C・G・ユング研究 3-2

『元型論』注解(2)

     第4論文「母元型の心理学的諸側面」

 

はじめに ( 2006年6月27日初出 )

 『元型論』注解(1)を出したのは、すでに5年も前のことである。この間、たいへん忙しくて、続きを出すことができなかった。昨年、定年になってからもたいへん忙しくて、なかなかユング研究までは手がまわらなかったが、幸い最近多少の余裕ができたので、続きを出していくことにした。

 この「注解」は、「日本ユング研究会」「Net Club JUNG」の「全体クラス」における私の解説と討論、質疑応答をもとにしている。

 テキストは、C.G.ユング『元型論』(増補改訂版) 林道義訳、紀伊国屋書店、1999年、である。

 

 まず、この論文の特徴、とくに方法論上の意義について述べる。この論文は二つの点で貴重な意味を持っている。

 第一は、「元型」という概念について方法論的に簡潔に述べているという点。「元型とは何か」について、大切なことがたくさん書かれていて、最終論文「理論的考察」を除くと、最もまとまっていると言える。「元型」を理論的に理解するために欠かせない論文である。私も『ユング思想の真髄』などで、ここから多く引用している。

 第二は、元型とコンプレックスとの関係、重なり具合が、母親コンプレックスを具体例にして、詳述されている点である。

 「元型は集合的無意識、コンプレックスは個人的無意識」と分ける理解は疑問だということ、なぜなら実際には両者は切り離しがたく重なっているからだ、ということを第一論文の注解にかなり詳しく書いた。その両者の重なり合いの感じを、この母元型=母親コンプレックスの例から感じ取ってほしいと思う。

 

148パラグラフ

 冒頭からして、? ? と思わされる書き出しである。ユングの論文の書き方はかなり不親切(?)であり、最初に「何をどういう観点から論じますよ」ということが書かれていない場合が多い。この論文などはその典型である。ユングが何を言おうとしているか、すべてを分かっている人たちに対して講義したり書いたりしているのである。

 この論文も題名は「母元型……」なのに、いきなり「太母」が出てきて「太母の概念は宗教史から来ており」、だから「心理学とは関係がない」とくる。「関係ないことを最初にもってくるなよ」と言いたくなる。

 じつは関係があるのである。それどころか、結論を先に言うと、この論文は「母元型」についてではなく、「太母」について論じようとしているのである。「母元型」については、その準備として説明しているにすぎない。主題はあくまでも「太母」、つまり母子関係についてなのである。ところが題名が「母元型……」となっているので、ややこしくなってしまう。

 つまり、題名の「母元型」に重点があるのではなく、「心理学的諸側面」の方に重点があるのである。「心理学的諸側面」とは、母親コンプレックスのこと、母子関係のこと、太母イメージのことなのである。

 ここで、「太母イメージとは母子関係のことだ」ということについて説明しておく必要がある。ノイマンの『意識の起源史』を読んだ人には理解しやすいが、「太母」というのは必ず「子供」を伴っている。子供を産み、育て、保護し、あるいは虐待したり殺したりする。母と子供のペアで現れるのが「太母イメージ」なのである。神話的には、母神と少年神(穀物神)のペアとして現れる。ギリシア神話ではアプロディテーとアドニスといった具合である。

 さて、ここでのテーマが母子関係であるということは、ユングの頭の中では、また当時のエラノス会議の聴衆にとっては、暗黙の了解であったのであろう。あるいは講義に先立つ司会者のアナウンスの中でそうしたガイダンスがなされたのかもしれない。そういう状況が分からない我々にとっては、とっつきにくい書き出しである。

 したがって、冒頭には、次のような趣旨の「まえがき」をつければ、分かりやすくなる。

 この論文では、母子の心理学について述べる。それはマザー・コンプレックス、すなわち「太母」イメージと関係している。ただし、それについて述べるためには、「太母」が「母元型」の派生物なので、まず「母元型」について、いやその前に「元型」そのものについて簡単に説明しておかなければならない。

 これが148パラグラフの趣旨である。

 

質問と答え

 

質問 1

 2行目に「『太母』のイメージは臨床の場では、そのままの形では稀にしか……経験されない」と書かれていますが、「そのままの形」というのはどういう意味でしょうか。

答え

 「そのままの形」というのは、原語は in dieser Form です。つまり「この形では」という意味で、具体的には「大いなる母」という姿で現れることはめったにない、という意味です。「大いなる母」とは、幼児を抱いて授乳している母も、醜い母も、子供を取って喰う怖い母も、すべて「大いなる母」です。そのような、誰が見ても「母」だということが分かる姿ではほとんど現れない、という意味です。代わりに「器」とか「竜」「子宮」「大地」「墓」等々のシンボルの形で現れます。あとで「母元型」の例ですが、たくさんの例が出てきます。

 

質問 2

 やはり 2 行目の「臨床の場では」の原語は in der praktischen Erfahrung です。これは直訳すると「実践的な経験においては」となりますが、なぜ「実践的」と訳さないで、「臨床的」と訳すのですか?

答え

  praktisch には「実践的」と「臨床的」の両方の意味があります。ユングが praktisch という言葉を使う場合は、ほとんど「臨床的」という意味です。具体的には「分析」の場、それも夢分析が圧倒的に多かったと言えます。つまりユングにとって実践の場は臨床の場だったということです。

 

質問 3

 太母は元型ですか。

答え

 これは難しい質問ですね。こういう短い質問が一番恐ろしい(笑)。

 太母は元型だとも言えるし、元型でないとも言える。からかっているわけではありません。

 まず「元型ではない」という捉え方は、厳密に言うと「太母」は「元型的イメージ」であるから、「元型そのもの」ではないので、「元型とは違う」ということになります。この場合「元型とは違う」と言い切ることができるかどうかは微妙です。この問題は、「元型それ自体」(というものがあると仮定して)と「元型的イメージ」との関係いかん、という難しい問題に関わってきます。(下の「質問 6」をも参照)

 次にユングの慣用的な言葉遣いから言うと、「太母は元型の一つだ」と言っても、あながち間違いとは言えない。例えば「童子元型」「トリックスター元型」「母娘元型」と言うように、「太母元型」という言い方も可能と思います。

 

質問 4

 「母元型」とは言わば元型としてのパターンを単独で表現しているのに対して、「太母」の方は母と子という関係性の中から生まれるもの、つまり現実的表れ方を言っていると理解できますが、そのような解釈でよろしいのでしょうか?

答え

 「母元型」とは言わば元型としてのパターンを単独で表現しているのに対して、「太母」の方は母と子という関係性に注目したイメージだという点は正しい。  しかし「太母」が「現実的表れ方」だと理解するのは、間違いです。「太母」はあくまでもイメージです。現実そのものではありません。コンプレックスの方が現実に近いけれども、それでも現実そのものではな く、イメージの世界のものです。

 

質問 5

 私の場合、「太母」という言葉が、より原始的=本質的というイメージにつながってしまい、「母」よりもむしろ元型的な感じを持ってしまっていましたが、これは逆だということですね(「太母」は「母元型」の派生物)。

答え

 そのとおりです。「太母」を「原始的=本質的」と捉えるのは正しい。けれども「母元型」もまた原始的=本質的なのです。単なる「母」のイメージは、人それぞれで、具体的現実的なものもあれば、原始的神話的なものもあります。しか し「母元型」となると、まったく原始的神話的なのです。

 

質問 6

 「太母は母元型の派生物である」とはどういう意味ですか。

答え

 原文を見れば分かるように、ここでは「 太母イメージまたは太母というシンボルは母元型の派生物である」と書かれています。つまり太母イメージは母元型から出てきたもの、母元型が具体化したものだという意味です。

 母がいれば子がいるのは当然ですが、母元型では子のイメージはほとんど具体化していません。母(器など)の中に包まれているであろうと、想像されるだけです。しかし太母イメージでは子のイメージもまた明確化具体化多様化しています。『意識の起源史』にあるように、弱々しい(すぐに去勢されたり殺される)少年から、母に反抗したり、逃げたり、独立寸前の者まで、じつに多種多様です。

 

質問 7

 井筒俊彦氏の元型理解と林先生の元型理解は微妙に違うように思われますが、どこが違うのですか。

 参考までに、『意識と本質』から、井筒俊彦の「元型」理解を引いておきます。(林註・青色にした部分が問題点)

 カール・ユングは、彼のいわゆる「集団的無意識」が、もともと、「元型」的に規定された基礎構造をもつものである(die archetypisch bestimmte Grundstruktur des kollektiven Unbewussten)と言っている。「元型」はそれ自体では何らの具体的形をもたず、未決定、未限定で不可視、不可触。「集団的無意識」または「文化的無意識」の深みにひそむ、一定の方向性をもった深層意識的潜在エネルギー(ein gerichtetes psychoenergetisches Potential)である。それ自体では不可視なこの本源的エネルギーは、しかし、強力に創造的に働いて、人間の深層意識空間に、「元型」イマージュとなって不断に自己を顕わしてくる。つまり、「元型」は「魂の構造規制素(die Strukturdominanten der Seele)」なのであって、この無形、無相の内的実在の基本的方向性が、形象化して現われたものが「元型」イマージュである、とユングは言うのだ。このような深層意識的構造をもつゆえに、「元型」イマージュには一種異様な力があり、どことなく不気味なものがある、と彼は考える。

 だから、また、「本質」としての「元型」は、等しく存在者の「本質」ではあっても、例えばプラトンのイデアなどとは全然違った独自の性格を示す。「元型」は、まさにその名のごとく、存在の原初的、つまりあらかじめ定められた、型(タイプ)であり、人間の存在経験の様々な方向を前もって規定するものであって、その意味で事物の「本質」ではあるが、この「本質」の自己形象化には、どうしてもこれでなくてはいけない、これだけだというきまりがない。つまり、あらかじめ方向だけは決まっているけれど、それが具体的にどんなイマージュとして現われるかは誰にもわからないのだ。

 一つの「元型」が様々に異なるイマージュとして現われてくることは、人間の主体的体験上の事実である。すなわち、同じ一つの「元型」が、文化ごとに違う顕現形態をもつばかりではなくて、同一文化の圏内においてさえ、多くの違ったイマージュとなって現われる。人はただ、己れの深層意識領域に生起するそのような複数のイマージュ群の底に、一つの「元型」的方向性を感得するだけである。そして一つの「元型」的方向性でつながれたそれらのイマージュ群が、存在を特殊な形で分節し、その分節圏内に入ってくる一群の事物の「本質」を象徴的に呈示する。だが、こうして現成する「元型」イマージュ的「本質」が、イデア的「本質」とはまるで違った性質のものであることはいうまでもない。

(井筒俊彦『意識と本質』1983年初版、pp.213-215。岩波文庫版、pp.206-208)

 表層意識(この場合は、理性)の捉える「本質」が、少くとも可能的には、概念的普遍者であるのに反して、「元型」的「本質」は、前に挙げたフィリップ・ウィールライトの表現を借りるなら、具体的普遍者。すなわち、それは、意識・存在のゼロ・ポイント、「無」、が「有」に向って動きだす、その起動の第一段階に現成する根源的存在分節の形態であって、当然、あくまで概念化を拒む。それはただ、深層意識的に、象徴体験的に、生きられなければならないものだ。

 しかも、概念的普遍者の場合とは違って、「元型」的「本質」のこの象徴的普遍性には、人間意識の深層構造そのものを根本的に規制する「文化の枠組」(カール・ポパー)の性格が濃密に反映している。つまり、時代と地域の別を超えて、すべての民族に、あるいは全人類に、共通するという意味での普遍性では、それはありえないのだ。このことは、この種の「本質」の形象的現われである「元型」イマージュを一瞥しただけですぐわかる。

 仏教徒が、その瞑想的ヴィジョンにおいて、キリストやマドンナを見ないのはなぜだろう、とカッバーラー学の権威ゲルショム・ショーレム(Gershom Scholem)が問うている。そういえば、逆に、キリスト教徒の瞑想意識の中に、真言マンダラの諸尊、如来や菩薩の姿が絶えて現われてくることがないのはなぜだろう、と問うこともできよう。(中略)

 このような強い「文化的枠組」の制約を受けていることが、「元型」的「本質」の一つの大きな特徴なのであって、この見地からすれば、「元型」的「本質」は、ある特定の文化的コンテクストに密着した深層意識が事物の世界に認知する「本質」である、と考えられなければならない。だから、この意味では、さっきも言ったように、全人類に共通する普遍性をもった「元型」というようなものは存在しない。個々の「元型」も、それら相互間に成立するシステムも、各文化ごとに違う。そしてそれは、決してイマージュだけの違いではないのだ。深層意識に生起する「元型」そのものが、文化ごとに違うのである。ただ、どの文化においても、人間の深層意識は存在を必ず「元型」的に分節する、そういう意味で「元型」は全人類に共通なのであり、またそういう意味でのみ、人間意識の深層機構自体に組み込まれた根源的存在分節として「元型」なるものが認められるのである。

 ついでながら、このような特異な性格をもつ「元型」を処理する一番手っ取り早いやり方は、それの実在性を始めから完全に否定してしまうこと、すなわち、「元型」を、深層意識的事態を分析するために有効かつ必要な、心理学上の一つの作業仮設(ママ)、あるいは学問的ポストゥラート、と考えることだ。しかし本論で、私はこういう立場は取らない。東洋思想の長い、様々な伝統の流れを通じて、実体験に基いて確立された深層意識的事態の見方と、それは合致しないし、また、「元型」を一種独特の「本質」と考える私自身の立場にも合わないからである。だが、「元型」を心理学上の一つの要請にすぎないとする人々も、「元型」イマージュの深層意識的実在性だけは、体験的事実として、どうしても認めないわけにはいかない。

(井筒俊彦『意識と本質』1983年初版、pp.255-257。岩波文庫版pp.245-247 原文の傍点は省略)

答え

 井筒氏の元型理解は独特ですね。一口で言うと、神秘主義的な理解だと言うことができると思います。言い換えれば「流出論的」だと言えます。

 井筒氏の神秘主義の説明はなかなか分かりやすいので、私も借用させてもらったことがありますが(『ユング研究』2号)、要するに、世界の根源にはまったく無限定的な「存在のゼロポイント」というのがあって、そこから次第に存在の様態が具体化していき、最後には個物に至る。

