C・G・ユング研究 3-1

『元型論』注解(1)

       第1論文「集合的無意識の概念」

 

はじめに

     (2001年元旦初出)

 ユングの「元型論」は、単にユング心理学の中心というよりも、ユング思想の中核・根幹とも言うべき理論で、精神科学界における今世紀最大の発見のひとつと言っても決して言い過ぎではない。人間の心の動き方の中に人類普遍の共通するパターンがあって、人間の心はそれに沿って動くのだという発見は、思想界のあらゆる分野に非常に大きな影響を与えてきた。

 この「元型論」の訳を私は20年ほど前に出版し、このほど増補改訂版を出した。訳には詳細な「訳注」と「解説」を付けたが、それでもその内容は必ずしも簡単に理解できるものではない。訳に「注解」を付けたいと思ったが、あまりにも膨大になるので、諦めざるをえなかった。

 「注解」だけを出版することは不可能であると諦めていたところ、幸い昨年4月にホームページを開設し、ここに少しずつ発表すればよいことに気づいた。

 これより以後、毎週土曜日の朝、ここに少しずつ発表するので、ユングの元型論について一緒に勉強していただきたい。ペースは一回について1パラグラフから3パラグラフなので、ゆっくり勉強したい人に向いていると思う。質問も受け付けるので、遠慮なく質問して下さい。随時取り上げ、答えます。

 この「注解」は、「日本ユング研究会」の「月例研究会」での私の解説と討論、質疑応答をもとにしている。

 テキストは、C.G.ユング『元型論』(増補改訂版) 林道義訳、紀伊国屋書店、1998年、である。

 

第1論文「集合的無意識の概念」

 

 この論文は、原書全集版9-1巻では二番目におかれ、第二論文「集合的無意識のいくつかの元型について」のほうが冒頭におかれている。これは原書が発表順に配置されているからだが、第一論文のほうが初心者用に書かれていて分かりやすく、理論的に整理されているので、最初に持ってきた。

 この論文はもともとユングが1936年にロンドンのある病院において英語で講演したものであり、その筆記録がその病院の機関誌に何回かに分けて掲載されたものである。つまりもともとが英語の論文であり、全集が出る際にドイツ語に翻訳されて収録されたものである。拙訳の旧訳は英語版により、新訳はドイツ語版によっている。

 

一 定義

88パラグラフ

 英語からドイツ語に訳したときに、当然ユング自身が手を入れている。そのさいの最大の修正が、じつはこのパラグラフにある。

 集合的無意識とは心全体の中で、個人的体験に由来するのではなく、したがって個人的に獲得されたものではないという否定の形で、個人的無意識から区別されうる部分のことである。

 このパラグラフは「集合的無意識とは」という言葉で始まっているので、これが「集合的無意識」の定義かと思えるが、そう受け取るのは間違いである。この定義は「個人的に獲得された無意識ではない」という消極的な定義であり、「これこれの性質を持っている」という積極的な説明は、次のパラグラフ以下でなされている。

 

 「心」と訳した原語は Phyche である。 Phyche とは意識と無意識を合わせた心全体のことを指している。それだけの単純な意味であり、何か特別な意味があるというのではない。

 この言葉を何か特別な意味があるから日本語には訳せないと主張して、「プシュケー」と訳(?)した人がいるが、それはユングが何か理解できない深遠なことを言ってるかのように見せかけようという「こけおどし」にすぎない。ユングは日本語に訳せないような訳(わけ)の分からないことを言う人ではない。

 では、否定形による定義ではなくて、積極的な定義とは何かというと、次に出てくるように、 (個人的無意識が意識から消え去った内容から成り立っているのに対し) 集合的無意識は遺伝的・生得的に誰の中にもあるということ、そして次のパラグラフに出てくるように「内容がパターン化されている(そのパターンを元型と言う)」ということになる。

 

 さて、問題の箇所が最後の [ ] の中の一文である。

 個人的無意識がほとんどコンプレックスから成り立っているのに対して、集合的無意識は本質的に元型によって構成されている。

 この一文がじつは大きな問題をはらんでいる。この文はユング心理学を学んだ者なら当然のこととして読み飛ばしてしまうだろうし、ユングの解説書にもよくこのように書かれている。ところがなんとこの文章は、ドイツ語訳されたときにユングによって削除され、ドイツ語版全集には存在していないのである。

