C・G・ユング研究

5 『ラピス』(日本ユング研究会「通信」) 掲載論集

 

4 ユング心理学と攻撃性

 

ユング派の鬼門

 ユング心理学はコンプレックスなどの無意識をできるだけ意識化することを勧めている。これは言うまでもないこととして、よく知られている。しかし知られている割には、実際には実現されていない場合が多いのである。

 これは自分の無意識を自覚化することがいかにむずかしいかを示しているとも言える。とくに影の意識化は個性化の第一歩と言われているが、これが意外に難しいのである。

 というのも、影とは自分の否定面だから、それを意識化するのは「言うはやすく、行なうは難し」となりがちである。

 とくにユングファンの人たちにおいては、攻撃性が影になっており、しかもそれを意識化していない場合が非常に多いと感じられる。ユングファンは攻撃性をひどく嫌い、攻撃性の一種である批判や論争を嫌ったり軽蔑する傾向が強いようである。ユングファンにとって攻撃性は鬼門みたいなものである。

 自分の攻撃性について意識化の程度が進んでいる人にとっては、攻撃性は優越機能になっている。攻撃性が優越機能だという場合には、攻撃性を適切にコントロールして使える。すなわち必要な限りに限定して使うとか、必要な場合を正しく見抜いて使う、そして攻撃されたときに反撃することに限定するとか、いろいろな制約を自らに課している。

 

優越機能としての攻撃性

 こういう優越機能としての攻撃性を、私は「英雄型の攻撃性」と呼んでいる。

 優越機能としての攻撃性の特徴を整理してみると、次の三つにまとめることができる。

 第一は、相手の主張や特徴を正確に捉え、正しく理解した上で批判なり攻撃をする。

 第二は、相手に知らせてから、正面から攻撃する。

 第三は、必要な限りに攻撃を限定し、歯止めがある。

 

 神話の中の英雄の攻撃性は、「悪をなす怪物を退治する」という限定されたものであり、相手かまわず攻撃するのでもないし、際限なく攻撃力をふるうものでもない。

 

 ヒルマンらは、英雄のイメージを無意識(ファンタジー)を殺戮するというように理解したが、英雄は神話の中のイメージにしろ、ユング派の一般的なイメージにせよ、「悪者を倒す」というイメージであり、決して「手当たり次第に殺戮する」というイメージではない。

 それを無限定な「殺戮」と見てしまうのは、自分の劣等な攻撃性を英雄像に投影して、「英雄とは無制限に殺戮するものだ」と見たにすぎない。

 自我の確立のために太母を殺すという、一般に「母殺し」と言われているシンボルにしても、じっさいにはいつも「怪物を殺す」という形を取るとは限らない。「殺す」というイメージが必要ない場合には、夢はもっと平和的なイメージを提出することもある。日本人の場合には、私がよく例に出すように、「父も母ももう死んでいる」(棺桶に入っている、お墓になっている)という夢となって現われることが多いようである。

 英雄的攻撃性は、父母の支配があまり強烈でないなど、激しい形で現われる必要のないときには、このように穏和な形で現われるのである。自我が健全に成熟しているときは、その攻撃性も無制限な殺戮を要求したりはしないのである。

 

劣等機能としての攻撃性

 それに対して、劣等機能としての攻撃性は、自己コントロールのきかない形で現われる。

 その特徴は次の三点である。

 第一は、相手の理論を正確に捉えないで、歪めて捉える。歪めておいて、その歪めた像を批判する。相手の理論を正確に読まないで批判するのは、批判したいという衝動にはやって、その衝動に負けている状態である。自分の攻撃性をコントロールできていないことを示している。

 第二は、相手に自分の攻撃的なコンプレックスを投影している。たとえば、自分が殺戮的な攻撃をしているのに、相手が殺戮をしているなどと言う。無意識的な投影に操られているために、無制約的な攻撃をしかけ、歯止めがない。八つ当たりをしたり、手当たり次第の攻撃をする。

