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(5) 『朝日新聞』世論調査の怪(12月20日)

 

   後日談 語るに落ちた『朝日新聞』の言い訳

   ──「世論調査を操作しました」と白状したも同然(12月21日加筆)

 

 前項で『朝日新聞』の世論調査に対する不信感を書いたところ、蒲郡市の平野喜久氏から驚くべき情報が寄せられた。

 氏は10年も前から夫婦別姓を疑問視し、世論の動向に注目し、資料を集めてきた。前項の私の『朝日新聞』に対する疑問を読んで、忘れていた『朝日新聞』への疑問を思い出したという。

 時は前回の(5年前の)別姓論争からさらに2年を遡る平成6年(1994年)のことである。朝日新聞社は夫婦別姓に関する世論調査を行い、結果を1994年9月27日付の朝刊に発表した。例の総理府の第2回目の世論調査が発表された直前である。

 結果は夫婦別姓に

賛成:58%  反対:34%

 

 おさらいをしておくと、総理府の世論調査は

1回目:1990年9月 賛成29.8% 反対52.1%

2回目:1994年9月 賛成27.4% 反対53.4%

 

 これと比べて見ると、『朝日新聞』の世論調査は、賛成と反対の比率がまったく逆になっていることが分かる。

 別姓推進派は総理府調査の第一回目と比較して、「賛成派が29.8%から58%へ、ほぼ倍増した」「ついに賛成派が過半数」「世論は急激な速さで変化している」と大はしゃぎをした。

 その少しあとに総理府の第2回目の調査結果が発表されたが、結果はなんと前回より賛成派が減り、反対派が増えていた。

 

 じつは同じ時期、『読売新聞』も別姓に関する世論調査をしている。

 

1991年5月 賛成:36.7%  反対:59.5%

1996年3月 賛成:37.1%  反対:56.7%

 

 総理府の結果に比べて、賛成反対ともに数値がやや大きくなっているが、賛成と反対の比率は総理府の調査結果とほぼ同じである。

 総理府と『読売新聞』の世論調査をみると、反対派の方が圧倒的に多く、しかも時間の経過とともに大きく変化する傾向も見られない。この点は今回の内閣府の世論調査についても言える。別姓反対(夫婦は同姓であるべきと考えている人)は53パーセントである。世論はこの10年間で、ほとんど変わっていないと言える。

 しかし、なんとか世論が「別姓賛成」の方向に変わっていると見せかけたい者たちがいるのである。その者たちが内閣府の前回と今回の詐欺的な世論調査をデッチ上げたことはすでに再三指摘してきた。

 

 このような経緯の中で見ると、1994年の『朝日新聞』の世論調査の結果はまことに異常である。なにしろ結果が他のすべての世論調査と逆になっているのだから。総理府と『読売新聞』の調査が公正に行われたものだとすると、『朝日新聞』の結果はなんなのか。30パーセント台が50パーセント台となり、50パーセント台が30パーセント台になる。そんな馬鹿な話はありえないのである。

 こんなことは統計学上も、確率上も絶対にありえないことである。誤差が5パーセントくらいということは、ありえないことではない。しかし数値が20パーセントも上下するということは、絶対にありえない。もしそんなことがありうるとすれば、統計学は成り立たなくなるし、世論調査なるものは無意味になってしまう。

 

逆転の謎を解く

 ではなぜこんな不思議なことが起きたのであろうか。その謎を解く鍵は数字の中にある。すなわち賛成と反対がちょうど逆になっているという事実の中にある。もし意識的に結果を改竄したのであれば、賛成と反対を逆にするなどという大胆なことはしない。せいぜい数パーセント上下させる程度である。10パーセントも改竄するとなると、たいへんな度胸がいる。もし意図的に改竄したということが分かれば、関係者の首が飛ぶ。

 ここからは私の推測だが、集計を統括していた者の中に党派的な夫婦別姓派がいたのではないか。

 その者が報告を受けた結果を早とちりして、賛成と反対の数値を取り違え、「賛成が反対の二倍になった」とはしゃいだ。それを周りの者も上司も確かめないまま鵜呑みにして、発表してしまった。