 それと同様に元型とは「存在のゼロポイント」が具体化する最初の段階であり、それ自体は未限定だけれども、一定の方向性を持った潜在的エネルギーだと捉えられています。そして、それが具体化して現れたものが「元型的イマージュ」だと言っています(「イマージュ」とは我々が「イメージ」と言っているものとほぼ同じと考えてよいでしょう)。

 で、この「元型的イマージュ」の現れ方は、文化によって異なりうると言います。例えば、女神的なイメージがマリアになったり観音になったりするというわけです。ここにプラトンのイデアとの違いも見られると言われています。すなわち、卑俗な言い方をすれば、犬のイデアは犬にしかならないが、犬元型(というものがもしあるとすればの話ですが)は犬をシンボル的に表すものならば何にでもなりうるのです。あるいは、母イデアは母にしかならないけれども、母元型は母にもなるけれども、その他、耕地でも井戸でも洗礼盤、パン焼き釜、雌牛、等々、何にでもなりうるのです。

 井筒氏は元型をこのように流出論的に理解していますが、そういう理解をさせるような面がたしかにユングにはありました。『元型論』(翻訳)の第2論文の「一」の冒頭には、ユダヤのピロン、イレナエウス、ヘルメス文書等において「元型」という言葉が使われているし、プラトンの「エイドス」も「元型」と同じものである、またレヴィ=ブリュールの未開人の精神世界の記述の中にも同様の発想が見られる、としています。いや、発想が同じというだけでなく、それらは皆基本的には元型と同じものとみなされています。少なくとも、「同じ」である面が強調されています。

 ところが、今我々が読んでいる「母元型論」になると、微妙に変化してきます。同じようにプラトンのイデア論やヘルメス文書に言及しますが(もちろん本質的に同じ面があるから出してくるのですが)、それと自分の元型論とを明らかに別物として扱っています。すなわち「もし私が哲学者(=形而上学者)ならば、彼等と同じように、どこか天上に母の原像があり、そこから個々の現象が出てくるのだと言うところである。しかし自分は経験科学の徒なので、そういう言い方はしない。」と言っています。

 このように経験科学の立場に立ったときに、ユングは流出論から自分を区別したのだと、私は思います。では、どういう立場なのかということは、次のパラグラフ以降に出てきますが、この井筒氏の理解に関して、さらに二つの点で疑問を提出しておきます。

 第一は、井筒氏の理解によると、本質である元型から直接に個々のイマージュが出てくることになっています。これは流出論としては異例のことであり、元型の構造にも合致していません。すなわち、もし流出論的に理解したとしても、元型から個々のイメージへと具体化する過程で、抽象化のレベルの違いというものがあるはずです。例えば、母元型と個々の母のイメージの中間には、「太母」としてくくられるような、多くの具体的イメージを含んだ抽象的なイメージの段階が存在しているのです。井筒氏は他の神秘主義を説明する場合には必ず何段階かの具体化の過程を辿っていますが、元型について説明するときだけは「元型それ自体」に当たる「潜在的エネルギー」から一足飛びに個別的な「元型的イマージュ」に行ってしまいます。

 以上をまとめますと、井筒氏の「元型的イマージュ」というのは具体的な個々のイメージを指していますが、ユングの「元型的イメージ」は個々のイメージのほかに、例えば「太母」という抽象的イメージがあります。「太母」の中に太母を表す個々のイメージがあるというのが、ユングの捉え方です。だから「太母のイメージ」という言葉は、ユングの場合、単数になっています。つまり「太母イメージ」というのは集合名詞です。要するに、ユングが「太母イメージ」という場合には、集合名詞・シンボル群としての「太母」と、個々の太母イメージとの二種類があるということです。

 井筒氏の場合には、この「抽象化のレベルの違い」という問題意識が抜けてしまっています。この問題は次の質問のところで、改めて取り上げたいと思います。井筒氏は他の神秘主義については、具体化のレベルを重層的に捉えていますが、ユングの元型論についてだけ重層的でなく、いきなり個々のイマージュに行ってしまうのは、なぜなのでしょうか。

 第二の疑問点は、井筒氏が元型を「文化制約的」だと理解しているところです。彼が出している例(仏教徒にはキリストやマドンナが現れないし、逆にキリスト教徒には如来や菩薩が現れない)は、個々のイメージと、シンボルの類型性とを混同しています。井筒氏が

 概念的普遍者の場合とは違って、「元型」的「本質」のこの象徴的普遍性には、人間意識の深層構造そのものを根本的に規制する「文化の枠組」(カール・ポパー)の性格が濃密に反映している。つまり、時代と地域の別を超えて、すべての民族に、あるいは全人類に、共通するという意味での普遍性では、それはありえないのだ。

 と言うところに、井筒氏の問題点がはっきりと現れています。「方向性をもった潜在的エネルギー」としての元型は「すべての民族に、あるいは全人類に、共通するという意味での普遍性」を持っていると同時に、その個々のイメージへの現れとしては「文化の枠組」の性格を持っているからです。

 このように井筒氏においては、本質としての元型の性質を論ずる場合に、個々の元型的イメージの性質を例に出してしまっているという混同が見られます。つまり「元型的イマージュ」の文化制約性がそのまま「元型そのもの」の文化制約性を示すとされてしまっています。そのために元型そのものの普遍性が否定される結果となっています。

 

質問 8

 井筒氏の元型理解との関連で、もう一点、質問したいと思います。それは「イメージとしての太母」と「概念としての太母」の違いに関する問題です。先日、井筒俊彦氏の「元型的イマージュ」とユングの「元型的イメージ」の違いについて、次のような説明をいただきました。

 井筒氏の「元型的イマージュ」というのは具体的な個々のイメージを指していますが、ユングの「元型的イメージ」は個々のイメージのほかに、「太母」という抽象的イメージがあります。「太母」の中に太母を表す個々のイメージがあるというのが、ユングの捉え方です。だから「太母のイメージ」という言葉は、ユングの場合、単数になっています。つまり「太母イメージ」というのは集合名詞です。要するに、ユングが「太母イメージ」という場合には、集合名詞・シンボル群としての「太母」と、個々の太母イメージとの二種類があるということです。

 このコメントを読ませていただくまで、私は至極単純に、太母という具体的イメージよりも、より一般的な(viel allgemeiner)ものとして「母元型」があって、それは抽象的な 「形式(Form)」である、といった理解をしていました。しかし、ユングは確かに、太母の概念は「母神のタイプの実に多様な顕れを含む(umfasst die verschiedenartigsten Auspraegungen des Typus einer Muttergoettin)」と言っていますね。この文意からすれば明らかに、「太母の概念」は具体的な個々のイメージではないです。

 ただ、もう少しこだわらせていただきたいのですが、この部分を読む限り、「太母のイメージ」を具体的なものとして解釈する道も、素人考えながら、残されているのではないかという気がするのです。原文を引きつつの細かい議論になりますが、もうちょっとだけ、お付き合い下さい。

 私が上のように考えるのは、このパラグラフにおいて、「太母の概念(der Begriff der Grossen Mutter)」と、「太母のイメージ(das Bild einer 《Grossen Mutter》)」が、区別されているように思われるからです。

 即ち、このパラの冒頭においてユングは、「太母の概念は宗教史に由来している」としており、それは歴史学上の概念(Begriff)である以上当然のことながらその外延として、「母神のタイプの実に多様な、はっきりとした現われ(Auspraegungen、つまり具体的表現)を含む」としている。しかし、それはあくまで宗教史の概念なのであるから、心理学とは差し当たり何ら関係が無い。というのも(indem)、「『太母』のイメージは、【この】形式においては単に稀にしか、しかも全く特定の諸条件においてのみにしか、臨床の場では、出てこないからである。(das Bild einer 《Grossen Mutter》 in dieser Form nur selten und dann nur unter ganz besonderen Bedingungen in der praktischen Erfahrung auftritt.“dieser” は斜体強調。《Grossen Mutter》 に不定冠詞が付されていることに注 意。)」

 ここで言われる、「太母の概念(der Begriff der Grossen Mutter)」と、「太母のイメージ(das Bild einer 《Grossen Mutter》)」という二句における二つの「太母(Grossen Mutter)」は、冠詞および括弧の付され方からもわかるとおり、明らかに区別されています。この区別の理由はおそらく、前者が宗教史上の「概念」であり、後者が実践的臨床的、即ち、praktisch に経験される、個別的なイメージである、ということにあるのではないかと思われます。

 つまり、この文のユングの意図は、「太母について話をしたいのだが、この太母というのは宗教史に由来する『概念』であって、その具体的イメージは、概念の示しているような【この】形では(in "dieser" Form)、実際的・臨床的経験において、滅多に出てくるものではない。」ということではないかと思われます。つまり、宗教史学的な概念である「太母」は、臨床の場で、この概念の示す形式で出てくることも、非常に特殊な場合においては、無いわけではないのだけれども、それよりもむしろ、カーリーなどの女神なり、神の母にして処女であるマリアなりといった、そうした別のイメージの形式において現われてくることが多い。具体的イメージとしての(それゆえ、宗教史上の「概念」ではない)「太母」は、こうしたイメージ群と同様に、母元型の派生物なのであるから、私たちはやむを得ぬこととして(notgedrungenerweise)、より一般的なものである母元型を、考察の基礎としなければならない。おおよそ、このような主張が、この段落では為されていると、私は解釈しているわけです。

それゆえ、林先生が指摘された、

「太母」の中に太母を表す個々のイメージがあるというのが、ユングの捉え方です。

という場合の、最初の「太母」は、宗教史上の「概念」であって、「太母のイメージ」というのは、臨床的に経験される具体的な イメージ(Bild)、ユング自身の言い換えに従えば、シンボル(das Symbol)であり、心理学的・臨床的に太母を捉えるとすれば、それは後者を意味することになる。そのように、考えることはできませんでしょうか?

 このように考えれば、一般的な形式である母元型と、その派生物である太母、女神、処女、といった具体的イメージ群、といったかたちで、理解がすっきりといくように思います。

 

答え 8

 原文と照らし合わせてよく読み込んでいるのには感心しました。ただし、この最初の148パラグラフの理解としては、正しいところと間違っているところがあると思います。

 内容に入る前に、訳語とその解釈に関して、私とは違う解釈をしている箇所について、私の考えを述べておきます。問題の箇所とは、私の訳では「そのままの形では」となっている in dieser Form です。これはどういうことを意味しているのか、という問題です。質問2に対しても答えたとおり、これは「大いなる母という形では」という意味だと答えました。つまり「母」だということが分かるような姿では現れないという意味です。

 それとは違って、この質問者は

 宗教史学的な概念である「太母」は、臨床の場で、この概念の示す形式で出てくることも、非常に特殊な場合においては、無いわけではないのだけれども、それよりもむしろ、カーリーなどの女神なり、神の母にして処女であるマリアなりといった、そうした別のイメージの形式において現われてくることが多い

 と述べています。つまり宗教史の概念である「太母」の姿ではなく、カーリーやマリアなどの女神的な姿で現れると解釈しています。これは間違いだと思います。「この形では現れない」というのは、「母」ということが明らかに分かる姿ではなく、「器」「子宮」「墓」「大地」「冥府」などといった、一見「母」とは関係なさそうな形で現れる、と言っているのです。むしろ、宗教史上の概念である「大いなる母」の例として、デメテルとかカーリーとかマリアが考えられると思います。

 以上、翻訳上の意味について述べました。次に質問者の本来の質問について答えます。

 まず、「太母」イメージという場合に、抽象度合のレベルの違いがある、という私の説明に対して、そういう違いだけではなく「概念としての太母」と「イメージとしての太母」という違いも関係しているのではないか、という指摘はまったく正しいと思います。その点を理解しておかないと、ユングの記述がいっそう混乱しているように見えてしまいます。

 ただし、質問者の「元型的イメージ」としての太母の理解に多少の混乱が見られます。質問者は「元型的イメージ」を個々のイメージとしてしか理解していないように受け取られます。その点で井筒氏の理解に引きずられているように見受けられます。

 私が述べた

 ユングの「元型的イメージ」は個々のイメージというより、「太母」というイメージです。「太母」の中に太母を表す個々のイメージがあるというのが、ユングの捉え方です。だから「太母のイメージ」という言葉は、ユングの場合、単数になっているのでしょう。つまり「太母イメージ」というのは集合名詞ですね。要するに、ユングが「太母イメージ」という場合には、集合名詞・シンボル群としての「太母」と、個々の太母イメージとの二種類があるということです。

という場合の前者の「太母」は宗教史上の「概念」ではなく、抽象的な太母イメージ(個々の太母イメージ群を含む)です。したがって、心理学的・臨床的に太母を捉えるためには、後者だけではなく、抽象的と具体的の両方の太母イメージを理解しておく必要があるのです。

 この点を本当によく理解するためには、『意識の起源史』を読む必要があります。『意識の起源史』では膨大な数の個々の太母イメージが出てきますが、それらをすべて含んだ形で「太母」としてくくられています。例えば、子供との関係で言うと、(1) すぐに呑み込んだり殺してしまう「恐ろしい母」(去勢、八つ裂きも)(アドニス、タンムズ)、(2) 反抗したり逃亡・自殺する子供(ナルキッソス、ペンテウス)、(3) ほとんど独立しているが、最後の最後に継母の策略で殺される(ヒッポリュトス)。このそれぞれについて、無数の、と言いたいほどの個々の例が挙げられています。それらすべてが「太母」イメージの中に含まれるのです。その場合の抽象的な「太母」は概念というよりもイメージ群を背後に持つ抽象的イメージであり、集合名詞としての「太母」なのです。

 ( なお、ユングについて論じているときに、急にノイマンが出てきたので面食らった人もいるかと思います。ユングとノイマンは同じなのか疑問に感じた人もいるかもしれません。しかし『意識の起源史』のユングによる序文を読むと分かるように、ユングはこのノイマンの業績を、「自分がやりたかった仕事」だと言い、自分が到達した時点から出発しているからうらやましいような言い方をしています。もちろん内容的には全面的に評価し、賛意を表しています。)