 第三は、陰で批判する。相手のいないところで批判したり、噂を振りまいたりする。相手が反論できないような状況で悪口を言う。屁理屈やスリカエを多用する。

 

 この劣等な攻撃性をさらに分類すると、次の二つの種類に分けられる。

 第一は太母型攻撃性。これは憎しみや怒りの感情を伴っていて残酷で情け容赦がない。いったん攻撃を始めると歯止めがきかなくて、無限定・無制限になる。

 第二は奸計型攻撃性。これは正面からは攻撃しないで、自分は被害者のように振る舞い、周囲の同情を引いて味方につけ、その味方に攻撃させる。相手に対して悪い噂をふりまいたり、相手を歪めて悪く描いたり、奸計を使ったり、だましたりと、いろいろな汚い手を使う。これは日本人に非常に多いタイプである。

 日本人は表向きは攻撃性を嫌い、「和」を重んずるので、真っ正面から攻撃しにくくなり、意識的には攻撃をしていないつもりで、無意識のうちに攻撃をしているという場合がよくある。とくに攻撃性を嫌う人は、それを抑圧しているので、劣等機能になっている。

 日本人にこの太母型攻撃性や奸計型攻撃性が多いのは、そうした理由によるものである。とくに争いを嫌うキリスト教や仏教の信者の中には、攻撃性を過度に抑圧している人が多く、ときどきギョッとするほどの劣等な攻撃性を見せつけられることがある。

 

ユングとノイマンは攻撃性をどう捉えたか

 私はユング派における攻撃性の基本的な捉え方について、『ユング研究』7号(特集 エロスと攻撃性)において、次のように解説している。

 フロイトの場合は、性は明らかに攻撃性と関係していた。エディプスコンプレックスはただちに父親への攻撃性となり、また逆に父親からの攻撃を受けて去勢恐怖を引き起こしたり、超自我からの圧迫によって抑圧を引き起こす。異性への愛は同時に同性への攻撃を意味している。愛は同時に憎しみを引き起こす。フロイトにあっては愛と攻撃性は表裏の関係にある。後年フロイトはエロス(生の本能)とタナトス(死の本能)という対立する二大本能を考えた。死の本能というのは攻撃性が自分に向かったものである。だから言ってみれば、彼はエロスと攻撃性を対立するものと捉え、しかも攻撃性をほとんど一方的に抑圧するもの、つまり悪者と捉えていたと言うことができる。

 しかしユングの場合は愛と攻撃性は必ずしも対立する関係にはないし、また攻撃性は一方的に悪いものと捉えられているのでもない。

 ユングの攻撃性は愛の挫折や愛の倒錯から生まれるのではなく、独自の源泉を持っているようである。たとえば太母の残酷な攻撃性は息子を愛するが故という個人的な感情から説明されるよりも、もっと元型的な心のメカニズムとして説明される。それはむしろ子供をいつまでも保護または支配しておこうとする母の本能的または元型的な傾向として理解されている。同じことは子供の側からの「母殺し」「父殺し」についても言える。子供は父を愛するから母を殺すのでもなく、また母を愛するから父を殺すのでもない。攻撃性は子供自身の内的な成長から来る必然的な傾向として、つまり自我の自立と関係した出来事として理解される。ノイマンはもっと一般的に攻撃性を自我の発達と関わらせて論じている(『意識の起源史』邦訳下巻参照)。攻撃性を自家薬籠中のものとしてうまく使えることが、自我発達の一つの条件になると言うのである。

 なお、ノイマンの場合には「母殺し」と「父殺し」とでは異なる意味が与えられている。「母殺し」は太母からの自我の自立を意味しているのに対して、「父殺し」は古い文化を否定し、新しい文化を創造する心の働きとして理解されている(同書、上巻)。しかし、いずれの場合にも、洗練され限定された攻撃性が、古いものの否定にさいして働くことを、肯定的に捉えているのである。