 そんな馬鹿なことがありうるのか、と思う人は、心理学をもっと勉強した方がいい。そういうバカげたことは、コンプレックスが強く作用している場では、よく起きることなのである。コンプレックスによる願望が強く作用しているときには、その願望にそった結果が作り出されたり、そちらの方向にねじ曲げられて読みとられることがよくある。日常生活でもコンプレックスが働いて言い間違いなどを起こすことは、フロイトが明らかにして、今では心理学の常識になっている。

 フェミニズムにはつねにコンプレックスが強く働いていることを考えると、『朝日新聞』世論調査の怪はコンプレックスの磁場の中で起きた、とんでもない取り違えだった可能性が大きい。

 この私の推測が正しいとすると(他に考えようがあるか?)、『朝日新聞』が組織の深くまでフェミニストのコンプレックスに汚染され影響されていることが分かる。

 『朝日新聞』の記事は、少なくとも家庭面や、男女共同参画に関わる記事・論説・世論調査が、まったく信用ができないことを示しているのではないか。

 

フェミニズムの姑息化の軌跡が歴然 

 ところで、平野氏はもう一つの重要な事実を教えてくれた。1990年に行なわれた総理府の世論調査を第1回と言ってきたが、正確に言うと1987年にも別姓に関する世論調査が行なわれていた。

 ただし、87年の質問文は「夫婦の別姓を認める方がよいと思うか」という、極めて単純でストレートなものであった。結果は、賛成が13.0%にすぎなかった。

 90年の質問文では、「夫婦が同じ姓を名乗るか、別々の姓を名乗るかを、法的に選択できるようにする方がよいと思うか」と変わった。ここで初めて「選択」とか「法律」とかいう言葉が入るようになった。

 この頃は、フェミニストが「別姓を選べるように法律を変えるだけ」と言い回しを変え始めた頃と期を一にしている。この時も、「賛成派が13.0%から29.8%に倍増した」と喧伝された。

 質問文を変えることで、賛成派の数値が増えたかのように見せかけようという姑息な詐欺的手法は、このころに始まったのである。

 そして1996年にはついに、好きな人は別姓を名乗れるように法律を改正しても「かまわない」という表現になった。その表現は今回の調査にもそのまま引き継がれた。

 このように時系列で世論調査の表現の変化をたどってみると、ごまかすための言葉遣いばかりが「進歩」している様子が、手に取るように分かる。しかしごまかしをはがしてみれば、世論の動向はまったく変わっていないことが見え見えなのである。

 国民をだまして自分のしたい方向に持っていくというやり方は、国民に対する重大な犯罪行為である。

 

 

 

後日談 語るに落ちた『朝日新聞』の言い訳

   ──「世論調査を操作しました」と白状したも同然

 

 前述の平野喜久氏が、さらに重要な事実を知らせてくださった。

 1994年の『朝日新聞』の世論調査から約2ヶ月たった11月の末に、総理府の第二回目の世論調査の結果が発表された。

 自社の世論調査の結果と、賛成反対の率が正反対と言う結果に、『朝日新聞』はとまどったことだろう。いや、驚き慌てたのではないか。すぐには反応を出せなかったが、5日目にやっと言い訳を載せた。

 「窓・論説委員室から」という欄に、次のような文章が載った。これはまさしく、「我が社の世論調査は巧妙な操作をした結果、結論が反対になりました」と白状したような、驚くべき内容である。以下、全文引用する。(太字・筆者)

 

 「世論」の差(窓・論説委員室から) 1994.12.01 東京夕刊 1頁

 

 総理府が実施した「基本的法制度に関する世論調査」の結果がこのほど発表された。

 驚いたのは、「選択的夫婦別姓制度」の導入について、賛成が二七・四%、反対が五三・四%と、反対派が多数を占めたことだ。先ごろの朝日新聞の世論調査では賛成が五八%、反対が三四%とまったく逆だった。

 調査時期はどちらも今年九月で、サンプル数三千、回答率七〇%台と似たりよったりだ。どうしてこんなに「世論」の違いがでてきたのだろうか。

 二つの調査で異なったのは、質問の組み立てかたである。

 朝日調査は「結婚すると夫の名字を名乗るのが普通ですが、あなたはこれを当然と思いますか。そうは思いませんか」「あなたは夫と妻がそれぞれ結婚前の名字を名乗る夫婦がいてもいいと思いますか」といった選択的別姓制度の理解を深める質問の後に、導入の是非を聞く。