 英語版で勉強した人は、「個人的無意識はコンプレックスであり、集合的無意識は元型である」式の説明を平気でしている。日本のユング派も、主として英語からユングを取り入れたため、このような説明を平気でするのである。しかしこの文章がユングによって削除された意味をよく考えてみないといけない。

 

 ユングがこの文章を削除した真意は何か。

 もちろんユングは最初の講演でこう言ったのであるから、あながち間違いではない。個人的無意識がほぼコンプレックスから成り立ち、集合的無意識が「本質的に」元型によって構成されているという対応は、大まかに言うのならば正しいということになる。しかし、ユングがドイツ語版全集に収録する際に、いったいどこに問題があると思って削除したかを考えてみる必要がある。

 

 じつはコンプレックスと元型は分けないほうがいい、というよりも実際には分けられないのである。もちろん概念の定義としては分けなくてはならないが、実際にはコンプレックスと元型とはひとつになっていて、現実に現われてくるときには分けられないぐらいに結びついている。

 このことをよく表わす例として挙げられるのが、すぐ後の章に出てくる二母元型である。これは二人の母がいるというイメージであるが、このイメージは最初コンプレックスとして現われる。ユングはこれを二母コンプレックスと言っているが、このコンプレックスは二母元型と一緒になって出てくる。二母コンプレックスの背後には二母元型がある。ユングの説明を読んでいくと、二母コンプレックスについて言っているのか二母元型について言っているのかわからなくなるほど一緒になっている。したがって二母イメージは、コンプレックスと元型とにきっちり区分けすることはできない。

 さらには、161パラグラフ (111ページ) では、母親コンプレックスの基礎には母元型がある (母元型の具体的な現れとして母親コンプレックスがある) と言われており、また逆に母子のあり方によって元型が布置されるとも書かれている。また187- 8パラグラフ (128- 9ページ) でも、実際の母親の姿と母親コンプレックスと母元型の三者がいかに入り交じっているかが描写されている。要するに、第四論文では、母元型と母親コンプレックスとが分かち難く結びついていて相互影響しあっている様子を分析しているのである。

 

 そういうわけで、コンプレックスを個人的無意識に、元型を集合的無意識に、と割り振ることがそもそも問題なのではないか、ということになってくる。もちろんそういう割り振りは概念としては間違いではないが、ユングにはそう単純に割り振ることに関してためらいがあり、結果この一文を削除してしまった。この事実には重要な意味があり、この改訂をいい加減に受け取ってはいけないと思われる。

 

 この「入り交じり」ということをユングが重視するのは、彼の理論が机上の空論ではなく、つねに現実の臨床体験からきていることも関係していると思う。患者や自分の内的体験を重んじていると、実際には概念的に異なるものが入り交じってしまうことがよくある。こういう体験から、彼の理論や定義がときに曖昧な印象を与える。だからこそ、その曖昧さをなくそうと、彼は『タイプ論』の中で、詳細な「定義」という章を設けたのである。

 

 

 このように、「概念としては厳密に分けなければならないが、しかし実際には入り混じっていて分けられない」ということは、ユングの書いたものの中にはしばしば言及されている。

 

 たとえば、全集第7巻の『自我と無意識の関係』の中には次のような文章が見られる。

 

 分析によって、無意識の中で活動していることがみとめられた集合的本能や、思考と感情の集合的な根本形式は、意識的人格にとっては獲得物であるが、相当の動揺なしにそれを受容することはむずかしい。そこで実際の治療においては、人格の統合性を常に目にとどめていることが、きわめて重要になる。もしも集合的心 (集合的無意識を指す - 林) が個体の個人的な付属物として把握されると、それは本人にとって、打ち克ちがたい誘惑ないし重荷となる (自我肥大の誘惑と危険のことを言っている - 林) 。だから個人的心と集合的心の内容とを明確に区別することが是非とも必要なのだ。ところがこの区別がなかなか容易でない。なにしろ、個人的なものといえども集合的心から育ってきており、それと密接に結びついているからだ。したがって、どの内容が集合的で、どの内容が個人的か截然と区別するのはむずかしい。 (『自我と無意識』松代洋一、渡辺学共訳、第三文明社、p.62、下線 - 林)