 ユングにとって攻撃性のもう一つの源泉は「影」や「悪」として捉えられる。自分が否定している影や悪を相手に投影するところから攻撃が生まれる。ユングの攻撃性はフロイトほどには愛やエロスと関係づけられていない。フロイトの攻撃性は愛が強いほど増大する場合があるのに対して、ユングの場合はむしろエロスが不足しているために、また自分の影を意識化できないために、攻撃性が増大するのである。もちろん両者の攻撃性をまったく同じものと理解すべきではない。フロイトの攻撃性は第一次的には家族内の争いであるのに対して、ユングの攻撃性はもっと一般的なものであり、個人間のみならず社会的・政治的な次元までも射程に入れたものである。その意味ではユングのナチス論はユングが攻撃性をどのように理解していたかを知る上で欠かすことのできないものである(『現在と未来 ─ ユングの文明論』松代洋一編訳、平凡社、および拙著『ユング思想の真髄』朝日新聞社、参照)。

 ユングはナチズムの分析において、キリスト教による愛と平和の一方的な押しつけが、ドイツ民族の間に憎しみと暴力の無意識の抑圧をもたらしたと捉えている。このことからも、彼が愛と攻撃性を密接に関係させて見ていたことが知られるであろう。ただしその場合にも、エロスと攻撃性は一般に排除し合うものと見られている。つまりエロスの欠如と攻撃性の増大とは比例すると考えられているのである。たしかにアニマと影は実際の場面ではしばしば結びつくことがあるが、しかし概念としてははっきりと異なるもの、そしてときには排斥し合うものである。両者が交じるときは、どちらも劣等機能となっているようである。それはちょうど感覚と感情が入り交じると、どちらも劣等機能となって醜くなるのに似ている。両者を区別しつつ、どちらも洗練させ、分化させていくことが望ましいのである。

 

私は攻撃性を限定的に使っている

 なお、これまで私が行なってきた論争について、一言ふれておきたい。私はこれまで数多くの論争をしてきた。最近ではフェミニストとの論争や、父性をめぐる論争をしている。それらにおいて、私は上記の英雄型攻撃性の特徴を固く守っており、ほとんどは批判をされたのに対する反論に限っている。ホームページに出している論争にしても、すべて批判に答える反論ばかりである。自分の方から始めたのは、フェミニズム批判のように、やむにやまれぬ特別な理由のある場合だけである。

 もちろん反論だけに限ると宣言してはいないので、もし必要とあらば、こちらから積極的に批判することもありうる。

 

資料 15年前の論争

 じつはこの攻撃性という問題をめぐって、15年も前に渡辺学氏と私とのあいだで論争がなされた。最近、渡辺氏のホームページを見たら、そのときの氏の反論がそのまま出されている。ということは、氏は私の批判をまったく理解していないし、反省もしていないことを意味しているようである。私は氏の隠された劣等的攻撃性をそのとき指摘したのだが、氏はいまだに自分の劣等機能としての攻撃性を自覚もしなければ、コントロールもできない状態にあるものと思われる。

 したがってここに、そのときの私の批判を再録することは、氏のためというよりは、読者の参考になるところが大きいと思われる。

 

資料1(これは日本ユングクラブ機関誌『プシケー』4号に掲載された渡辺氏の書評(ノイマン『意識の起源史』)に対する批評として書かれた。その渡辺氏の書評は、『意識の起源史』の内容的紹介をしないで、『意識の起源史』に対するヒルマンら元型心理学派の批判を紹介するという異常なものであった。)

 

「評の評」

(日本ユングクラブ、NEWSLETTER No.8、1985.12.15)

 『プシケー』4号の「ブックレヴュー」の中で、私にも関係のある、ノイマン『意識の起源史』の評を渡辺学氏が担当しているが、そこにはいろいろな意味で重要な問題が含まれていると思うので、意見を述べておきたいと思う。渡辺氏とハイジック氏の書評は、ただ褒めるだけでなく、内容について率直に疑問や批判を述べている点で目立っており、このような形でユング派内でも自由な論争や意見の交換がなされることは、むしろ望ましいことだと私もつねづね考えている。ただし論争にはそれなりのフォーム(ルール、マナー)が必要であるが、渡辺氏の書評は2つの点で基本のルールからはずれていると思う。

