開く」と言って攻撃される。日本の子供たちは理論的に無防備のまま、「日本は悪いことをした」と外国から責められるばかりか、日本国内でもそう思い込まされる。日本の「立場」に立った言い分は子供たちには知らされない。

 一昨日と今日の朝日の社説「こんな教科書でいいのか」「こちらこそ驚いた」も、相呼応した動きである。扶桑社版教科書だけを集中的に批判する内容である。国民の前に選択肢として並べられた段階で、不当に「悪い教科書だ」という先入観を植え付ける汚い作戦である。朝日の社説は「戦後の日本は、戦争や植民地支配でアジアと日本の民衆に大きな犠牲を強いたことを反省して出発したはずである」と言うが、その「犠牲」とされた事実が捏造だとか偽りであった、不当に頭を下げさせられてきたということが、今問題になっているのである。

 たとえば日韓併合では、激しく抵抗した人々もいれば、歓迎した人々もいる。日韓併合によって朝鮮は近代化への一歩を踏み出すことができたし、失業者は日本に来て救われたという側面もある。それも「事実」であり「歴史」であるにもかかわらず、韓国・朝鮮国内ばかりでなく、日本でも「歓迎した」ことは「歴史の美化」、「日帝の正当化」だとしてタブー視されてきた。もちろん「歓迎した」ことだけを強調すべきでないことは言うまでもないが、「犠牲にした」という一面だけを取り上げるのでは、歴史の全体像は見えてこない。扶桑社の教科書がすべて正しいとは言わないが、今まであまりにバランスを欠いてきた教科書記述に一石を投じた意味は評価できるであろう。

 朝日のように繰り返し「反省せよ」「謝罪せよ」という面ばかりを強調することは、韓国や中国の内政干渉に対して抗議するどころか、不当な非難に迎合し、それを呼び込む態度である。

 韓国の反日キャンペーンは、すべて背後に北朝鮮の意思と指令が働いていると思わなければならない。今や韓国という国があるのではなく、北朝鮮があるだけと考える必要がある。やはり本日の『朝日新聞』「私の視点」欄には、朝鮮名の東大助手が、朝鮮は一つという見方をすべきだと書いている。朝鮮半島は今や北朝鮮主導で思想的に統一されようとしているのである。

 米軍の少女轢き殺しとか、竹島とか、何かきっかけをつかんでは反米・反日を煽り、民族の一体感を利用して左翼的な統一を図るのが北朝鮮の戦略である。最も恐ろしいのは武力による侵攻ではなく、思想宣伝戦による浸透である。その戦略を韓国政府が実行させられているのである。両者は一つだという現実を見なければならない。

 したがって、その挑発に乗って、ますます反日の火を盛んにするのは北朝鮮の思う壷だとしても、逆にびくびくして言うべきことを言わないのも、これまた北朝鮮の思う壷である。

 そうした巧妙な共産主義者らの揺さぶり、情報宣伝工作に対して、日本は難しい舵取りをしなければならない。

 こうした状況の中で、今までどおり「韓国とも中国とも対立しない」ということを絶対の前提にするかぎり、にっちもさっちもいかなくなる恐れがある。日本政府は奥歯に物のはさまったようなことしか言えないでいる。情報宣伝戦において、負けっぱなしという状況である。

 この辺で「日中友好」「日韓友好」というスローガンを一度捨てたらどうであろうか。言うべきことをきちんと言う、それで関係が悪くなるなら、一度悪くなったところから出発し直してはどうか。そこから徹底的に「歴史の真実」とやらを日本人の中でまず明らかにしたらいい。そうでないと、今のままの「日中友好」「日韓友好」では、「反日的日本人」を増やすばかりである。

 ただし、それをやると、経済界が反対するし、アメリカのアジア戦略と抵触するのだろう。アメリカは韓国をこちら側につなぎとめておきたいので、日韓の対立を極力抑えようとしている。また北朝鮮に6ケ国協議を拒否する口実を与えないようにと、拉致問題で制裁をするのにブレーキをかけているらしい。

 しかし、その戦略に従っていると、日本国民はどんどん反日にされていくのに、対抗的な宣伝教育ができないまま、共産「工作」が浸透していくことになる。日本が韓国のように北朝鮮の傀儡になるというのも、決して杞憂ではない。自民党中心の政権が崩れて民主党主導の政権ができれば、韓国の二の舞いにならないという保証はないのである。

 そうした状況の中で、アメリカの思惑に反しても、日本は中国や韓国の思想教育と宣伝に対抗する教育と宣伝をもっと積極的にやるべきではないか。アメリカは韓国を自由陣営にとどめておくという戦略でやってきたが、日本のラインで食い止めるという戦略に転換した方がいいのではないか。でないと、中国批判、韓国批判ができないでいるあいだに、つまり思想的に無防備でいるあいだに、日本まで韓国化して、「向こう側」に取り込まれてしまう危険がある。

 アメリカは韓国から地上軍の一部を引き上げまたソウル近辺から撤退させたが、もしかすると韓国からの撤退の可能性も考えているのかもしれない。しかし今のところは、当面の6ケ国協議を保つために日本の手足を縛っている。日本は「穏便に、穏便に」と言っているだけでは、思想・宣伝戦に負けてしまうだろう。

 日本はアメリカの都合のいい戦略に従っているだけでなく、日本独自の立場から、戦略を持たなければならない。その中で対中国、対韓国の態度を決めていかなければならない。

 少なくともこれだけははっきりと言える。政府が率先して「反日」感情を煽っているような国とは、絶対に友好関係や同盟関係は持ち得ないということである。つまり日本は中国や韓国・北朝鮮とは、友好関係ではない、別の関係を持つことを覚悟しなければならないかもしれない。もちろん政権は固定しているわけでも、永遠に続くわけでもない。事態は流動化するかもしれないので、固定した見方は禁物である。しかしどういう事態になっても対処できるように、日本は長期的・短期的戦略を整えておかなければならない。

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