 

このことは善と悪の概念についても言える。彼は善と悪は「原理」だと言っている ( 『心理療法論』拙訳、みすず書房、p.108、112) 。善悪が原理だとは、両者を概念的、原理的にははっきりと区別しなければならないという意味である。しかし実際の場面では、両者はそんなに明確には分けることはできない。その辺の事情をユングは次のように言っている。

 

 臨床家として私は、具体的なケースにおいて善悪の問題に神学的、哲学的に取り組むことはできず、ただ経験的にのみ関わることができるのです。そして、私が経験的な態度を取るという意味は、私が善悪そのものを相対化するということではありません。私にはそれが悪だということがはっきり分かっています。しかし、なんと逆説的なことには、それはこの人の場合にこの具体的な状況において、彼の成長過程の特定の段階においては、まさに正しいことかもしれないのです。また他方では、時が違い場所が変わると、善は悪となるのです。 ( 同上、p.114 、下線 - ユング)

 

このあたりのユングのスタンスを理解できないと、何を言っているのか分からなくなったり、誤解したりすることになる。ここはそういう意味で、たいへん大切な箇所である。

 

英語版のときは入れてあったものを、ドイツ語版では削除したということは、その内容が間違っていたからではないと思われる。ただし、以上のような説明をたっぷりとしなければならないが、しかし元型の基本的な概念を定義する箇所で、そんな説明をくどくどとするのもうまくない。かといって、説明できないのに掲げておくと誤解をされる恐れがある、と判断してユングはこの文章を削ってしまったのではなかろうか。

 

質問と答え

 

質問

 ユングの解説書によっては、元型は「生得的なコンプレックス」であり、個人的無意識は「経験したことに由来するコンプレックス」であるという説明の仕方もありますが、これはどう理解したらいいでしょうか?

 

 またユングは「機能コンプレックス」という言葉も使っていますが、これはどういう意味でしょうか?

 

答え

 そういう説明の仕方をするということは、「コンプレックス」という言葉の使い方が乱れているところから生まれるのです。「コンプレックス」という言葉には大きく分けると二通りの意味があります。一つは狭い意味で、これは今出てきたユングの定義によれば、「経験的に獲得されたものが再び無意識のうちに沈んだもので、個人的な無意識」です。今一つは広い意味で、これは「イメージ」とか「観念複合体」とでも訳すほかないような、非常に広い意味です。ユングはなんの断りもなしに、この両者を使うので、読む人は混乱させられてしまいます。つまり読む方が、どちらの意味なのか、しっかりと意識化しないといけないのです。

 

「生得的なコンプレックス」という表現は、狭い意味のコンプレックスを考えると形容矛盾ですから、混乱してしまいます。その場合は、「生得的な観念複合体」というような意味で使われているのでしょう。

 次に「機能コンプレックス」ですが、これは「表象コンプレックス」と対で使われる言葉です。この場合の「コンプレックス」は、「観念複合体」という広い意味で使われています。「表象コンプレックス」とはほぼイメージとしてのコンプレックスという意味であり、「機能コンプレックス」とは働きをするコンプレックスという意味です。もちろん「表象コンプレックス」も働きに影響を与えますが、直接働きをするのではないという意味です。この点の詳しいことは拙訳『タイプ論』のp.495 とp.497 以下を参照して下さい。

 

質問

 元型があって、その具体的な現れとしてコンプレックスが出てくる、と理解していいですか?

 

答え

 そういう言い方をすると流出論的になってしまいます。つまり元型がもとにあり、それからコンプレックスが派生したという理解になってしまいます。むしろ元型とコンプレックスは、どちらが原因だとか、どちらが先かというものではないのです。両者は対応し相呼応していると理解すべきです。

 

質問

 それでは両者は独立しているのですか?