 第一に、書評はまずその書物の内容や特徴をできるだけ客観的に紹介することが基本であり、その上でそれに対する評者の意見なり疑問を表明すべきであるが、渡辺氏は『意識の起源史』の内容をほとんど無視して、ユング心理学全般に関わる問題について自分の意見を開陳する場として利用しているにすぎない。書評としては問題点を指摘する程度でよいことを全面的に論じて、肝心の「意識の発達」という問題については全く言及していない。この態度は箱庭で言えば枠をはみ出しており、必要な抑制ができないことを示している。これが臨床の場であったなら、たちまちまずい結果を招くことであろう。

 第二に、いま「自分の意見」と言ったが、渡辺氏の書き方は「自分の意見」なのか「元型心理学派の意見」なのか、よくわからない書き方になっている。言わば「元型心理学」に同一化してしまっており、これも文章を書くさいの基本ができていないと言わざるをえない。

 形式やルールについてはこれくらいにして、内容について是非言っておきたいことがある。ただし紙面をあまり使っては悪いので、レジメ程度に問題点を指摘しておきたい。

 第一に渡辺氏は、ユングが「自分の学問的営みを『自然科学』であると執拗に主張し……」と書いているが、これは間違っていると思う。ユングが繰り返し「執拗に主張」したのは、自分の立場が「経験科学」であるということであって、「自然科学」という言葉はほとんど使っていない。自分の立場を「自然科学」と主張するか、「経験科学」であると主張するかでは、その意味するところは天地ほどの違いがある。「自然科学」と言えば法則性を基礎にした合理的な方法による科学であるが、ユングが「経験科学」と言う場合には(そして厳密に言えば「誤って」「自然科学」と言う場合も)、経験的事実を重んずるという意味であって、必ずしも合理的な方法によって処理しうる合理的な事実のみを対象とするとは限らないのである。つまり、その「事実」とは、従来の科学が考えている物証的な目に見える事実のみでなく、無意識の働きそのものや、その産物である夢やファンタジーでさえ、「事実」「現実」として考えられているのである。

 そういう意味では、渡辺氏が「深層心理学の諸命題は検証できないし、また反証の可能性をもたない」と言っているのは、彼が従来の西欧の自然科学的な「事実」しか「事実」として認めないで、イメージやシンボルは「事実」ではないから「検証不可能」だという、「自然科学的な発想」に立っていることを示している。ユングの元型論は、臨床の場面に現われた治癒の事実とか、そこに現われるシンボルとその世界的共通性といった事実、そういった現実をふまえている。これに対して単純に自然科学的な合理的な検証が不可能だからといって、そもそも検証一般が不可能だとか、頭でひねり出した形而上学的なものだというのは、すでに合理主義的な科学に毒された発想と言わざるをえないであろう。

 第二に、渡辺氏は(ハイジック氏も)ノイマンが十八世紀の生物学の「固体発生は系統発生を繰り返す」という命題を、「批判を超越した前提として受けいれて」それを「人間の心にも適用しようとする」と批判している。生物学の問題として、「固体発生が系統発生を繰り返す」という命題が現代の科学によって本当に否定されてしまったのか(現代の科学なるものをそう無条件に頭から信じてよいのかどうか)という問題は別としても、百歩譲ってもしその命題が誤りだということになっているとしても、そのためにノイマンが心の発達の問題として、人類的な意識の発達ということがあり、それが個人の心の発達のプロセスに対応していると主張していることが、誤りだということにはならないであろう。ノイマンは「生物学でこの命題が証明されている――だから心理学でも正しい」などという言い方は一度もしていない。心の発達が個人と人類とで相似していることを表現するのに便利だから、固体発生・系統発生という用語を利用しているにすぎないのである。心の発達の問題は、生物学とは一応独立に、心の問題として検討されなければならない。両者は深いところでつながっているかもしれないが、少なくともハイジック氏や渡辺氏のように短絡的に同一視してはならないであろう。

