C・G・ユング研究

5 『ラピス』(日本ユング研究会「通信」) 掲載論集

 

1 『ラピス』発刊にあたって (『ラピス』準備号、1998.6)

 「日本ユング研究会」はユングの思想をよりよく研究し理解することを目的として1990年に結成された。

 発足と同時に発刊した『ユング研究』は五年間にわたって10号まで発行され、ユング研究に多くの貢献をすることができた。

 『ユング研究』は1995年5月発行の10号をもってひとまず休刊としたが、その後それに代わる発表の場を作ってほしいという要望が強かった。また会員間の親睦や交流の場もほしいという声も出ていた。とくに毎月の勉強会に出られない地方の会員からは、勉強会の様子などを含めて、何か報告のようなものを送ってほしいという希望が強く寄せられていた。

 こうした事情を考えて、ここに勉強会の内容、ユング研究界のさまざまな情報、会員のエッセイ、書評など、多彩な内容の「通信」『ラピス』を年2回発行することにした。

 ラピスとは「石」という意味のラテン語であり、錬金術師たちがオプス(作業)の最終産物としてあこがれたものは「哲学者の石」lapis philosophorumと名づけられていた。

 石は古来、永遠普遍のシンボルであり、不思議と人の心を安定させる作用を持っている。ユングもボーリンゲンの別荘の庭に四角い石を置き、その表面にテレスポロスの像を刻み、好きなギリシア語の言葉を彫刻した。妻がなくなったときには、石に彫刻するという作業が彼をなぐさめてくれた。

 ユングと石との付き合いはすでに少年期から始まっていた。子供のころに石の上に座っていたユングは、「石が私か、私が石か」分からなくなったことがあるという。その石の上に座ると、奇妙に安心し、気持ちが静まった。「自分が石だと考えたときは、いつでも葛藤がやんだ」そうである。

 また彼はライン川から拾ってきた楕円形の石を、いつもズボンのポケットに入れて、お守りのように持ち歩いていた。そして屋根裏部屋に隠しておいて、辛いことがあると、屋根裏部屋にあがっていって、それを眺めた。彼は「石と自分の類似性」は神性だと述べている。

 ユングは69歳のときに死にそうになるが、その時に見た幻像の中に黒い巨大な石が現われた。彼がその中に入っていこうとすると、「すべてが脱落していく」ように感じた、という。

 ユングが持っていた石との深い関わりについて述べていけば、きりがない。

 かく言う私も子供のころに、きれいな丸い石をいつもズボンのポケットに入れていた覚えがある。残念ながらユングのように折にふれて石との固いきずなを確かめないで、「大人」としての道を歩んできてしまった。

 1990年にスイスのチューリッヒにいたころは、旅行するさきざきで石を集めた。ローザンヌの湖畔、シルス・マリアの湖畔、ノルウェーのフィヨルドなどの石がとくに美しかった。ボーリンゲンのユングの別荘の庭でも石を拾ってきた。

 子供のころの石との近しい関係を、もう一度取り戻したいと思う。