 

答え

 いや、無関係に独立しているわけではありません。この問題については、ヘーゲルの論理学が参考になると思います。

 ヘーゲルの論理学によれば、最初は原因から結果へという流れがあるが、そのうちWechselwirkung(相互作用)といって、原因と結果とがぐるぐる廻りになって、どっちが原因でどっちが結果か分からないという状態になる。

 これがさらに高い段階になると「相呼応する entsprechen」という段階が来る。このentsprechen というのはお互いが原因−結果という関係にあるのではなくて、同時的に出てくるような関係にある。これはマルクス主義で言えば上部構造と下部構造の関係になる。教条的なマルクス主義では、下部構造(経済的土台)が上部構造(文化・芸術)の原因となってそれを規定しているとしているが、実はマルクス自身は下部構造と上部構造とはentsprechen 、相呼応して同時に出てくると言っている。元型とコンプレックスの関係も、論理学的に言えばentsprechen 、相呼応する関係にあって、どちらが原因で結果であるというわけではない。 entsprechen は辞書を見ると、「一致する・ふさわしい・対応している」という意味になっている。ヘーゲルにおいてもマルクスにおいてもユングにおいても、この言葉は「相呼応する」と訳したほうが解りやすい。

 

質問

 つまり、両者は融合しているということですか?

 

答え

 融合しているわけでも一体化しているわけでもない。両者はひとつではない。やはり元型とコンプレックスは違う。別のものだけれども相呼応している。このあたりの問題が、ユングの見方、発想、方法論の基礎にあるので、ここは非常に大切なところです。

 

89パラグラフ ( 2001年1月6日初出 )

 このパラグラフでは「元型」という言葉の積極的意味が述べられている。すなわち、冒頭に「元型という概念は、心 (Psyche) の中にいくつもの形式があることを示唆している」とあるが、これはいわば「元型とは形式だ」と言っているに等しい。

 この場合の「形式」という言葉の意味が非常に重要である。

 この言葉につけた訳註は次のようである。

 Form をこう訳す。これはエイドスの英訳、独訳であって、「形相」と訳される哲学的な意味を承知の上で、ユングは使っている。しかし「形相」という意味の同意語として使っているわけではなく、より一般的な「形式」という意味も持っている。

 今から思うと、この訳註はかなり不親切であり、あまり説明になっていない。かと言って、ここに以下のような詳しい説明を入れるわけにもいかず、そのため中途半端な註になってしまった。

 この言葉は旧版では「型式」と訳していた。単なる「形式」ではなく、「型」という特別の意味をも持っていることを表わそうとしたのだが、それでも詳しい説明が必要なことに変わりないので、新版では「形式」と訳した。

 

 「形式」という言葉を、内容とは関係ない「単なる形式」だと受け取ると、理解を誤ることになる。この場合の「形式」は、英語のフォームという言葉が一番近いと思う。つまりスポーツのフォームや武道の基本の型は、技術的内容と無関係ではなく、むしろ内容と密接な関係にある。あるいは茶道の型にも、また祭などの儀礼にも、それぞれ精神的な意味が込められている。日本語における「型」は、単なる形式ではなく、内容と非常に密接に結びついて内容を支えるものである。こうした型は非常に合理的にできていて、その型を修めることで内容を修得することができるのである。こうした「型」を単なる形式であるとして、ないがしろにしていると何事も上達しない。形式としての型は、内容と無関係ではなくて、むしろ「技」などの内容を支えたり、高度にする役割をしているのである。

 たとえば、神式の結婚式では、三三九度という儀式をやるが、その意味を意識してやっている人はほとんどいないであろう。あのときのお酒は「御神酒」 (おみき) と言って、神様が宿っているのであり、その有り難いお酒を新郎新婦が共に飲むことによって深く結ばれると考えられている。そのような内容、意味を意識しながら儀式をやれば、二人の絆はいっそう強まるはずである。そのように形式と内容とは本来は深く結びついているのである。