 そこで第三に、心の問題としてその命題が言えるかどうかについて、ノイマンの方法が吟味されなければならないが、その点で渡辺氏はあまりに素朴な水準に立っていることを自ら暴露してしまっている。彼は『意識の起源史』が「歴史」なのかどうか、─「経験的事実の産物か、思弁のたまものか」という問いを提出している。彼はどうやら「歴史」と「事実」をイコールの関係に置いて、「歴史」とは「事実」だけから成り立っているかのように思いこんでいるらしい。しかし「書かれた歴史=物語」とは、決して単なる事実の集積ではなく、主体による再構成であり、ある意味ではファンタジー(想像力)によって諸事実を関係づけていくことであって、そこでは「事実」と「主観」とは切り離しがたく結びついている。「主観」は「事実」に対してはア・プリオリな前提として働かざるをえない。『意識の起源史』が歴史なのかとい問い(その真意は事実にのっとっていないと言いたいのであろう)はそのものが、方法論的にあまりに幼稚と言わざるをえない。

 渡辺氏は、ノイマンが神話のモチーフを「こまぎれ」にし、「都合のよいように並べかえ」ている、これでは一定の「パラダイムによるパズル解き」にすぎないと批判している。この批判の仕方は、フロイトが何もかも「性的願望にすぎない」と批判した口調を思わせるが、認識という営みはすべて、意地悪く言えば自己のパラダイムによるパズル解き「にすぎない」のである。認識とは必ず主観的な観点からなされるのであって、主体のパラダイムぬきの「客観的」(事実をそのまま映す)認識などというものはありえないのである。ノイマンも決して恣意的に勝手に「並べかえて」いるのではなく、明確な方法論(「序論」を見よ!)に則って、神話のモチーフが意識の発達度を示すという観点から、各モチーフを配置し、立体的に関係づけているのである。

 だからもしノイマンを批判できるとすれば、「神話が意識の発達度を示していない」と主張するか、「人類的・民族的規模で意識の発達があるというのは疑問だ」という形をとるなら、批判としては成立する。しかし、渡辺氏のように、「事実=歴史」と「主観的パラダイム」を対立させた上で、ノイマンの研究は「事実」や「歴史」ではないという言い方をするのでは、少しも批判になっていないのである。

 第四に、渡辺氏が元型についてユングやノイマンを批判している所についても、言いたいことは沢山ある。元型が「不変のもの」と言い切ることができるかどうか私は疑問に思うが、少なくともノイマンは「意識の発達段階に応じて、元型そのものが変化する」などとは、どこでも言っていない。それは大きな誤読と思う。ノイマンは意識の発達に応じて現われてくる元型が次々と変化していくと言っているのである。またユングが自己と言う元型だけを一神教の神様のように絶対的な最高位に置いたというのも、ユングに対するあまりに単純な見方ではないかと思うが、元型論については拙著『無意識の人間学』においても不十分な点、今では間違っていたと思う点などもあるので、いずれ全面的に論じたいと思っている。私はいわゆる「元型心理学派」のものをきちんと読んでいないが、もし仮に、「元型心理学派」のユング批判が、渡辺氏が紹介しているような浅薄なものだとすると、それではユングもノイマンも決して乗り越えられていないということだけは、はっきりと言っておきたいと思う。

  渡辺氏が『意識の起源史』のすばらしい内容から、偏見に阻まれることなく、もっと多くのものを学び取ってほしいと希望して、すでに『レター』の原稿としては長くなりすぎたので、たいへん舌足らずではあるが、ひとまず筆をおくことにしたい。

  