 結論を言うと、「太母」には、(1) 宗教史上の「概念」としての「大いなる母」、(2) 集合名詞としての「太母」イメージ、(3) 個々の「太母」イメージ、の三種類があるということです。このように重層的に見るのが正しい理解だと私は思います。

 

149パラグラフ ( 1 )

  ( 冒頭から p.101 の 4 行目の「哲学者だけである。」まで )

 そこで「元型」について説明することになるが、その説明がまた分かりにくい。「元型」について基本的なことを承知している人にしか分からない「説明」である。したがって、以下、この部分のユングの「説明」を理解できるようにするための、基礎的な説明をしなければならない。

 元型とは、人間の具体的な考えや行動が出てくる前提として、心の中に予め存在しているパターン(型)のことである。人間の認識や思考や行動は、その「予め存在しているパターン(型)」にそって可能となるという見方である。これを「主観的認識論」と言う。(この点については拙著『ユング思想の真髄』第5章「学問方法論」、2「認識の主観性」を参照されたい。)

 このような見方は、じつは内向的な構えに特有の見方である。内向的な人は、内在的なものが主であり、先に存在しているものであり、大切なものだという見方をする。そういう構えの人は、例えば犬を見て「それが犬だ」と認識できるのは前もって心の中に「犬」の元となるイメージが存在しているからだ、と考えるのである。

 このような見方の典型がプラトンのイデア論である。テキストにあるとおり、プラトンの「イデアがすべての現象よりも先に存在し、かつ上位にある」という発想は、まさに元型論の発想と同じであり内向型の発想である。 

 それに対して、外向的な構えの人は、まったく異なる見方をする。分かりやすい例を出せば、例えばヒュームは、「認識は感覚の束」だと言った。すなわち感覚的な知覚が「束」になるくらい、一定量が集まると、そのものが何であるかが分かるようになる、と言うのである。外から一定量の情報を集めれば、自然に認識が成立すると考えられている。

 ユングによれば、世の中のすべての思想・哲学・宗教は、このどちらかの構えによって作られており、基本的には、そのどちらかに分類できる。

 その両者の角逐を壮大に描きだしのが、『タイプ論』第1章「古代および中世の精神史におけるタイプ問題」である。その中でユングは、歴史の中に現れる思想・哲学・宗教には、内向的な心の構えによって作り出されたものと、外向的な心の構えによって作り出されたものとがあるということを明らかにしている。そしてその両者が歴史の中で、糾(あざな)える縄のように、入り交じり、交代し合っている様子を、壮大なパースペクティブのもとに描きだした。この章は大げさに言うと、感動的な大スペクタクルである。少なくとも、私はこの章を初めて読んだとき、興奮し感動した。

 テキストの中に出てくる実念論と唯名論とは、内向型と外向型の典型であり、ユングによればその二つは思想史の中に繰り返し出てくる。

 実念論は「神・真・善・美」といった普遍概念が表しているものは実在すると主張する。プラトンにとってイデアは実在するものであった。それに対して、唯名論は「概念は単なる名称にすぎず、実在するのは個々の物だけである」と主張した。両者の論争を「普遍論争」という。この対立は古代ギリシャのプラトン派とソフィストの対立、中世の実念論と唯名論の対立、近代のカントとヒュームの対立等々として、つねに見られるものである。

 そういう歴史的な視野の中で見ると、ユングの元型論は、内向的な構えのユングによって発見・構築されたものだということになる。内向的な人によってしか、発見されないとも言える。テキストの101頁の1行目「私の特殊な気質すなわち私の個人的な心の構え」とあるのは、「ユングの内向的な構え」(を中心にした彼の個人的心理)という意味である。

 ただし、ここで急いで付け加えておくが、ユングは内向的な構えから構築された理論や思想にすべて賛成するわけではない。彼はいつも自分を「経験科学の徒」だと言っているように、対象を経験科学的に検証可能な命題に限っている。だから上記のプラトンや実念論の見方には賛成していない。ただ、それらの発想が元型論の発想と同じだと言っているのである。

 

 さて、以上の予備知識を前提にして、テキストの解説に入る。

 最初に言われていることは、プラトン的な発想で「母」イメージについて発言するとなると、「どこか天上に」「母の原像」があり、そこから個々の「母性的な」現象が生ずると捉えることになる、ということである。

 「もし私が哲学者ならば」というのは、今日の「哲学者」の概念とは少し違っていて、「経験科学者ではない、形而上学者」とでもいう意味である。

 次が難しい。

 しかし私は哲学者ではなく経験科学の徒であるから、私の特殊な気質すなわち私の個人的な心の構えを、思考に関わる問題に対して普遍的に当てはまるものとして前提にすることは許されない。

 この文章は、ユングのタイプ論を知っていると、理解しやすくなる。ユングの考えでは、いかなる思想も、それを構築した人の個人的な心の構えによって性格づけられている。例えば内向型・外向型、直観型・思考型等々によって、捉え方が違ってくる。だから、どんな思想も理論も、誰もが納得するというように、普遍的に当てはまるというものではない。経験科学的に考える場合には、まず自分が相対的であるということ、すなわち自分の立場や前提が特殊であるということを自覚していなければならない、と言っているのである。

 だから、ユングは「どこか天上に」「母の原像」が「実在する」とは言わない。こういう形で、ユングはプラトンや実念論と自分を区別したのである。しかし、だからといって、実念論を否定してしまったのではない。実念論の中にも、もっともなところがあると言うのである。

 

 ここで、次のテキストをよりよく理解するための予備知識として、「実念論」と「唯名論」について、基本的な解説を挿入する。これは会員の一人がまとめてくれたものであるが、上手に解説してくれており、「実念論」と「唯名論」についてのユングの議論を理解する上でたいへん有益だと思う。

 

唯名論と実念論(1)−「普遍論争」の基本的知識

 実念論(或いは実在論、Realismus)とは、 「人間」、「美」、などの類概念が、個々の存在物に先立って、文字通りの意味で現実的に存在する、つまり real なものである、とする考え方のことであり、唯名論(Nominalismus)とは、現実的に存在するのは個物だけで、類概念は、言葉としてのみ、或いは名前としてのみ存在する、つまり nominal なものである、とする考え方のことです。

 要するに、実念論者はソクラテスとかプラトンとかいう個々の存在者に先立って、「人間そのもの」という概念が、リアルに存在すると考えるのであり、唯名論者は「人間」という概念は単なる「名称」であって、それ自体として存在するものではない、と考えるわけです。

 そして、西洋中世において、この両者の立場の間で戦わされた激しい論争が、所謂「普遍論争(Universalienstreit)」です。これを普遍論争というのは、この議論が「普遍(universale)」、つまり「人間」、「美」といった類や種の存在性格について扱っているものだからですね。

 実念論と唯名論について、本質的なことはこれだけです。ただ、私たち現代日本人にとってわからないのは、そもそもこんなことが一体どうして問題になるのか、ということでしょうが、とくに深読みする必要はなくて、本当に上述のことが、端的に問題となったのです。要するに、西洋の中世哲学では、「類や種などの普遍は実在するのか?」ということが、マジかつガチに、議論されていたということ。

 ただ、現代というのはテキストでユング自身が述べている通り、「観念とはそもそも名称とは違う何かであるかもしれないと仮定することが流行らなくなった、いやそれどころか理解されなくなった時代」(『元型論』p.101)ですから、いったい何の意味があって、中世哲学者がこんな論争を延々とやっていたのか、理解できなくなるわけですね。

 実際、普遍論争の行われた中世哲学のことを「スコラ哲学」というのですが、これは英語の scholastic あるいは日本語の「スコラ的な」という言葉の含意にもあるように、一般的には煩瑣なことばかり問題にしている、「学問のための学問」といったイメージを持たれています。それというのも、ここまで繰り返し述べてきたとおり、現代においては経験主義の盛行によって唯名論的立場を無意識の前提としている人々が殆どですから、スコラ哲学者たちが、何故にこんなことをウダウダと議論していたのか、さっぱりわからなくなっているからです。

 ただし、ユングはタイプ論の視点から、この論争に対して新しい光を当てつつ解釈を行うのですが、それについての解説は後回しにして、まずは普遍論争の実際について、ユングの言葉を引用しつつ、説明をしておきます。細かい話は、実に scholastic でイヤになるので(笑)、ごく簡単なものにとどめますが。

 普遍論争は、三世紀の新プラトン派の哲学者、ポルピュリオスが、その著『アリストテレスのカテゴリー論への序論』(所謂『エイサーゴーゲー』)において、類や種といった普遍は実在するのか、それとも単に理解のうちに存在するのみなのか、といった問題提起を行っており、そのラテン語訳が、西欧中世に紹介されたことに端を発します。おそらく、この書からだと思うのですが、『タイプ論』にもポルピュリオスの主張が引かれているので、ここにも引用しておきます。

 この問題はポルピュリオスによって次のように中世に伝えられた。「普遍概念や類概念について言えば、問題はそれらが実体的なものであるのかそれとも単に知的なものにすぎないのか、また物質的であるのかそれとも非物質的であるのか、また知覚される物体から分離しているのかそれともその中や周辺に存在するのか、ということである。」中世はおおよそこのような形で問題を受け取った。(『タイプ論』林先生訳書、pp.45-46)

 この引用文に言う「それら(普遍概念)が実体的なものである」というのが、もちろん「実念論」の立場ですし、「単に知的なものにすぎない」というのが、「唯名論」の立場になります。学者たちは、はじめは特にこの記述に注目することはなく、事実上実在論の立場(プラトン主義ですね)を受け入れていたのですが、11世紀後半あたりから、この問題をめぐる活発な議論が開始されまして、それが「普遍論争」となるわけです。

 そして、それから数世紀にわたりまして、実念論側ではシャンポーのギヨーム、アンセルムスなど、唯名論の側にはロスケリヌス、アベラルドゥス、オッカムのウィリアムなどが立って、カンカンガクガクの論争が為されたのですが、その詳細には立ち入りません。詳しいことが知りたい方は、

http://www.sal.tohoku.ac.jp/~shimizu/medieval/univer.html

などを御参照いただくと良いと思います。ただ、面倒であれば(実際、面倒ですが)見る必要はありません。para.149におけるユングの主張を理解するためには、基本的には、「普遍論争」で本質的な対立点となっていたことはなんだったのか、ということを、しっかり理解しておけば十分だと考えられるからです。ただ、個々の記述について検討すべき点──例えば、この段の最後の一文の解釈など──はあるかと思いますが、それは当該部分の議論をする際に、考察したほうが良いでしょう。なお、ユング自身の普遍論争史に関するまとめは、『タイプ論』の、p.45以下に見られます。余裕があれば、御参照下さい。

 因みに、この「普遍論争」は、もちろん「解決」されたわけではありません。近代に入っても、同じ問題はロック、バークリ、ヒューム、あるいはユングもしきりに取り上げているカントなどによって様々に論じられておりますし、或いは現代においてはヴィトゲンシュタインの議論や、数学の哲学、また物理学における実在論と実証論の対立など、形を変えた普遍論争の戦場と見ることができる議論は、多く存在しています。こうした現代思想におけるアクチュアルな問題を考える際にも、次のメールで説明する、普遍論争に関するユングのタイプ論的な解釈というのは、有効な視点の一つたり得るように思われます。

 また、更に因んで言えば、こうした「普遍」に関する問題意識を色濃く持った哲学・思想というのは、必ずしも西洋だけに特有のものであるわけではありません。例えば、孔子の「正名論」や、宋儒の言う「格物窮理」、つまり「物を格(ただ)して理を窮める」という思想にも、この西洋哲学における「普遍」に関する思想との、興味深い対応が見出されます。その詳細に関しては、本題ではありませんのでここでは立ち入りませんが、御関心のある方は、井筒俊彦の『意識と本質』において、そうした思想が解説・考察されておりますので、御一読いただくと良いかと思います。

 

唯名論と実念論(2)−ユングのタイプ論的解釈

 まずはユング自身による、唯名論と実念論の定義から。

 「唯名論とは、いわゆる《普遍》すなわち類概念や普遍概念、たとえば美・善・動物・人間などを、名称ないし言葉にすぎない、皮肉な言い方をすれば「声〔を発するとき〕の息」にすぎないとする流派をいう。」(『タイプ論』林先生訳、p.33)

 「反対に、実念論は《個物に先立つ普遍》の存在を主張した。すなわち普遍概念はプラトンのイデアと同じようにそれ自体で存在していると主張した。」(同)

 さて、(1 )で確認したとおり、この両者の立場の間で戦わされたのが「普遍論争」であったわけですが、それが「論争」である以上、当然のことながら、当事者たちには勝ち負けの意識がある。つまり、実念論と唯名論とでは、どちらかが正しくて、どちらかが間違っており、議論によって己の立場の正当性を、相手に対して証明できるはずだ、と考えられていたわけです。そしてもちろん、私たちの多くにとっても、対立する二つの立場があるのであれば、そのどちらかが「正しい」はずだと考えるのが、ごく当たり前の態度となっています。

 しかしながら、ユングはそのようには考えない。この種の論争によって顕わにされているのは、彼からすれば、「タイプ間の対立、すなわち思考過程そのものに決定的な価値を置く抽象の立場と、(意識的であれ無意識的であれ)感性的対象による方向づけに従う思考や感情との対立」(同書、p.43)に他ならないからです。つまりユングは、普遍論争を、自らの「タイプ論」の立場から理解している。そして、こうした解釈の前提となっているのは、人間心理への、或るユング独特の理解です。以下、少々長くなりますが、『タイプ論』より重要な部分を引用します。