 このように「形式」と「内容」とは本来は分かちがたく結びついているものだが、しかし「形式」が「内容」から離れて、「単なる形式」へと堕落している場合もありうる。日本語に付きまとう「内容のない単なる形式だ」というニュアンスは、じつは形式が最も化石化したり、堕落した場合の印象が強いために、「形式」の意味までもが浅薄なものにされてしまったのである。

 

 ヨーロッパ語の Form のもとの意味はプラトンの言う「エイドス」(形相)から来ている。そして Meterie(物質)という言葉は「ヒュレー」(質料)から来ている。ヒュレーというのは材料みたいなもので、それ自身には形はなく、形状や性質は何もない。それに形状や性質を与えるのがエイドスである。これはプラトンの場合にはイデアとも言われている。つまり、「形相」というのは単に形だけではなくて、そのものの性質も決めるのである。だから「単なる形式」でないことは明瞭である。

 ユングは1946年に発表された本訳書第9論文においては、元型のことを端的に「型」 Typus とか「パターン」 Pattern とも言い換えている。とくに「本能行動のパターン」 pattern of behaviour という言葉を使っている。つまりテキストで言われている「形式」Form とは「型」や「パターン」のことだということが分かるのである。

 

 さて、ユングは次いで、自分が「元型」という言葉で指したものを別の人はどう呼んでいるのか、いくつか例を示している。つまり、ここに挙げた例はみな元型のことを言っているのだ、とユングは言いたいのである。あるいは、観念に型があるということは、いろいろな学問分野で認識され、それぞれの名が付けられているのであり、自分だけの発見ではないと主張しているのである。

 たとえば、神話ではそれをモチーフと言っている。兄弟が争うとか英雄が戦うとかいった神話の要素や主題があり、これがモチーフである。またレヴィ= ブリュールの「集団表象」もその部族に特有の観念を指している。特定の動物が先祖だと考えたり、その人の髪の毛や爪が本人と同一視されて呪術の対象となったりする、そうした未開部族の観念を集めてみると特定のパターンがそこに見られるというものである。そしてユベールとモースの「想像力のカテゴリー」は空想の中にも特定のパターンがあるということを示している。アドルフ・バスティアンの「要素観念・原観念」はいろいろな観念にはもとになるパターンがあって、それがいろいろなヴァリエーションに展開してくるということを言っている。これはゲーテの「原植物」を思い起こさせる。

 これらは哲学的に言うと、「存在に先んずる形式」というものにあたる。この「存在に先んずる形式」の原語は pre-existente Formで、具体的な存在物が存在するようになる以前から存在しているものを指している。それは何かというと、個々の物が存在する以前に、それを決定するような Form があるということである。これは完全にプラトニズムの発想である。プラトンは個々のものが生まれる前にイデアがあって、それが個々のものの形状や性質を決定すると考えた。中世スコラ哲学の普遍論争でいえば、実念論と同じ考えである。これらの考え方はすべて、『タイプ論』の第一章にあるように universalia ante rem (個物に先立つ普遍) 、個物の前に普遍があるという考え方である。この場合の「普遍」とはイデアとか神とか人間などという抽象的な概念のことである。

 その反対に「普遍」などというものは存在しない、実際に存在するものは個物のみだと主張したのが、唯名論である。実念論と唯名論について、ユングがどのように評価していたかについては、『タイプ論』の第一章を参照されたい。

 ユングの言説にはこれらの哲学的な背景があることを理解しておく必要がある。

 

質問

 ユングのここでの理論は「個物の前にイデアが存在する」というプラトンの立場と同じだと理解していいのか?

 

答え

 ユングが「元型とはイデアと同じだ」と言ったのは、物の見方の発想が同じだということであり、ユングの見方が実念論やプラトンの思想と「体質」が同じであり、並行関係にあるということである。ユングは別にイデアが存在するとは思っていないし、どこかこの世と別の世界にそれがあると言っているわけでもない。  この点については、「元型それ自体」という概念が出てくるところで、もう一度詳しく論じたいと思う。

 

 

質問

 「パターン」という言葉が出てきたので、かねてより気になっていたことについてお聞きしたい。「元型はイメージパターン」だとユングは説明しており、その例としてイトランモグリガやハキリアリのイメージを持ち出しているそうですが、イメージというのは人間に特有のものなのに、昆虫についてもイメージという言葉を使うのは違和感があるのですが、どうでしょうか。