 これに対して、この次の号で渡辺氏が反論したのが、氏のホームページに載っている「ノイマン批判とポスト・ユンギアンの形成」である。

 そこで渡辺氏が述べたことは、

 

 研究史を見ると、ユング派の第三世代の主要な人びと(とくにヒルマンに代表される元型心理学派)はノイマンの『意識の起源史』を批判することでアイデンティティーを確立しており、いまや元型心理学派は新しい潮流である。日本でも「有資格者」(?)としてのユング派はほとんど元型心理学派の影響を受けている。したがってこのような「研究史を無視して」ノイマンに対して素朴な態度をとることは研究者としては問題である。

 

ということであった。

 そもそも最初の渡辺氏の書評には、二つの問題が含まれていた。それは表向きはノイマンを批判して元型心理学派を称揚するという目的を持っているが、その裏に隠された劣等的攻撃性という問題が見られた。私の「評の評」は両者について指摘したが、それに対する渡辺氏の反論は、後者の問題を完全に無視して、前者についてのみ詳しく論ずるというものになった。つまり渡辺氏は攻撃性の問題を「評者の評」であり「体(てい)のよい個人攻撃」だとして避けてしまい、その問題を意識化する機会を逸してしまったと言うことができる。

 渡辺氏の反論の中で目立っている点は、第一に「研究史」を単線的に「ノイマン批判→元型心理学派→ポスト・ユンギアン」と捉える単純化と、日本での多数派を誇示する権威主義である。 

 それに対して私は、渡辺氏が避けた無意識の攻撃性の問題について次の号で指摘した。それが次の資料2である。

 

 

資料2 「形式の問題とは心理(コンプレックスetc.)の問題である」

(日本ユングクラブ、NEWSLETTER No.10、1986.6.15)

 

  貴重な紙面を使って心苦しいが、もう一度渡辺学君を批判したい。彼の主張の仕方(形式)と内容には、大げさに言うと日本のユング派の進路にかかわるかもしれないような重要な問題が含まれていると思うからである。

私がこの問題を重視するのは、ユング派(とくに日本のユング派)は「攻撃性」(批判や論争もその一種)という問題にナイーブで、意識面では否定している(だから影となっている)ことが多く、やり慣れていない(意識的にはやっていないが無意識的にやる可能性をもっている)ので、一旦始めると劣等機能の活躍によって否定的・非生産的な結果になる危険があると見ているからである。

 たとえば同じ攻撃性といっても、背後にある心理状況によって、(1)英雄型攻撃性、(2)太母型攻撃性、(3)奸計型攻撃性などに分類することができるが、(1)は自立した人格を前提としており、ルールと名誉を重んじ、必要な攻撃にのみ限定する歯止めをもっている、(2)は感情的で憎いとなって攻撃を始めると歯止めがなく、残酷で破壊的である、(3)はまともに攻撃をしないで攻撃性を隠しているが裏工作や小細工をやり、背後に劣等感・妬み・怨みなどが隠れている、等々である。たとえ学問的論争であっても、この型のいずれかになることが多く、これから起こるかもしれないユング派内外の論争も、(2)や(3)にならないように、我々は「攻撃性」について大いに「意識化」しておくことが必要であると思われる。この点の意識化なしに、渡辺君のように、単純に論争や相互批判のみを奨励するのは非常に危険だと思うし、げんに渡辺君自身すでにこの危険に陥っているようである。

 私は渡辺君の中に感じた危険を、「形式」の問題として前々号で婉曲に指摘したのであるが、彼は前号で「体のよい個人攻撃」だとして「まともに答え」ない態度をとり、形式と内容を不当にも切り離して内容についてのみ論ずる方法をとったので、私がせっかく指摘した問題を意識化する道を自ら閉ざしてしまい、その問題を再び無意識の中へ追いやってしまったのである。婉曲に言っていたのでは明白に理解されないようなので、今回ははっきり言うならば、私が「形式」の問題と言ったのは、実は心理(たとえばコンプレックス)の問題であり、それが内容と深くかかわっていることを各人が自覚化すべきだと述べたのである。