 これに対し、総理府調査は「あなたは女性(男性)に生まれた方がよかったと思いますか」の質問の後、いきなり法改正の賛否を問うている。

 考えられるのは、朝日調査が「他人がそうしたいなら認めてもいい」という意見を広く集める結果となったのに対し、総理府調査では「自分の問題」と考えて反対と答えた人が多かったのではないか、という点だ。

 これほど極端な差は珍しいが、数字がひとり歩きすることの怖さを感じさせられた。

 同じ総理府調査で「死刑容認論」が過去最高の七四%にも達したことも報じられた。

 しかし、これも「場合によっては死刑もやむをえない」といった漠然とした設問に賛否を問うたものだから、額面通りに受けとることはできない。

 むしろ、存置派の中で「状況によっては廃止してよい」と答えた人がかつてなく増えてきている点に注目したい。〈丙〉

 

 私はこれを読んで、開いた口がふさがらなかった。なんという無神経な、愚かな言い訳か。これでは自分の世論調査が誘導尋問をしましたと白状しているようなものではないか。

 彼女は(いやこの筆者を「彼女」と決め付けてはいけない、「彼」かもしれないから)

 

 朝日調査は「結婚すると夫の名字を名乗るのが普通ですが、あなたはこれを当然と思いますか。そうは思いませんか」「あなたは夫と妻がそれぞれ結婚前の名字を名乗る夫婦がいてもいいと思いますか」といった選択的別姓制度の理解を深める質問の後に、導入の是非を聞く。

 これに対し、総理府調査は「あなたは女性(男性)に生まれた方がよかったと思いますか」の質問の後、いきなり法改正の賛否を問うている。

 

 と書いている。つまり「理解を深める質問」の後に問うか、いきなり問うかの違いによって、結果が20ポイントも乱高下したのだと解釈している。

 「理解を深める質問」と言うと聞こえはいいが、実質的には誘導尋問ではないか。つまりは誘導尋問によって20ポイントも上下したのだと解説していることになる。誘導尋問と言って悪ければ、正確に言おう。直前の質問に何を持ってくるかによって、世論調査というものは、そんなにも結果が異なると言っているのである。

 この下手な言い訳を、愚かといって笑い物にするのは、おめでたいかもしれない。なぜなら、別姓論者たちは、この両方の世論調査の違いから、決定的なことを学びとり、将来に生かしたからである。

 この論説委員はこう書いている。

 

 考えられるのは、朝日調査が「他人がそうしたいなら認めてもいい」という意見を広く集める結果となったのに対し、総理府調査では「自分の問題」と考えて反対と答えた人が多かったのではないか、という点だ。

 

 そうか、「他人がそうしたいなら認めてもいい」という人を集めるような質問形式にすれば、それを選ぶ人は多くなる。この教訓から、次の内閣府の世論調査では「法改正をしてもかまわない」という漠然とした表現に変えたのではないか。その狙いは見事に当たって、「かまわない」は42パーセントとなり、「賛成派の躍進」と宣伝ができた。

 

 しかし論説委員氏は、こうも言っている。

 

 同じ総理府調査で「死刑容認論」が過去最高の七四%にも達したことも報じられた。

 しかし、これも「場合によっては死刑もやむをえない」といった漠然とした設問に賛否を問うたものだから、額面通りに受けとることはできない。

 

 これはそのまま内閣府の世論調査にも当てはまる。「かまわない」という「漠然とした設問に賛否を問うたものだから、額面通りに受けとることはできない」はずなのに、別姓問題については「額面通りに受けとることはできない」という発言を『朝日新聞』紙上でついぞ見かけたことがない。

 それどころか、「数字がひとり歩きすることの怖さ」などどこ吹く風、「賛成が反対を上回った」とウソをさかんに一人歩きさせている。

 もう一度言う。『朝日新聞』はいつまでウソを一人歩きさせておく気か。