 

答え

 「イメージは人間に特有だ」という理解が、そもそも問題です。

 イメージという言葉は、もとの意味は実際に存在している「像」という意味です。たとえば「銅像」「彫像」「画像」という場合の「像」です。次に「映像」「影像」のように、現実にはない「像」という意味が出てきて、そこから最後に人間の心の中に浮かぶ「心像」、つまりわれわれが普通に使うイメージという意味が出てきたわけです。

 イメージという言葉を「心像」という意味だけで理解していると、心のない昆虫にもイメージがあると言われると変な感じがしてしまうのです。昆虫のイメージというのは、「心像」という意味のイメージではなくて知覚的なものであり、たとえば葉の大きさの輪郭とか、花の形や色のようなものです。それにパターンがある、というのは当然のことであり、別に不思議なことではありません。その辺の詳しいことについては、拙著『ユング思想の真髄』の p.174 以下の「パターンマッチング」の説明を読んで下さい。

 

 

90パラグラフ ( 2001年1月13日初出 )

 このパラグラフが「定義」という表題に一番合致している。つまりここは「集合的無意識」の定義をまとめている箇所である。そういう意味で大切なパラグラフである。

 ユングの定義を箇条書きにしてみると、

集合的無意識とは

1 「集合的で非個人的な性質」をもっている

2 「遺伝する」という性質をもっている

3 「存在に先んずる形式」である「いくつもの元型」から成り立っている

4 「間接的にしか意識化することができない」

5 「意識の内容にはっきりした形式を与えている」

となる。

 以下それぞれについて解説する。

 

1 「集合的」について

 まず「集合的」という言葉の意味について考察する。これについては、その下に「すべての個人において同一である」とあるが、じつはこの文には、訳者の挿入を示すキッコー (カッコの一種 [ ] ) をつけておいたのだが、どこかで取れてしまったのに、お恥ずかしい話だが、気がつかなかった。つまりこの言葉はここにはなくて、第二論文の第3パラグラフの「集合的無意識とは、あらゆる人間において自己同一的であり、それゆえ誰もが持っている心の普遍的な基礎であり」という文をもとに、訳者が補う意味で挿入した文である。

 要するに、「集合的」とは、「全ての人間つまり人類全体に共通だ」という意味である。ユングはたいていは「人類に共通」という意味で使うが、ときにもう少し狭い範囲をも考えていたようである。たとえば、『自我と無意識の関係』の中では、

 

頭脳が全人類を通じて似ていれば、精神機能も全人類を通じて似ている可能性が高い。この機能が集合的心である。分化がまた、人種や部族や家族で異なることがある以上、「全人類的」な集合的心の層の上には、人種や部族や家族単位の狭い枠組みの集合的心も存在する。 (『自我と無意識』松代洋一、渡辺学訳、第三文明社、p.51、訳は少し変えてある) (なお「集合的心」は「集合的無意識」を指している)

 

と述べている。

 この場合に、「上」とか「下」というのは意識を基準にして言われている。すなわち、意識に近い方を「上」とイメージし、意識から遠い方を「下」とイメージしている。したがって集合的無意識のうちでも、人類的な無意識が一番下にイメージされ、人種的無意識はその上、さらにその上に部族的および家族的無意識があり、その上に個人的無意識があり、その上に自我意識があるとイメージされている。ここの記述をもとにして作図したのが、拙著『ユング 人と思想』清水書院、の p.31 の図である。

 以上のように、「集合的」という言葉の意味は、特殊には「人種、部族、家族」といった狭い範囲をも考えることができるとはいえ、第一次的には「全人類」という単位が考えられている。

 

2 「遺伝する」について

 次に「遺伝する」とはどういうことか。この言い方については、当時から誤解があり、誤解の最も代表的なものが「イメージが遺伝する」という受け取り方であった。それに対してはユングは「具体的なイメージそのものが遺伝するのではなく、イメージを形成する力、すなわちイメージを表象する可能性」が遺伝するのだと説明した。