 渡辺君の論じ方で、私が「危ない」と思うのは、彼が一つの権威を否定するかわりに、もう一つの権威に無条件に帰依する態度をとっている点である。つまり彼はノイマンに対しては批判的になることを要求しながら、他方では元型心理学派に対しては驚くほど無批判で、「これを学ばざる者、日本ユング派にあらず」と言わんばかりであり、ハイジック氏に対しては何と「天才」の称号を奉っている(『ユングの宗教心理学』訳者あとがき)。

 こういう心理的な態度を、エーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』の中で「権威主義的性格」と呼んだが、ノイマンは『意識の起源史』において、父を否定して、かわりに父元型を投影した別の「父なるもの」に憑依される危険について述べている。渡辺君は、元型心理学派→「有資格者としての」(?)日本ユング派→自分をその正当な嫡子として位置づけ、自己を権威づけている。このような見方・論じ方がいかに無意識の偏った心理に基づくものかは明瞭であろう。彼の「研究史的理解」は、こういう偏向した心理による、きわめて偏向した内容となっており、形式(深層心理に規定される)と内容がいかに密接に関連しているかの見本になっている。私も「研究史的理解」がそれなりの意味をもっているとは思うが、それとても自分を正当化するために偏った内容になったり、歪んだ紹介の仕方をしてはならないであろう。ユング派の中には元型心理学派以外の派がないかのような論じ方は公正な研究史とは言えないであろう。

 渡辺君があまり元型心理学派を称揚するので、私も彼の挙げているものを片はしから読んでみたが、はっきり言ってあまり水準は高くないと思う。いわゆる第三世代の人々は、ユングやノイマンを批判して自分の存在を誇示する傾向が見られるが、水準はまちまちで、自分の無意識をさらけ出してしまっているようなものもあり、全てを有り難く押し戴くのは疑問であろう。日本のユング派の指導的な人々と元型心理学派との関係も、渡辺君の描くような単純なものではあるまい。

 以上、再び形式についてのみ述べたが、内容については『プシケー』5号の投稿を、また方法論については別稿を準備中なので、もし発表できたら、それも読んでいただきたい。なお、ついでに述べておくが、ハイジック氏が前記の書物の中で、ユングは方法論的にはまるでだめのように書いているが、私に言わせれば彼の水準が低すぎて、ユングの方法論のすばらしさが理解できていないと思う。第三世代の新しい世代から学ぶこともよいが、我々はユングその人からもっともっと学ぶことがあるはずだし、ユングがもっているすばらしいものを理解できる目をより一層養いたいものである。

 

 結局この論争は、すれ違いに終わってしまった。すれ違いになった原因は、渡辺氏が私の提起した問題に肩すかしをくらわして、あたかも内容の問題についてのみ論ずるという作戦を取ったからである。それに対して、私は内容の問題と形式の問題は密接に関係しており、「形式」と言われる問題の中にこそ、重大な問題が隠されていると指摘したが、それに対しては答えがないまま、今日に至っている。

 私はこの論争の中ではノイマンと元型心理学派の対立の問題を十分に論ずることができなかったので、その後『ユング心理学の方法』の中で、ユング=ノイマンの方法についてとくにウェーバーの方法と対比させながら論じながら、ハイジック=渡辺氏の方法論を批判し、また元型心理学派の総帥とも言うべきヒルマンの『元型的心理学』の批判を展開した。

 私の元型心理学派批判をまったく無視して、渡辺氏は依然として無邪気な元型心理学派賛美を行なっている。したがって、もう一度、元型心理学派について、いま論じておく必要を感じている。

 

予告

 次号において、元型心理学派の問題点について論ずる。元型心理学派の心理学的本質について明らかにすると同時に、スイス・チューリッヒのユング研究所では7つの派閥の一つにすぎない元型心理学派が、日本ではなぜ独裁的と言えるほどに支配的な勢力になっているのかについても解明する。