 この種の対立が生じるのは、どちらかの側がまったく特殊な論理上の欠陥をもっているからでも、いっそうひどく目がくらんでいるからでもない。そのように考えるのは愚かなことである。むしろ、それは根本的な心理的差異から生まれてくるのであって、この違いということがまず承認され確認されなければならない。心理ないし心理的原理は一つしかないという仮定は、正常人が もつ擬似学問的な偏見から来る耐えがたい暴虐である。「人間」とその「心理」という一般的な言い方がつねになされ、その心理はいつもきまって「……にすぎない」へと還元される。同様に「現実」という一般的な言い方によって、あたかも「現実」が一つしかないかのように語られる。しかし現実とは一人一人の人間の魂のうちに働いているものに他ならないのであって、ある種の人々が実際にあると信じたことを偏見に従って一般化したものではないのである。そのさい議論がどんなに学問的になされようとも、次のことを忘れてはならない。すなわち学問は生の「全体」ではなく、それどころか心理的な構えの一つにすぎず、人間の思考の一つの形式にすぎないのである。(同書、pp.48-49 原文の傍点は省略、以下同)

 ここでユングは、心理ないし心理的原理は一つだけではない、すなわち、複数の心理的「タイプ」が存在するのだとしています。そして、異なるタイプに属する人同士では、見ている現実も異なるのであり、その「根本的な心理的差異」から、例えば普遍論争のような対立も、生じてくることになるわけです。そして、こうした考え方からすれば、普遍妥当性を標榜する「学問」ですら、必ずしも絶対的なものではなくて、単に「心理的な構えの一つ」にすぎないものと、見なされることになります。

 つまり、ユングにとって唯名論と実念論との論争は、どちらかの立場が学問的・客観的な視点から「正しい」ものと判定される、といった性質のものではない。そうではなくて、その対立はタイプ論の観点から、「心理的差異」、あるいは「気質」の差に起因するものと捉えられる。例えば、テキストにおける以下の記述に見られるように。

 「経験科学の徒として私が確認しておくべきことは、ある気質の人にとっては、観念は実在であって単なる名称ではない、ということである。」(『元型論』p.101)

 この「経験科学の徒として」というのは、原語では als Empiriker、つまりas empiric ということですから、要するに彼は、経験的に言えることは、ある「気質」の人にとって観念は実在であるという事実がある、ということであって、それは正しいとか間違っているとか、そういった問題ではない、という主張をしようとしているわけです。この観念を実在として捉える「気質」を持つ人物の具体例としてユングが『タイプ論』で挙げているうちの一人が、実念論者の大立者であるアンセルムスです。

 アンセルムスといえば、西洋哲学史上あまりにも有名な、「神の存在論的証明」を行った人物ですが、この「証明」というのは、非常に大雑把に言ってしまえば、「私たちは完全な存在者である神の理念を思い浮かべることができる。そして、その理念には当然、『存在する』ということが含まれるのだから、それゆえ神は存在する」というものです。これは私たち現代日本人にとってみれば、そもそもどうしてこんな議論が「証明」などと名乗ることが出来るのか、それすら理解できないような代物であり、実際、この「神の存在論的証明」は、後の『純粋理性批判』において、カントによってケチョンケチョンに批判されます。

 ユング自身も、このアンセルムスの「証明」については、

「この存在論的証明の論理的な弱点はあまりにも明らか」(『タイプ論』p.48)と述べて、論理的・学問的観点からすれば、この「証明」は詭弁でしかないことを認めていますが、だからといって、タイプ論者であるユングは、アンセルムスの実念論の存在価値までも、全く否定し去ってしまうことはしません。というのも、「存在論的証明の誤りはただ一つ、それが論理的に論証しようとするところにあるのであって、実はそれは単なる論理的証明以上のものだからである。つまりそれは心理的事実なのであって、それが現われ実際に作用するということは、論証を要しないほど圧倒的に明白なのである。神は考えられるから存在するということを確認した点についてはアンセルムスが正しいということは、《一般的同意》が証明している。」(『タイプ論』p.50)

 ここでいう《一般的同意》とは、「存在論的証明がカントによって決定的に根絶されたと思われたにもかかわらず、カント以後の哲学者の中にはこの論証を再び受け容れた者が少なくない」(同書、p.49)という事実に見られる、一般的な同意のことを指していると考えられるのですが、要するにユングは、アンセルムスのような或る特定の(内向的な)気質を有する人々にとっては、「神は考えられるから存在する」ということは明白な心理的「事実」なのであって、それは論理的に「証明」されるべき問題ではないのだ、と指摘しているわけです。

 即ち、ユングは論理的・学問的な観点からすれば、アンセルムスが詭弁を弄していることは疑いないと、カントと同様に認めるけれども、だからといって、アンセルムスの実念論的立場が全く無価値であると否定し去ることも、「心理ないし心理的原理は一つしかないという仮定」から来る、「耐えがたい暴虐」だと考えている。むしろユングは、経験的な観察によれば、「ある気質の人にとっては、観念は実在であって単なる名称ではない、ということ」が確認できるのだから、そうではない(外向的・唯名論的)タイプの人々と同様に、そうした(内向的・実念論的)タイプの人々も存在するという、その事実のほうを、Empiriker としては承認すべきだと指摘する。これがつまり、ユングの「タイプ論的解釈」であろうと思われます。

 こうしたユングの立場からすれば、唯名論も実念論も、「特定の、それゆえ限定され、気質に合った、前提に基いている」(『元型論』p.101)主張であるわけですから、この両者のいずれにしても、「無邪気に普遍妥当性を要求」(同)することはできなくなるわけですね。

 さて、長くなりましたが、para.149 を理解するために必要な唯名論と実念論、およびそれに対するユングのタイプ論的解釈に関する知識は、おおよそこのくらいで十分かと思います。

 

149パラグラフ ( 2 )

   ( p.101 の 4 行目の「経験科学の」から 10 行目の「がっかりするに違いない。」まで )

 以上の予備知識が頭に入ったところで、テキストの注解に戻る。

 では、実念論の中の「もっともなところ」とはどこなのか。それは「ある気質の人(内向型の人)にとっては、観念は実在であって単なる名称ではない」という点である。これが何を言いたいのか分からない人のために、一つの例を出そう。

 ある観念が「実在する」かどうかという問題にとって、一番(?)分かりやすいのが、「神」(仏)という観念である。「神は実在するか否か」といったとき、内向型の人には実感として「実在する」と言いたくなるような体験が存在するのである。例えば夢の中に崇高な神のイメージが出てきたら「神は実在する」と確信してしまうことがありうる。あるいは阿弥陀如来が(あの世から)迎えにきてくれたという夢を見た人は、如来も極楽も実在すると確信してしまう。そういう現象は、古代や中世にはごく普通に見られた。

 そういう夢とか、そこから来る確信というものは、事実として存在している。それが単なる妄想なのか、はかない夢でしかないのか、あるいは本当に神や仏が実在する証拠なのか、それは誰にも分からない。しかしそういう強烈な体験が事実として存在していることは、経験科学の立場からも認めざるをえない。

 149パラグクフの、この第二の部分で言いたいことは、以上に尽きる。そのあと「われわれが生きている」以下書いてあることは、しごく簡単なことである。すなわち、この内向型の人たちの体験は、現代では「そんなものは迷信だよ」などとまるでバカにされていて、流行らなくなっている、ということである。しかし、それは今がたまたまそういう方向に重りが揺れた時代だというにすぎない。例えば中世では逆に、「神は実在する、だって私の夢に出ていらっしゃったんだから」などと言う人は、バカにされるどころか最大限の尊敬を集めたのである。

 例えばアンセルムスという聖職者。彼は「神の存在論的証明」という手法で、神の存在を論証しえたと主張したことで有名である。彼が使った論法とは、「我々が心の中に神の像をこれほどまでに明瞭に思い浮かべることができるということは、とりもなおさず神が実在することのなによりの証拠である」というものであった。これが神の実在を証明していると思う人は、現代ではほとんどいないのではないか。むしろ馬鹿馬鹿しいと笑う人の方が多いだろう。経験科学の立場から言ったら、なんの証明にもなっていない。心の中に思い浮かべるもので、強烈な印象をもって迫ってくるものなら、なんでも実在していると言うのなら、どんな荒唐無稽な化け物でもキメラでも実在しているということになってしまう。こんな馬鹿馬鹿しい「証明」でも、当時の「ある種の人々」(つまり内向型の人々)には「証明」として信じられ、またアンセルムスは「立派な聖職者」として尊敬されたのである。この人たちが「実念論者」と言われる人々である。

 

149パラグラフ ( 3 )

   ( p.101 の 10 行目の「唯名論の」から最後まで )

 この部分では、「実念論」は現代では勝ち目がない、もう完全に負けてしまってほとんど支持者はいない、と言っている。「実念論」が負けてしまったのは、近代以降、経験主義すなわち自然科学が支配し、「実験による実証」をかちえたものは「普遍妥当性」を持つと主張し、それが広く認められたためである。

 ところが、現代でなくても、「実念論」を否定していた人々がいた。内向型ではない人々、すなわち外向型の人たちから見ると、当時でもアンセルムスの「神の存在論的証明」は少しも証明にはなっていない、として批判の対象になっていたのである。彼らはそもそも「神」といった概念の実在性そのものを疑った。彼らの疑いを言い換えると、概念があるからと言って、その概念に相当する実体があるとは限らない、と言うのである。今の感覚から言うと、しごく尤もな常識的な言い分である。この立場の方が、我々現代人の共感や賛成を得られるのではないか。この立場は「唯名論」と名付けられている。

 「唯名論」者はこう主張した。世の中には(神とか人間といった)「普遍概念」は存在しない。存在するのは個々の物、個物のみ。つまり「人間」なるものは存在せず、ただ大坂太郎とか藤京花子という個人しか存在していない。「犬」というものは存在せず、ただポチとかシロという個々の犬しか存在していない、と言うのである。現代人にとってはきわめて当たり前の主張である。どうしてこんな当たり前のことを必死になって主張したのであろうか。彼らは「普遍概念」などというものは、単なる名称にすぎない、「普遍概念」とは「声の息」すなわちそれを発音したときの息のようにはかないものであり、息のように消えてしまう実在性のないものであるとまで言って、「実念論」を皮肉った。

 そこまで否定的なのは、じつは彼らの心性が反体制的だったことと関係があるとして、ユングは『タイプ論』の第一章の古代編の中で、キュニコス派やメガラ派といったソフィスト(唯名論者)が、いかに反体制的な心情を持っていたかについて、詳細に論じている。しかし、そこまで紹介するとなると、あまりにも脇道にそれるので、詳しくは『タイプ論』を読んでほしい。

 本論に戻ろう。名称は本当に「単なる名称」にすぎないのか、ということがじつは問題なのである。名前があるということは、それに相当する「何か」があるということではないのか。本当に「実念論」というのは、単なる妄想なのか。

 名前があるところ、それに該当する「何か」が必ずあるものだということを、ユングは『タイプ論』の中で見事に説明している。

 ユングは「エネルギー」という言葉を例に挙げる。「エネルギー」というものは、実体は見えないし、「唯名論」者に言わせたら「名称にすぎないもの、実体としては存在していないもの」と考えられてしまう。「唯名論」者は、「エネルギー」なるものは存在せず、ただ個別の「力学的エネルギー」とか「位置のエネルギー」「運動のエネルギー」「熱のエネルギー」といった、個々のエネルギーしか実在しない、と主張するだろう。

 しかし、とユングは言う。「エネルギー」なるものが存在することを理解できないのは、抽象概念というものを理解できないからである。個々のエネルギーの違いに関わりなく、すべての個々のエネルギーに共通の性質というものがある。それはエネルギーというものが、ある一定の力を持っており、仕事をするという性質である。それは未開人のマナという概念と同じものである。マナも力を持っており、一定の仕事をする。そういう性質のものを総称して「エネルギー」と言うのである。「エネルギー」という抽象概念には、それに当たる内容なり、性質なりが存在しているのである。「エネルギー」は決して単なる名称にすぎないものではない。

 似たこと(決して「同じ」だとは言っていない)は「神」というイメージについても言うことができる。「神」「悪魔」といったイメージには、ある力がつきまとっている。その力とは、ドイツの神学者ルドルフ・オットーが名付けた「ヌミノーゼ」という性質である。つまり「戦慄するほどに恐ろしい」とか、「魂を奪われるほどに魅惑的」だという性質である。こういうイメージは、決して単なる名称ではなく、人間の心に対して「仕事をする」、つまり大きな影響力を持ってしまう。

 このように現代ではバカにされている「実念論」的な物の見方には、決してバカにはできない、ある真実が隠されている、とユングは主張するのである。これが、じつはこのパラグラフでユングが言いたいことなのである。これがユングの言いたいことだということは、次のパラグラフの冒頭が示している。

 

150パラグラフ

 これまで述べてきたように、現代では「唯名論」が圧倒的勝利を占めているように見えるが、じつはひそかに逆転の徴候が見える。「実念論」的な発想が経験科学の中でも市民権を得てきているのである。その先駆者はカントの「先験的カテゴリー論」である。

 カントは、人間がオギャーと生まれてきた最初から時間感覚や空間感覚を持っていて、それに従って世の中を認識していると主張した。これが意味していることは、人間というものは最初から枠組みをもっており、あるいは色眼鏡をかけているということである。例えば「あれは三角形だ」と認識できるのは、最初から三角形の「原イメージ」をもっているからである。「あれは犬だ」と認識できるのは、犬の「原イメージ」を持っているからである。

 人間が物事を認識できるのは予め「原イメージ」を持っているからだということを示す有名な例が、ケプラーとケキュレのエピソードである。

 惑星の楕円軌道を発見した天文学者のケプラーは、ただやみくもに望遠鏡を覗いていたわけではない。初めから惑星は太陽の周りを円を描いて回っているはずだという先入観、というより信念を持って観測したのである。その結果、円ではないが、楕円を描いていることを発見できたのである。

 化学者ケキュレの場合はもっと劇的であった。当時、ベンゼンC6 H6 の化学構造図が誰にも分からなかった。ケキュレも日夜考えていたけれども、どうしても分からなかった。誰もが、例えば H - H - C -C - …… というように、直線の縦横の組み合わせを考えていたのである。ところが、ある夜、ケキュレはウロポロスの夢を見た。そこから彼は「閉じられた環」というインスピレーションを得た。そして C が六角形につながっていて、それぞれに H がついているという構造図を発見することができたのである。

 まさに「初めにイメージありき」の好例であるが、このことをさらに突き詰めていくと、すごいことが分かってくる。すなわち、その「原イメージ」が人類でほとんど同じ場合もあるが、一人ひとりで違っていたらどういうことになるか。そうなると同じものを見ていても、人によって違うように見えるはずである。あるいは観測地点や観測の条件が違うと、違うように見えるはずである。

 じつはそういうことが起きるということは、昔から天文学では知られており、観測地点を変えると天体が異なった位置に見えるという現象が知られていた。それを個人的誤差と呼んだ。こうしたことは、じつは科学の最先端である量子物理学においても観察されている(テキストの「極微の現象を観察し、測定する」学問とは素粒子論のことである)。すなわち、光は実験の方法によって、波動に見えたり粒子に見えたりする。この点を少しくわしく説明しておこう。

 まず波動と粒子が相反する性質であることを理解しておく必要がある。すなわち「波動は粒子でなく、粒子は波動でない」。例えば、半透明の板を置いて、そこにエネルギーの流れを当てると、「干渉」とか「回析」(二つに別れたのち合流する)という現象が現れれば、それは「波動」だと分かる。それに対して、そのエネルギーが板に当たって透過したか反射したのであれば、それは粒子である。このように波動と粒子は、あれかこれかの関係にある。つまり常識で考えれば、あるものが同時に波動であり粒子であるということはありえないはずである。

 ところが、不思議なことに、光は波動になったり粒子になったりするのである。実験装置や実験の方法によって、波動として観察されたり、粒子として観察されるのである。

 ニールス・ボーアはこの現象を「相補性」と名付けた。つまり観測された結果に対して観測主体のあり方が影響を与えてしまうということである。しかも観測される系への、観測手段や観測主体の影響は、予測不可能、または制御不可能なのである。

 ヴォルフガング・パウリはユングの80歳記念論集に寄稿した論文の中で、「相補性」が意識と無意識のあいだにも見られると指摘している。つまり意識の認識に対して、知らずしらずに無意識(ユングの言葉では心理的前提)が作用して一定の方向性を与えてしまうが、その作用は制御不可能だというのである。

 このように認識主体のあり方(心理的な前提)次第で認識結果が違うという見方は主観的認識論と呼ばれるが、今日では(テキストにあるように)「あらゆる学問分野において心理的な前提が存在しており、それが素材の選択、取り扱いの方法、推論の仕方、仮説や理論の構成を決定していることを、われわれは確信している。」心理学も例外ではなく、経験科学となれば、科学の前提に心理的前提が作用していることを認めざるをえない、とユングは言うのである。

 したがって、「カントの個人的人格が『純粋理性批判』の本質的な前提であった」と言うこともできる。同様にユングの元型論はユングの個人的心理(内向型の心理)の産物であるとも言うことができる。

 ちなみに、マックス・ウェーバーの「認識の普遍的な客観性などというものはありえず、一定の価値観を前提とした上でのことだ」という主張も、人間の認識というものの同様の宿命を見据えた議論なのである。

 要するに、カントの認識論批判以来明らかになったことは、人間の(あらゆる生物の)認識というものは「純粋に客観的」ということはありえないということ、必ず「主観」が関与しているということであった。すなわち(テキストにあるように)、「思考・理性・悟性などは、それ自体で存在し、あらゆる主観的条件から解放された、論理学の永遠の法則にのみ奉仕する現象ではなく、一人の人格に従属する心的な機能である」。

 ところで、最後の文章、すなわち哲学者や真理愛を持つ者が「不安」を感じてまうという文章はやや唐突で理解しにくいかもしれない。ここは次のような意味である。今まで述べてきたような「認識は個人的前提によって決められてしまう」という考え方によると、認識とは初めから決められているものであり、枠をはめられたものということになるので、「客観的な真理というものはありえない」とか「自由な創造はありえない」と言われたような気がして不安になる、という意味である。

 こうした「不安」は、じつは根の深いものであり、われわれ人間の認識の不安定さや不確実さに関わるだけではなく、人間の実存そのものの不確実さにも関わる問題である。しかしユングはそこまで問題を深めることなく、次のパラグラフに見られるように、人間が自分の心理的前提(無意識)を直接に見ることができない点に、「不安」の理由を帰している。

 

151パラグラフ

 前パラグラフの最後でユングは「不安」という問題を持ち出しながら、それを哲学的に深めることはしないで(ユングは哲学的論議をもともとするつもりがないので、当然と言えば当然だが)、「そのことは人間の宿命なんで、仕方ないんだよ」という形で決着をつけたのが、このパラグラフである。

 すなわち、「人間のあらゆる活動」を規定するような「ア・プリオリなものが存在しており」、その「ア・プリオリなもの」は無意識的である。無意識的で「見る」ことができないから「暗い無」に思われるだけであり、意識化すれば「恐ろしいもの」でもなんでもない。

 このようにユングが言うとき、じつは「不安」という問題はなんら解決されていない。ユングが言っていた「不安」とは、認識は「個人的前提によって決められる」ということ、そのこと自体から来る不安であって、その前提が無意識的か意識的かに関わることではない。したがって「個人的前提」を意識化すれば解消するという性質のものではない。

 ここでユングは、そうした性質の「不安」など解消することは本来できないのだと、言い切ってしまえば、よかったのではないであろうか。それが人間の宿命であり、そのようにできているのだから仕方ないのだ、と。

 じつは、ここのユングの記述は内容的には、そのように言っているのである。つまり、その「前提」とは遺伝するものでしかありえない、というのがユングの仮説である、というより信念に近い。個性的な「前提」は「それが現れた瞬間に初めて生まれたのだと仮定する人はいない」だろう。動物の本能行動と同様に、遺伝するものだと仮定せざるをえない。丁度、新生児の心が「空虚な無」ではなく、初めから複雑なシステムを持っていることが示しているように、「ア・プリオリな前提」とは遺伝的に決められているのである。

 ところで、本能的反応であれ心的反応であれ、予め遺伝的な反応パターンがあって、それに従って反応が現れるという現象があるということは、今日では否定する人の方が少ないであろう。最近では、ほとんどの病気が遺伝的な要因によって引き起されることが明らかになっているが、本能的あるいは心的反応も、「何かが遺伝した」結果として、同一の条件(解発条件)がそろうと同様の反応パターンが引き起されるのである。

 では、遺伝とはどういうことなのか。遺伝とは、何によって伝えられていくものなのか。何か物質が親から子へと伝えられ、それが遺伝という現象を引き起すのか。それとも本能行動を引き起すイメージが伝えられ、それが本能的反応を呼び起こすのか。この問題については、当時としてはまだ科学的に解明されていないので(遺伝子だのDNAだのはまだ発見されていなかったので)、ユングとしても無理はないが、記述が混乱している。

 ユングは「遺伝ということは、あるに決まっているだろう」という書き方をしている。だからであろうか、遺伝とはどういうことなのかについては、よく考えないで、適当に(?)述べているように思われる。例えば「病弱な親から病弱な子供が生まれれば、胚種原形質による遺伝が考えられる」といった言い方をする。癲癇の親から癲癇の子が生まれたら、それも遺伝によると考えるのが自然だという。こんな例を挙げると、今ならすぐに「差別だ」と抗議を受けそうである。

 それはともかく、「胚種原形質による遺伝」という仮説は、そういう名前の物質が親から子へと遺伝し、その結果として具体的な遺伝が起きるという説である。その仮説を彼は肯定するでもなく、否定するでもないが、何かが遺伝しているのだということは絶対に正しいと言っているのである。しかし、病気が遺伝によるということをもってきても、「人間のあらゆる活動にとってア・プリオリなものが存在している」ということを証明したことにはならない。このあたりのユングの記述は、説得力を増そうとして、かえって厳密に考える人に対しての説得力を減少させている感なきにしもあらずである。

 というわけで、このパラグラフはない方がいいと私は思う。とくに病気の例は、かえって混乱を生みかねない。したがって150パラグラフからすぐに152パラグラフに進む方が、論理の流れがスムーズにつながっていくように思われる。

 

152パラグラフ

 そこで、152パラグラフを読んでみよう。問題は依然、遺伝とは何か、何が遺伝するのか、ということである。病気の場合には「胚種原形質」を仮定することも可能だが、しかし人間という種に特有の反応パターンを可能にするものは何なのか。何が遺伝すると、そういうことが可能になるのか。

 「人間が人間的な方法で反応することを可能にしているもの」とは、自分が「イメージ」と呼んでいる「機能形式」であるとユングは言う。

 「イメージは実行されるべき活動の形式のみならず、活動を解き放つような状況をも同時に表現している。」

 これはユング学説にとって非常に重要なことを言っているのであるが、これだけでは何を言いたいのかよく分からないであろう。そこでユングが原註(3)で参照を求めている「本能と無意識」という論文から具体例を引きながら説明してみよう。(この論文は『心的エネルギー論』みすず書房、平成19年6月刊予定、に収録する。)

 ユングが例に出すのは昆虫の本能行動である。(昆虫の本能行動とイメージの関係によって、人間の無意識行動とイメージの関係を説明できるのか、両者を同じレベルで論じてよいのかという問題については、後で述べる。)

 ユングは、本能行動は必ずイメージに導かれて行なわれると言う。例えば、イトランモグリガは、誰に教わるわけでもないのに、複雑な本能行動を順番になしとげる。すなわち、一晩しか開かない糸蘭の花から花粉を取って球にする。それを持って別の花に行き、その子房を切って卵を産みつけ、花粉で蓋をする。これらの一連の行動は、糸蘭の花、花粉とそれで作る球、子房などといった多くのイメージを予め持っており、そのイメージと、イメージによって形作られている全体の状況に導かれることなしには不可能である。この蛾の行動は、「糸蘭の花が咲いた ! 」という状況によって解き放たれる。こういう種に特有のイメージをユングは「原イメージ」と呼んだ。そしてこの原イメージが遺伝するのだとユングは考えたのである。

 では、人間の場合の原イメージとは何か。それが元型だと言うのである。元型は人間という種に特有の反応形式であり、また典型的な活動を解き放つ状況を表現している。平たく言えば、一定の典型的な状況に置かれると、人間は一定の反応や行動をしてしまう、そういう生得的なパターンを持っているというのである。

 では、本能と元型は同じなのかというと、違うところもある。本能的な反応の特徴は、均質であり、規則的である点にある。一定の状況のもとでは、質が同じであり、また量的にも多すぎもせず少なすぎもせず、いつも規則的に現れる。それに対して、心的な反応は、同じ刺激があっても、人によって強く出たり、弱く出たりする。その点では両者は異なっている。とくに元型は情動を伴うので、激しい反応を引き起す場合が多い。しかし、均質性と規則性もまた元型の特徴であり、その意味では本能と元型には似たところもある。

 本能は自然の模像であるが、元型もまた「人間の精神に埋め込まれた自然イメージ」である。元型もまた直観の均質性と規則性を示しており、その意味では本能に相当する性質を持っている。

 ユングは「本能と無意識」の中でこのように述べて、本能も元型も「原イメージ」に導かれる点では同じだと論じている。だから元型にとってイメージとは、「実行されるべき活動の形式のみならず、活動を解き放つような状況をも同時に表現している」ということになるのである。

 さて、このパラグラフには、もう一つ重要なことが述べられている。「原イメージ」の発生は「種の始まりと一致している」。つまり人類が発生したときに、同時に元型が生まれたと言っているのである。すなわち、人類に特有の反応パターンは、人類の発生と同時に生まれたと言うのである。

 この捉え方は、ユングが元型を「祖先の経験の蓄積」だと言っていることと矛盾しているように思われるかもしれない。つまり元型が祖先の経験によって後天的に生まれたと言っているように理解すると、ユングが矛盾したことを言っているように思われてしまう。しかし、ここでは進化における「経験の先取り」ということを考慮に入れて理解しなければならない。

 例えば、ちょうど魚が水中で生活するのに適している形態を取るようになったのは、その前の水中生物の多くの経験(例えばカンブリア期には、ありとあらゆる変わった形態の水中生物がいた)をふまえて現在の形態を取るに至ったのである。それと同様に、人類の心の反応形式も、人間が持つ必要のある反応形式を予め「知って」いたかのように、最初から持っていたと考えられる。ユングも最終的には、そのように考えていたことが、ここの論述からも明らかである。このあたりの詳しい論点については、拙著『ユング思想の真髄』第4章「元型論」、p.136「遺伝と先験性」以下を参照していただきたい。

 

153 ~ 154パラグラフ

 ここで言っていることは簡単なことである。「あらゆる心の内容はあらかじめ形式を持っている。」だから、具体的に現れてくる心の働きも、あらかじめ形式(パターン・型・原イメージ)を持っている、ということである。(原文の Funktion を「機能」と訳したが、この場合「働き」くらいの意味である)。

 この原イメージは、想像力の産物として目に見えるようになる。そういう「原イメージ」の産物(すなわち世界的に共通の形式)がいたる所に見られるということは、さまざまな分野の研究者が気付いていた。プラトンから始まって、バスティアン、ユベールとモース、ウーゼナーなど。名前は「イデア」「原観念」「カテゴリー」「無意識の思考」などさまざまだが、言わんとしたことは皆同じ。人間は世界共通の「原イメージ」を持っているということであった。

 ユングが寄与したのは、この「原イメージ」が伝播によって広まったのではなく、各地で自生的に発生するという発見であった。

 日本の神話学の主流(例えば大林太良氏、吉田敦彦氏)は伝播説を取っている。ギリシアからモンゴルや朝鮮半島を経て、はるばる日本まで伝わってきたという見方である。同一の話素が、その民族ごとに状況設定や名前を変えて、伝えられてきたという可能性は、剣の刃渡りのような、非常に確率の低い仮定のように思われる。

 それよりも、各地・各民族に元型的な「原イメージ」があって、それが各民族特有の着色をされて現れていると見る方が、はるかに確率が高いはずである。

 しかも、もし伝播ということが起きたと仮定しても、そういうことが可能であるためには、ぜひとも元型の存在が必要になると思われる。なぜなら、他の民族の神話が伝えられたとしても、聞いた方がよほど感動しないと、これを記憶し、次世代に伝える努力をしないだろう。語る方も聞く方も、伝える情動と受ける情動が響き合わないと、感動は生まれないし、自分の言語に翻訳して覚え伝えるということにはならない。双方に同じパターンが存在していないと、そういう「奇跡」は起きないのではないか。

 支配した民族が支配された民族に強制したというなら話は別だが、日本は他民族に支配された歴史はない。朝鮮からの渡来人や帰化人が伝えたという可能性も考えられるが、それも同様に、伝える者と伝えられる者とのあいだに、同じ元型的イメージが存在していないと、同じパターンの物語が受け入れられ、定着することは難しいであろう。

 要するに、大切なことは、「原イメージ」が誰の心の中にも「あらかじめ」存在しており、それが「思考・感情・行為」に対してあらかじめ形式を与え、影響を与える、ということである。そういうことがあるからこそ、群衆心理・大衆心理ということも発生しうるし、ナチス現象も起きた。また関東大震災の際には「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れる」という噂が一気に広がった。「ユダヤ人」とか「朝鮮人」に「影」の「原イメージ」を投影した結果である。「影」のイメージに合致した流言蜚語が一気に広がるということも起きる。10年くらい前だっか、女の子のあいだに「口裂け女」というイメージが広がったことがあるが、あれなども典型的な「太母」「恐母」イメージが各自の心の中にあるからこそ起きた現象である。

 恐ろしい現象ばかり挙げたが、もちろん人間に恩恵をもたらす面もある。例えば宗教的イメージにおける高い神イメージや女神イメージは、人間の心を高尚で清らかにする作用をする。もっとも、宗教が憎しみや怒りを注入する場合もあるから、一概には言えない。ともかく「無意識の即応体制」だから、無意識ゆえの危険を常に宿していると言える。ユングが常に警報を発していた所以である。

 

155パラグラフ

 最後にユングは、よくある誤解について述べる。

 元型が遺伝するというときに、具体的な元型イメージが遺伝すると思い込んだ人が多くいたらしい。この誤解は、「獲得形質の遺伝」と並んで、ユング元型論に対する二大誤解と言える。

 この誤解は、元型についての理解の間違いから来ている。すなわち、元型とは内容に関わるものだという、間違った理解である。ユングは再三「元型とは形式である」と言っているのに、なぜかこのような誤解が後をたたない。

 ここでもユングはしきりに「形式」だと強調している。じつは「形式」というよりも「型」と言った方が分かりやすいのである。ちなみに私の旧訳では「型式」と訳していた。ここではユングは「結晶の軸構造」に喩えている。われわれにおなじみの例を挙げるなら、雪の結晶が好例である。雪の結晶には、決して同じものは存在しないそうである。すべて個性的で美しい模様を作り出している。しかし基本の型は決まっていて、六角形をしており、中心から放射状に支柱が伸びているという構造はすべての結晶に共通である。

 元型が実際にはいかに現れるかを決定するのは、具体的な条件による。その「条件」の中で、原理的に重要なのが意識のあり方であるということを発見したのが、エーリッヒ・ノイマンである。意識との関係によって、母元型がいかに異なったイメージとして現れるか、その多彩なイメージを網羅的に描きだしたのが『意識の起源史』である。

 次からは、母元型を豊富な具体例をによって見ていくことになる。

 

二 母元型

156 ~ 157パラグラフ

 ここから、いよいよ母元型の具体的説明に入る。ユングは母元型とは何かを説明する前に、まず母元型が投影されやすい具体例を示すことから始める。

 母元型を表すものはさぞシンボル性の強い、例えば女神とか子宮とか大地といったものが挙げられるかと思うと、最初にくるのが実在の人物たちだというところが、ちょっと意表を突かれる思いがする。すなわち、実母、祖母、継母、姑、乳母、保母が挙げられる。これは経験的に(臨床的に)、最初に個人的な母親が重要な役割を果たすように見えることをふまえての例示である。そのことの意味については159パラグラフで説明される。

 「女祖先と白衣の女」以下は実在性が薄れて、想像上の存在になっていく。(初版では「白衣の女」が「雪女」となっているので、訂正してください。「白衣の女」は死の予兆を表す。)

 次からまったく新しいカテゴリーに入る。すなわち「高次の比喩的な意味において」以下、女神的な形態が挙げられる。「高次の比喩的な意味において」は次の「女神」だけにかかるのではなく、「救済憧憬」の前までのすべての女神的存在にかかる。

 「神の母」「処女」と別々のように書かれているが、「若返る母」のイメージとしては、聖母マリアのように「母にして処女」というイメージが典型的に当てはまる。「母=処女」というイメージについては、ノイマンが論じている(『意識の起源史』新版、p.89 ~ 91、旧版、p.99 ~ 100)。その要旨は、昔は「処女」の意味が今とは違っていて、神殿娼婦を表しており、それは「誰のものでもないが、誰のものでもある」という意味での「処女」であった。豊穣の女神はその意味で「母=処女」であった、というのである。

 そのあとに「デメテルとコレー」が例として挙げられているが、それはコレーがデメテルの若返った姿だという解釈である。

 次にソフィアが挙げられているが、これを「高い精神性をもった知恵の女神ソフィア」のことだと思ってしまうと分からなくなってしまう。ここでソフィアによって代表されているイメージは、ノイマンのいわゆる「息子=愛人」「母=愛人」の段階を表している。つまり母に対しては息子であると同時に愛人であるという関係、また息子に対しては母であると同時に愛人であるという関係である。

 ソフィアが「母=愛人」だというイメージは明確には出てこないと思うが、ソフィアは神の子ロゴスを産むので、その子を愛人のように愛したという話がどこかにあるのか、あるいはユングがそう解釈したのかもしれない。次に挙げられているキュベレー=アッティスは典型的な「息子=愛人」「母=愛人」の例である。ここには挙げられていないが、ギリシアのペルセポネーとアドニスも同じ関係である(アドニスとアッティスについては、『意識の起源史』の中に無数の記述があるので、索引を見てください)。その次の「愛人としての娘=若返った母」というのは、「娘=<若返った母=>愛人」と訳した方が分かりやすかったかもしれない。若返った母である娘が息子を愛人とするというイメージである。

 次の「救済憧憬の目標」とは、母が救済された理想の姿のように思われるという意味である。母を理想化した極致のイメージと言える。

 次に「広い意味」の母イメージが挙げられる。「教会」は子供としての信者を懐に抱いて保護するというイメージである。「大学」や「都市」も同様に学生や住民を保護し育むという意味で母のイメージである。「田舎」や「天国」もまた疲れた者たちを癒し救い再生させてくれる母のイメージである。

 「大地」以下は説明を要しないであろう。どれも「母」のイメージとして納得のいくものばかりである。「白衣の女」「冥府」「継母と姑」を除くとみな肯定的なものである。

 次のパラグラフになると、両面的な「運命の女神」以外は、「邪悪な」イメージが列挙されている。これも説明を要しないと思う。

 

158パラグラフ

 ここでは、母元型の特性を「母性」であるとして、その性質を挙げている。「女性的なものの不思議な権威。理性とは違う智恵と精神的高さ。慈悲深いもの、保護するもの、支えるもの、成長と豊饒と食物を与えるもの。不思議な変容と再生の場。助けてくれる本能または衝動。秘密の、隠されたもの、暗闇、深淵、死者の世界、呑みこみ、誘惑し、毒を盛るもの、恐れをかきたて、逃れられないもの。」

 前2パラグラフでは具体物として示したのに対して、これらの例は「母性」という性質で示したものと言うことができる。「母元型の特性は母性である」と言っているが、「母性」以外の特性があるという意味ではなく、「母性」という特性についてとくに説明しようという意味である。

 母元型については『転換のシンボル』(邦訳名『変容の象徴』)においてとくに詳しく扱ったと言っているが、この書は全体のテーマが「英雄の誕生」と「母からの解放のための戦い」であり、当然、母元型が主題となっている。この中に、次の「十字架としてのマリア」というシンボルについても説明されている。

 「母元型」の両面的な性質の例として、中世において、愛の聖母であるマリアが、同時にキリストを磔刑(たっけい)にした十字架と考えられていたと書かれている。これについて『転換のシンボル』第2部、第5章「母と再生の象徴」において、次のように述べられている。

 十字架はキリスト教以前から世界中に広がっているシンボルであって、生命の樹を起源としている。十字架は太陽の祭儀にも、愛の女神の祭儀にも登場し、生命の樹であると同時に死者の樹でもある。(パラグラフ368、邦訳365 ~ 367)。したがって愛の女神であるマリアが同時にキリストに死をもたらす「死者の樹」であるというイメージがあっても不思議ではないと言うのである。

 次に両面性を持つ母のイメージとして、インドのカーリーとプラクリティが挙げられている。カーリーのプラス面は「自由、思慮、独立」であるが、そのマイナス面は図にも示したようにメドゥーサそっくりである。すなわち股を開いて陰部を見せているのは豊饒性を示すと同時に男性の精力を吸い付くす恐ろしい性質を示している。また舌をだらりと出しているのは「貪り喰う」性質を示している(151頁の図19「ゴルゴ=メドゥーサ」参照、また『意識の起源史』のカラー口絵2「カーリー」、3「ゴルゴ」をも参照)。

 サーンキヤ哲学のプラクリティ概念がもつ三つの徳「慈愛」「激情」「暗闇」は、母の三つの本質的な性質「守り育む慈愛」「狂騒的情動」「冥府的暗黒」に当たる(143頁の図15に示されている「三つの顔を持つヘカテー」も同じ)。プラクリティがプルシャの前で踊ることによって、男性的な「区別する認識」をふるいたたせるというイメージは、すでに母というよりはアニマの性質に属する。アニマは最初、母のイメージと入り交じっており、母から分かれて出てくることが多いのである。

 

159 ~ 160パラグラフ

 ここから、いよいよ視点が臨床の場に移っていき、母親コンプレックスが登場する準備がなされる。

 ここでユングが論じているのは、臨床の場に現れる母親像が、個人的な母に由来するものなのか、元型的な母イメージから来たものなのかという問題である。フロイトは子供の母イメージをすべて個人的な母親に由来するものと考えたが、しかしよく見るとそれらのイメージは母親に投影された母元型である場合が多いのである。だからこそ、その母イメージは神話的な性質を持っていたり、権威やヌミリーゼを持っているのである。

 子供の神経症の原因は、実際の母親からの外傷によるよりは、幼児的な空想から来る場合が多く、その空想は多く元型的なものである。ただし、それが元型的だと言っても、実母となんの関係もないというわけではない。投影一般がそうだが、そうした空想が生まれるのには、実母の性質が作用しているのである。投影されるということは、される側に、投影の鍵がひっかかるホックがあるからである、とユングは言っている。

 したがって、神経症的な異常な空想が生まれるのは、両親、とくに母親の「撹乱的な影響」があるからである。「子供というものは神経症的にではく、正常に発達するものである」から「障害の明確な原因は両親の側に、とくに母親の側に確認されうる」のである。

 このように、子供の神経症の原因が母親にあるという理解は、ユングの神経症理論の特徴である。この点についての詳しい内容については、『ユング研究』3号の「ノイローゼ」特集の私の解説を参照されたい。またユング自身の論文「精神分析とノイローゼ」(『ユング研究』3号)、「教育に対する精神分析の意味」「個人教育に対する無意識の意味」(『ユング研究』9号)をも参照されたい。いずれも、子供の神経症の原因は両親、とくに母親であると述べられている。

 子供の空想に現れる母の神話的イメージが、元型に由来するものか、それともおとぎ話や絵本から借用したものか、判別するのは難しい。難しいわけをユングは「臨床上の理由から」と述べている。「臨床上の理由」とは、子供の場合、根掘り葉掘り聞くわけにもいかないし、調べることが難しいからである。例外はフルールノアの『インドから火星へ』である。彼はある少女がインド語を話したり、火星に行ってきた話をし、「火星語」を話したりした事例について、彼女の身辺を徹底的に調べて、ついに彼女の本棚にインドや火星に行ってきたお話があったことを突き止めた。しかし、そういうことは実際には非常に難しいので、子供の空想の由来を突き止めるのは至難の業である。

 次の160パラグラフでは、投影を笑いものにして片付けてはいけない、と述べられている。元型は「心のかけがえのない財産」であるから、元型の投影を解消して、「その内容を、知らずに放出して失っていた人に、取り戻してやる」ことが必要である。

 ここに、カントも語っているとして、「暗いイメージの野原にある宝物」という言葉が出てくるが、第2版以降では「イメージの暗い原野にある宝物」と直し、訳注を加えて出典『心理学講義』(1889年)を示した。初版を買ってくださった方は訂正しておいてください。

 

二 母親コンプレックス

161パラグラフ

 ここから、いよいよ母親コンプレックスについての記述に入る。

 母親コンプレックスは母元型の作用によって生ずる、というのがユングの主張であった。しかし、母元型から直接に生ずるわけではなく、実際の母親からの影響も大きく作用しているのである。平たく言えば、母親に問題があるときに、母親コンプレックスが生ずると言える。

 たしかにユングは、例によって、慎重に「母親の関与が因果的に実証されないばあいにも母親コンプレックスが生まれるものかどうかは、いまだ疑問のままである」とは述べているが、しかし実際には(経験的には)子供の神経症は必ずといっていいほどに母親に問題がある場合に生じているのである。そこで、「母親に問題がある場合には子供に母親コンプレックスが生まれる、そして神経症に発展する」と書いてあれば分かりやすいのだが、ユングは例によって飛躍して「神経症と元型の関係」について述べはじめる。すなわち、「母親に問題があると子供の本能領域が乱され、母元型を誘発する」と言うのである。「あれっ、急に本能とか元型が出てきたけど、母親コンプレックスの話はどうなったの ? 」と質問したくなる人が多いのではないだろうか。

 ユングがとばしてしまった部分を補ってみると、こうなる。

 母親に問題があると、子供に母親コンプレックスが生まれる。母親からの障害が強いと、子供の本能領域が乱されて、母元型が活性化され、その悪い作用によって神経症にまで発展する場合がある。と、こういうことを、ユングは言いたかったのではないであろうか。

 1 息子の母親コンプレックス

 以上を前置きにして、次にユングは「息子の母親コンプレックス」と「娘の母親コンプレックス」について述べていく。まず「息子の母親コンプレックス」について述べるが、じつはこの論文は「娘の母親コンプレックス」について述べるのが目的である。「息子の母親コンプレックス」については他の論文に書いてあるので、ここでは主として「娘の母親コンプレックス」について述べようという趣旨である。したがって、「息子の母親コンプレックス」については、ただこういうものがあると指摘するだけである。とはいえ、多少の説明はしているので、その説明について簡単にコメントしておこう。

162パラグラフ

 母親コンプレックスの影響は、息子に対する場合と、娘に対する場合では異なっている。なぜかというと、娘に対する場合には影響が純粋かつ単純に現れるのに対して、息子に対する場合には攪乱的な要素が混じってくるからである。すなわち、「母」という性質だけでなく、母親の「女性性」が作用するので、親子関係だけでなく男女関係が関わってきて、複雑になるからである。元型で言うと、母元型だけでなく、アニマ元型も関係してくる。

 そのために、「母」に対して「同一化するか反抗して離れていくか」という一見単純な関係と見えても、その中に「母の女性的な面に対して性的に惹かれていたり、性的に反発している」という心理が働いている場合がある。つまり「母」に惹かれたり反発しているように見えるときでも、母の中の異性の部分に惹かれたり反発したりしている場合があるので、純粋に「母」に対する心理だけが出ているとは限らない、ということである。

 例えば、母親が無意識のうちに女性的な刺激を与えて、息子の男性的な面を勇気づけ発達させたり、逆に過度に女性的な価値観を与えて男性としての自信を喪失させたりする。後者の典型がフェミニストの母親である。そういう母親は「いかなる場合にも暴力はいけない」とか「男らしさより自分らしさ」などと教えるので、息子の男性的な面の発達が疎外されてしまう。それに負けてしまう息子もいれば、それに反発して離れていく息子もいる。そうした場合には、息子の側からすれば、母の抱え込む力と、女性的な価値観との二重の縛りがかかっていることになり、それから独立するのが余計難しくなる。

 さて、冒頭に戻って、息子に対する母親コンプレックスの典型的な影響として、同性愛とドン・ファン的傾向が挙げられている。なぜ同性愛かというと、その男性の無意識の中で「母」と「異性」が同一化しているので、異性と関わろうとすると「母」が思い浮かんでしまい、「異性=母」を怖れたり、敬遠したりして、異性と正常な関係を持つことができないからである。そこで同性愛に傾くことになるのである。ドン・ファン型は無意識のうちに「どの女にも」母親を求めているので、次から次へと女性を遍歴していくことになる。

 息子に対する母親コンプレックスの影響がマイナスに現れるのが、キュベレー=アッティス型である。すなわち、自己去勢、狂乱、夭折。これは太母の「呑み込む」性質として有名であり、ノイマンの『意識の起源史』に多くの例が示されている。

163パラグラフ

 まず「女性本能」を「女性的な本能」と、「男性本能」を「男性的な本能」と訂正する。

 母親コンプレックスの影響は娘の場合には単純だという。つまり母親コンプレックスは娘に対して「女性的な本能」を強めるか弱めるかのどちらかだと言うのである。この点については、後で詳しく論じられる。

 「息子の場合には不自然に性的になることによって「男性的な本能を傷つける」とあるが、「不自然に性的になる」とは近親相姦などの傾向が考えられているのであろう。

164 ~ 166パラグラフ

 この部分では母親コンプレックスのプラス面が語られる。

 まず164パラグラフでは、男性の女性的な価値を発達させるとして、エロスの分化発達(関係作りがうまい)、よい趣味や審美眼、教育者の資質、歴史家のセンス、友情、宗教的感受性などが挙げられている。確かに、マザコン男性というのは、悪くすると意志薄弱、優柔不断、卑怯などといった特徴を持つが、良い方向に発達するとこれらの良い資質となって現れるのであろう。ただし実際にはこんな良い例はあまり見られないのが実状であろう。

 次に165パラグラフでは、ドン・ファン型が肯定的に現れた場合を挙げている。ドン・ファン型は女性の賞賛を浴びたいのでがんばると、男らしさを発達させることができるのである。例えば、勇敢・勇気、名誉心、正義感、意志の力、好奇心・探求心、革命的な精神などである。一口に言えば「男らしさ」である。

 166パラグラフに書かれている「母元型のいくつかの側面として挙げた神話素」とは、男性を励まして男らしくする存在として、とくに「女神」「神の母」「処女=若返る母」「母=愛人」などが念頭に置かれているものと思われる。

 「アニマとの関連で論じた論文」とは訳注に挙げた第三論文の箇所のほかに、原註(8)で指示されている『無意識の心理学』(全集第7巻所収)(邦訳『無意識の心理』高橋義孝訳、人文書院)のことである。

 2 娘の母親コンプレックス

167パラグラフ

 ここからいよいよ本題である「娘の母親コンプレックス」について論じられる。

 「母親コンプレックス」には「肯定的(プラスの)母親コンプレックス」と「否定的(マイナスの)母親コンプレックス」とがある。前者は母親に対して肯定的なイメージや評価(もちろん無意識的)を持っており、そのために母親と同一化し、母親の特徴を過度にまたは極端化して発達させてしまう。それに対して、後者は母親に対して否定的なイメージや評価(もちろん無意識的)を持っており、そのために母親と同じ特徴を萎縮させたり、それとは反対の性質を発達させる傾向にある。

 ユングの記述の順番としては、まず第一に「2 娘の母親コンプレックス」において、肯定的・否定的にかかわらず、「娘の母親コンプレックス」の特徴を一般的に述べ、次に「3 母親コンプレックスのプラス面」をのべ、最後に「4 マイナスの母親コンプレックス」について述べている。ただし「2」の記述は否定的な方に偏っている。

 167パラグラフ「a 母性の肥大」においては、母親が「女」または「母」という本能的な特徴だけを特に強く持っている場合に、娘がそれに同一化すると、どうなるかを述べている。結論を言うと、「女らしさ」が過剰になると本能的な面ばかりが強くなってしまう、つまり「女性本能」「母性本能」だけが強くなってしまうのである。すなわち、母性過剰の母親と同一化して、母親のミニチュアになり、エネルギーを吸い取られて人形のようになってしまう。母親を真似ようと思うが、母親のようにうまくできないので劣等感を持ってしまう。この型については169パラグラフで再論される。

 ただし「母性本能」が強くなること自体には、良い面も悪い面もある。両方の特徴を説明するのが論理的であるが、しかしここでユングはいきなりマイナス面について述べはじめる。これはユングが必ずしも論理的に整理して述べているのではないことを示している。すなわち、原註(9)にも述べられているように、この論文は医師としての臨床的な経験をもとに述べているので、彼が多く経験していたであろう、この型のマイナス面が強く印象づけられていて、それが最初に出てきてしまったのであろう。この型のプラス面については、172パラグラフ以下で述べられる。

 この型の特徴を一口で言うと、「人格が消えている」または「人格がないがしろにされている」ということである。娘本人も、その母親から人格を否定されて育ったのであろう。娘が生まれると、娘の人格を否定し、ただ世話を見る対象としか見ない。彼女は娘に対してだけでなく、夫に対しても生殖の道具としか見ないし、せいぜい世話をする対象としか見ない。とくに子供に対しては、献身的に世話をしているように見えても、それは支配欲を満足させているだけである。

 この型の典型的な例が、何十年も前の、高校生の祖母殺しという有名な事件である。この祖母は娘を完全に支配して、大学教授にしたが、孫が生まれるとその世話を娘(子供の母親)にはさせないで、自分が一手に引き受けて育てた。孫が高校生になっても、一挙手一投足に到るまで指令し、靴下やハンカチの色まで命令した。ついに孫は「母殺し」の心理を持つにいたり、不幸なことに実際に殺してしまったのである。ユング心理学として有名な「太母の支配」と「母殺し」の最も不幸な現れと言える。

 同じような事件がつい最近もあった。これは支配していたのが祖父・祖母であり、祖父母は娘を医者にした。同じことを孫にしようとして勉強を強要し、孫の反発をかい、殺されてしまった。いずれの事件も、娘は完全に支配することができたが、男子である孫を支配することはできなかったのである。

 ユングはここで、「無意識的なエロスはつねに支配力として現われる」と述べ、註で「多くの経験」によれば「愛のないばあいには、その空白を支配欲が占める」と書いている。自己犠牲や献身だと見えるばあいにも、それが無意識的になされるばあいには、じつは支配として現われてしまうのである。

 最後に、この型の「知性」についてふれている。それは「自然のまま」で「洗練されていない」が、「真実」で「自然(の心)のように深い」、ただし自分では気づいていない、と述べられている。具体的にどういうものか分からないが、おそらく臨床の中でそういうものに触れたのであろう。

 

質問

 このタイプにおいてはエロスは母子関係としてしか発達しないとあるが、これはどういう意味か。

答え

 母親のエロスが子供に対してのみ注がれて、他人や男性、夫にはまったく注がれないという意味である。

 

168パラグラフ

 母親コンプレックスの第二の型が「b エロスの過剰」である。

 これは母性の肥大とは逆に、母性本能が消えてしまう場合である。その原因としては、例えば自立心の芽生えとともに母親への反抗心が出てきて、母親が過度に抑圧的な場合には、母親を越えたり見返すために、対抗上エロスに走るなどが考えられる。

 また母親が夫(娘の父親)に対して過度に母性を発揮するのに対して嫉妬し、父親をエロスの力で奪ってしまおうとする場合もある。これがユングの書いている「父親との近親相姦関係」を生み出す心理である。

 その同じ態度は他人のカップルに対しても向けられる。幸せなカップルを見ると、夫を誘惑して、カップルを壊し、男性を奪ってしまおうとするのである。しかし一旦奪ってしまうと興味がなくなり、離れたり捨てたりすることになる。そして次の獲物を見付けて、派手な振る舞いや誘惑を繰り返すことになる。この種の母親コンプレックスは他人を不幸にする危険があり、しかも無意識的なので始末が悪いと言える。

169パラグラフ

 母親コンプレックスの第三の型が「c 母親との同一化」である。これは母親がいわゆる「完璧な女性」「完璧な母」「完璧な妻」である場合に起きるコンプレックスである。

 母親が「母」としても「妻」としても完璧に家事をこなし、夫や子供の世話をして、すべてに遺漏なく、文句のつけようがない。超人的な「賢夫人」であり「良妻賢母」である。こうした母親は、娘から見ると、女性としての優れたところをすべて持っているように思われる。このような場合には、娘はすべてに劣等感を持ち、なにごとについても「お母さんにはかなわない」と思うようになる。

 母親の優れたところと対抗関係になったり、競争関係になることをひどく恐れるようになるので、女性的な面を出さないようになる。すなわち母性本能や女性としての魅力(エロス)を出さないように無意識のうちに努力してしまうので、その面が萎縮してしまう。

 こうして、娘の女性的な面はすべて母親に投影され、すべて母親が持っている性質とされ、自分は持っていないと思い込んでしまう。そして母親の女性としての、また母としての優れた面ばかりを賛嘆し、元気づけ、エネルギーを供給してやることになる。ユングが書いている「母親は娘からすべてをあらかじめ奪い去っている」とか「娘は母親によって血を吸い取られ、いわば不断の輸血によって母の生命を延ばしている」とはそういう意味である。「青ざめた乙女」と言われるゆえんである。

 ところが、このような娘は,初めは母親を賛美し、尊敬し、完全に忠誠と献身を捧げているように見えるが、いつのまにか母親を支配するようになり、「母親に対する専制君主」になるという。ここのところが分かりにくいと思う。これはつまり、そうした賛美者を母親が必要とするようになり、賛美と尊敬を受けるために娘の要求をなんでも聞かざるをえなくなっていくという意味である。例のヘーゲルの 「主人と奴隷」Herr und Knecht の関係に似ている。主人は奴隷を絶対的に支配しているが、日常的なことはすべて奴隷に依存して生きている。したがって奴隷なしには生きていかれないので、次第に奴隷の言うことを聞かなければならなくなり、いつのまにか奴隷に支配されていたということになる。

 さて、こうした娘は、女性としての魅力がないので結婚できないかというと、むしろ引く手あまただというのだから面白い。というのは、彼女たちは何も個性や特徴を持っていないように見えるので、男性の側から見ると何でも投影できるからである。私が「お人形さんタイプ」「清純タイプ」と名付けた類型のアニマとなる。うぶで弱くて可憐で、今にも倒れそうで、「守ってやりたい」とか「支配している母親から救い出してやりたい」と思わせる。弱々しい男性でも英雄になれるチャンスだというわけである。

 このようなイメージから、プルートンがデメテルからペルセポネーをさらうという神話が生まれたり、またモーツァルトの『魔笛』の最初の場面での、さらわれたパミーナをタミーノが救いだしたいと思うようになる場面が生まれたのだとユングは考えたのである。

 

質問

 ここでさらわれた女性は、その後どうなるのか。

答え

 男性次第ということになる。ペルセポネーの場合は年に三分の二は母親のもとに帰ることになっており、依然として母親との結びつきが維持されている。完全に独立し、男性とのあいだに良い関係を築けたとは言えないようである。それに対してパミーナの場合は、さらった男性がじつは「光の祭司」という立派な男性であり、父親の友人であったし、タミーノも好青年だったので、試練を経てタミーノと結ばれ、個性化の道を完成することになる。

 

170 ~ 171パラグラフ

 以上で、母親コンプレックスの三つの極端な型を説明してきたが、ユングはそれらのあいだに多くの中間段階があるとして、一つの例として「d 母親に対する防御」を挙げている。これは「母親の支配に対する反抗」と言った方が分かりやすいであろう。中間段階というよりは、上の三つの型を拒否する心理であり、反動形成である。すなわち「母性の肥大」「エロスの過剰」「母親との同一化」を拒否し、反抗するタイプである。いわば、太母の支配から逃れようとするところまではいいのだが、本当の自立までは至らず、ただ反抗するだけに留まっている場合である。

 彼女らの合い言葉は「とにかく母と違うように ! 」であり、例えば本能的な母性や女性性に関わることを嫌うので、やろうとしてもうまくいかない。そもそも結婚をしないし、したとしても母親から逃れるためなので、夫婦関係や性生活はうまくいかない。子育てや家事がいやでたまらない。「家族」「因習」といったものに激しく反発する。

 まさにフェミニストそのものである。フェミニストというのは、母性の過剰に対する反抗だけで生きているのではなかろうか。リカちゃん人形が好きだという例の女性などは、母性不足で育った特徴を示しているが、それだけでなく母性過剰に対する反抗から、女性性や母性を自ら消し去った典型と言えるかもしれない。(拙著『母性崩壊』の中でこのロゴス過剰タイプの女性について詳しく触れているので参照されたい。)

 この種の女性は、とくに知性だけを高度に発達させることがある。それは知性が母親に優越できる格好の領域だからである。「それは母親の支配を知的批判や卓越した知識によって打ち破るのに、あるいは母親のあらゆる愚劣、論理的欠陥、無教養をあばいてみせるのに、役に立つのである。」たいていのフェミニストが知性だけで、母性や女性性を感じさせない秘密を見事に言い当てているのではなかろうか。

 3 母親コンプレックスのプラス面

 a 母

172パラグラフ

 この部分はなんとも分かりにくい。ユングが何を言いたいのか、よく分からないのである。「母性本能の過剰のプラス面は」という書き出しであるが、その「プラス面」について書かれていない。b 以下を読んでみると、「エロスの過剰」「ロゴスの過剰」にせよ「娘のまま」にせよ母親コンプレックスがプラスの働きをすると書かれている。それも本人にとってというより、周りの男性に対してプラスの働きをすることが書かれている。

 ところが、このパラグラフには、肝心の「プラスの働き」については書かれていない。わずかに、174パラグラフの終わりの方に「母の賢い忠告と、自然に限界のあることを教えてくれる彼女の容赦ない法則」がそれに当たるくらいなものである。

 むしろ逆に「母性」をあまり理想化してはいけないということが書かれている。「あらゆる生成と変容の根、帰郷と安らぎ、 すべての始まりと終わりの静かな根源……」等々、そのように理想化して賛美することはやめよう、それは現実の母にとって重荷にすぎるから、とユングは提案している。で、そのように賛美することのプラス面は ? という問いには答えがない。

 とは言うものの、それに対する答えらしきものが、その次に書かれている。すなわち、そういう賛美(それは一種の投影だが)をすべて投げ捨ててしまってはいけない、と書かれている。捨ててしまうと、「すべてを包む大きな生命という、われわれに生得的なイメージ」、すなわち「最高の価値」「黄金の鍵」を投げ捨てることになるからだという。大切なものを投げ捨てないために、人類はさまざまな文化人類学的慣習を持っている。ヨーロッパの場合には、子供が生まれると godfather 、godmother を付けて、そちらに神性を背負わすようにした。そういうものを単純に「迷信」だの「偶像崇拝」だといって否定するのはよくない、というのである。

 つまり母のイメージは、根源的な無意識とつながっており、そのつながりを保持するために役立っているというのである。で、そのつながりを意識化するために、母のイメージが役立つという意味であろう。というより、母の理想化されたイメージを捨ててしまわないで、意識化することが必要だとユングは言っているのである。

 恐らくこれがユングの言おうとしたことであろうと思われる。母親コンプレックスという具体的な話になったと思ったら、突然、元型や無意識を意識化していなければならないという、抽象的なことが出てくるので、読む方は面食ってしまう。しかし、次と次のパラグラフを読んでみると、この理解でいいことが分かる。

173パラグラフ

 ここでは、元型に対して無意識的になるとどうなるかが書かれている。そうなると「理性」とか「啓蒙」と呼ばれるものが意識を支配するようになる。それは一方では美徳であり長所であるが、他方では制限であり貧困化である。「理性」は現実の代わりに教義を置くので、教条主義に陥る。

 元型が無意識の中に落ち込んでしまうと、根源的な体験が失われてしまい、「母親像への固着が現れ」、それを合理的に説明しようとすると、われわれは「理性に縛られ、合理的なものしか信じないように運命づけられてしまう」と書かれているが、これは暗にフロイトを批判している。

174パラグラフ

 このパラグラフは、さらに一般的なこと、冒頭にあるように「人間は元型の世界を意識化していなければならない」ということが書かれている。いつもどこでもユングが言っていることだから、理解しやすいと思う。

 母親コンプレックスに対して無意識となると、人間は知らないうちに母親コンプレックスによって背後から支配されるようになり、「意見」や「理念」や「主義」の虜になってしまう。両親コンプレックスのエネルギーを失わないようにしながら、そのプラス面を我がものにすることが大切なのである。そのプラス面の一例が「母の賢い忠告と、自然に限界のあることを教えてくれる彼女の容赦ない法則」だと言うのである。

175パラグラフ

 ユングは冒頭で「一般論に脱線してしまった」と述べているが、決して脱線ではないと思う。というのは、元型論一般について言えることが、母元型と母親コンプレックスについても言えるからである。つまり結論を言えば、「母親コンプレックス」の第一のプラス面とは、それを意識化することによって生ずるのであり、それは元型一般の意識化によるプラス面と共通性がある、ということである。

 さて、次から話は再び具体的な類型に戻る。息子の母親コンプレックスにはアニマが介在するので「純粋」ではないが、娘の場合には感情を介在させないで研究する可能性がある。ただし女性の場合にもアニムスが発達してくると、そうはいかない、と述べられている。

 b エロスの過剰

176パラグラフ

 168パラグラフで述べられたように、「エロス過剰」のマイナス面とは、他人の幸せな結婚生活を破壊するというものであった。ところが、その同じ性質が男性にとってプラスになる場合があるというのである。

 プラスになる場合とは、その男性が「女性的-母性的なもの」の付属物になっていて、人格を失い、安逸な生活を送っている場合である。例えば「マザコン男性」のように、ただ母親の言うがままに生きていると、自分というものがなくなり、覇気も生き甲斐もなくなってしまう。そうなると生ける屍になってしまう危険がある。

 そういう男性をなぜか「エロス過剰」の女性は敏感に察知して、狙い撃ちにし、その無意識的な生活をぶち壊そうとする。その具体的な現れとしては、その男性に道徳的な葛藤を引き起すことであるが、それについては以降の数パラグラフで述べられる。その前に、誤解を引き起す可能性のあることが述べられているので、注意を喚起しておきたい。

 最後のところで、「自分の人格が意識されなくなる」と、夫婦が「パパ」「ママ」と呼び合うようになるが、それは「結婚生活を容易に相手との無意識的な同一化へと落としめてしまう転落の道である」と述べられている。これを短絡的に、「パパ」「ママ」と呼び合う夫婦は「相手と無意識的に同一化している望ましくない状態だ」と理解してしまうと、大きな間違いを犯すことになる。それだと、日本の大部分の夫婦は「ダメな夫婦」ということになってしまう。事実、欧米かぶれの日本人は、互いを「お父さん」「お母さん」と呼び合う日本の夫婦を「無個性」だと軽蔑し、互いを名前で呼び合うべきだと主張している。

 しかし、日本人の場合、夫婦が互いを「お父さん」「お母さん」と呼び合うのは、あながち無個性だからではない。それは子供の視点から見た呼び方であって、明治時代に日本を訪れた外国人が「日本人ほど子供を大切に育てる民族はいない」と感嘆の報告を残しているほどである。そういう文化的背景があって、夫婦の呼び方の習慣が生まれているのであって、文化的背景をぬきにして表面的に比較して優劣を断ずるのは軽薄というものである。

 たしかに、無意識性に落ち込んでいる人は「パパ」「ママ」と呼び合うようになる可能性が高いとは言える。しかし、逆に「パパ」「ママ」と呼び合う人が必ずしも無意識性に落ち込んでいるとは限らないのである。意識性の高い人たちでも、別の理由からそう呼び合うことがありうるからである。「逆は必ずしも真ならず」の典型的な例である。

177パラグラフ

 冒頭に「この型の女性は、母性の庇護のもとにある男性に激しいエロスの光をそそぎ、それによって道徳的な葛藤を引き起す。しかしこの葛藤がなければ意識をもった人格は生まれない」とあるので、「エロス過剰」女性が「道徳的な葛藤」を引き起すことによって「意識化」を促すところが「プラス」だと言っていることが分かる。

 そこで「道徳的な葛藤」と「意識化」の関係が説明されるのかと思うと、急に「そもそも人間はなぜ意識化を求めるのか」という問いが発せられ、話が脇にそれてしまう(ように思える)。「道徳的な葛藤」の話は179パラグラフで改めて論じられる。

 なぜここで急に「意識化」一般について説明し始めるのかというと、ユングの頭の中では、「道徳的な葛藤」が「意識化」を促すことが「プラス」だと言ったとたんに、聴衆(読者)の中に「そもそもどうして意識化がプラスなの ? 」という疑問が生ずるだろうという考えが浮かんでしまうのであろう。そこで「意識化」について説明を差し挟んでおこうということになるのである。

 このように急に飛躍したり横道にそれるのがユングの特徴であり、一般的に言うと直観型人間の特徴である。このことを承知していないと「ユングは読みにくい」ということになってしまう。しばらく我慢して横道に付き合っていると、また元に戻ってくる。そこで初めて「ああ、そういう意味で横道が必要だったのか」と分かる仕掛けである。

 では「そもそも人間はなぜ意識化を求めるのか」という問いに対する答えであるが、もし論理的思考型の人間だったならば、例えば「意識化している人間の方が適者生存によって生き残ったのだ」などと答えるかもしれない。しかしユングは「分からない」と言っておいて、そのかわりに自身が感動した体験を披露する。ユングが何度でも引き合いに出す、例のアフリカでの体験である。

 彼はアフリカのアサイ高原で、団体の一行から離れて平原の中に分け入っていった。すると目の前に、野生動物の群れが草を食べている光景が広がっていた。そのとき、ユングの心の中に「これを見たのは人類の中で私が初めてだ」という感慨が浮かんだ。「この動物たちの存在は今まで誰にも知られていなかった。私が知ることによって、これらは初めて存在することになった。」「私が知ったまさにこの瞬間に、世界は生まれたのだ。」「この目的をこそ全自然が求めているもの」である。

 この体験がどうして人類の意識化が進んだことの説明になっているのかを理解するためには、まず初心者が抱きがちな二つの疑問に答えておかなければならない。

 第一は、「初めて発見することが意識化なのか」「意識化ってそんなに簡単なことなのか」という疑問である。しかし「初めて発見すること=意識化」と言ってしまうと間違いである。「初めて発見すること」は「意識化」の第一歩、最も単純な意識化である。当然、意識化にはさらに高級なものもあり、例えば無意識の意識化といった難しいものもある。この場合ユングは意識化を「初めて発見する」という最も簡単な例で代表させているのである。

 第二は、「私が知ることによって、これらは初めて存在することになった。」「私が知ったまさにこの瞬間に、世界は生まれたのだ。」という言い方についてである。「存在することになった」「世界は生まれた」というのは、物理的に生まれたという意味ではなくて、「存在が認められた」とか「存在の意味が明らかになった」というほどの意味である。何十万年だか何百万年だか知らないが、それまで誰も見たことがなかったものを初めて見たという感慨をもったのである。ユングはそのときの感動を伝えたくて、「そのとき初めて存在するようになったと感じられたほどだ」と言いたいのである。

 以上をふまえた上で、ユングがここで言おうとしたことは、要するに、こうした種類の体験に伴う感動こそが意識化を進めた最も重要な要因だということである。つまりユングは意識化を促進する要因として、生存に適しているといった理論にではなく、感動に求めていたのである。すなわち、人類の中でこの光景を初めて見た、意識化した、というユング個人の感動は、じつはこれまでの人類史の中で無数の人たちが味わったはずである。その感動こそが意識化の原動力になったというのである。この場合、そうした体験はユング個人だけのものではなく、人類史の中で無数に起きたことと考えられている。だからこそ人類的規模で意識化が進んだのである。「意識化の道を進むごく小さな一歩一歩が世界を想像している」とはそういう意味である。その感動をいまユングは自分の体験としても味わったのである。「こういう体験こそが、人類が意識化を進めてきた核心なのだ」というのが、ユングが言いたいことなのである。われわれはともすると意識化を知的な営みと理解しがちである。しかし意識化とはこのように情動的で直感的なものでもあるのだ。

178パラグラフ

 話はさらに逸れていき、ここでは「意識化だけ追究しても駄目だよ」ということが述べられる。すなわち、意識化とはロゴスの原理であり、父の原理だと言われる。だから母の原理である無意識と対立し、無意識を否定していく。しかし、それ一辺倒だと、神から火を盗んで人間に与えたプロメテウスのように、罰を受けてコーカサスの山に縛り付けられることになる。意識化はつねに反対の原理である無意識を承認し顧慮し、ふたたびそれと一つになることを展望していなければならない。つまり、ここでは個性化の過程が思い起こされているのである。

179パラグラフ

 ここでやっと話が元に戻って、エロスの情動がなぜ意識化をもたらすのかという説明がなされる。情動はルシファーの原理であり、一方ではすべてを焼き尽くすが、他方では「意識化の主要な源泉」であり、それによって「闇から光へ」「不活性から運動へ」という変化がもたらされるのである。

180 ~ 181パラグラフ

 「かき乱す女」である「エロス過剰の女性」が破壊的なのは、病的な場合、つまり無意識的に行動している場合だけである。「意識をもてば、彼女は解き放つ者、救う者に変わる」とユングは言うが、「意識を持つ」ということは、そう簡単なことではないであろう。

 「かき乱す女でありながら自身がかき乱され、変える女でありながら自身が変えられ、また彼女がかきたてる火の輝きによってあらゆる犠牲者が照らされ、啓発される」などという具合にうまくいくのは何割であろうか。もちろんここは母親コンプレックスの「プラス面」を言っているところなので、うまく言った場合を強調しているのは当然とも言える。

Back to Top Page