 たとえば、『元型論』第4論文「母元型の心理学的諸側面」の中には、次のような説明がなされている。

 

 元型とは、それ自体は内容のない形式的な要素であり、《前もって形式を与える可能性》、ア・プリオリに与えられている、イメージ形成の可能性である。遺伝されるのはイメージ [そのもの] ではなく [イメージの] 形式であり、この形式はこの意味でちょうど同じように形式が決まっている本能に対応している。 ( 155 パラグラフ、p.105)

 

 遺伝するのは、「形式」すなわち「表象可能性」であり、「イメージ形成の可能性」だと言うのである。ただし、この説明方法は、あまりうまい説明とは私には思えない。こう説明されて分かる人はあまりいないのではないかと思われる。

 むしろ第9論文になって使うようになる説明の方が分かりやすい。すなわち心の働き方にはパターンがあり、そのパターンが遺伝するのだと説明する方が、はるかに分かりやすいと思う。 (パターンによる説明の詳しいことは、拙著『ユング思想の真髄』朝日新聞社、の第四章「元型論」の「1  元型とは」を参照されたい。)

 なお「経験」と「遺伝」との関係については、進化論に関係して難しい議論があるが、あまりにも長くなりすぎるので、興味のある人は拙著『ユング思想の真髄』の p.136-142 を参照していただきたい。

 

3 「いくつもの元型」について

 ここで「いくつもの元型」と訳したのは、元型が複数形になっていることを強調した訳である。普通は「諸元型」と訳される。

 「元型」とユングが言うときには、必ずと言っていいほど複数形で使われているというのは重要な点である。よく誤解されていることであるが、元型があるということは「元型」というものがあるということではなくて、ひとつひとつの元型があるということなのである。これは本能概念に対する誤解と同じで、アメリカの実証主義的な行動学者などは「本能などというものは存在しない」と主張するが、しかしたとえば性本能、摂食本能や育児本能のように、あることへの衝動という意味でなら本能は立派に存在しているし、またそれに促されて個々の本能行動が出てくるのである。さらにユングによれば、その本能行動を支えるものとしての本能的イメージがあり、このイメージが本能的行動を先導していく。ユングの場合、「本能」という言葉はそういう意味で言われているのである。目に見え物理的に実証できるものしか存在しないと考えるのは大きな間違いである。

 もちろん存在しているのは個々の元型であり、だからこそユングは必ずというほどに「諸元型」という言い方をしている。ただし、存在するのは個々の元型だとしても、それらをまとめる概念としての「元型」という言葉が必要であるのは、「人間」とか「本能」という言葉が必要なのと同じである。

 

質問

 複数の元型があるというのは、個人個人に違った元型があるということか、それとも一人の個人の中に複数の元型があるということなのか?

 

答え

 一人の個人の中に複数の元型があるということです。そしてそれらがすべての人間に共通にあるということです。たとえば母元型でいえば、具体的な母のイメージが共通なのではなく、「母なるもの」というイメージが共通しているということです。その「母なるもの」に基づいた具体的な母のイメージは、各人の現実の母の経験によって、少しずつか大いにか違ってきます。

 

 

4 「間接的にしか意識化することができない」について

 コンプレックスだったら、自分の心の中で働いていることを直接的に感じたり、認識することができるが、集合的無意識は直接的に感じたり認識したりできないという意味である。

 間接的に意識化するとは、たとえば夢や神話、宗教儀礼、おとぎ話のイメージとして現われているという形で認識することをいう。

 このような集合的な部分も「経験可能」だとは、たとえば夢の中に集合的なシンボルが出てきて、その情動 (ふるえるほど怖いとか、うっとりするほど美しいなど) を感じたり、その行動からその意味を推し量ったりできることを指している。

 

5 「意識の内容にはっきりした形式を与えている」について

 この表現だと、「内容」と「形式」とを別々のものと考えているように受けとられる恐れがある。しかしすでに説明したように、「形式」とは単なる「形」ではなくて、「性質」や「形状」などを含んだ概念であり、たとえば神話のモチーフとか話素も「形式」である。いわば「型」や「パターン」という枠を与えているという意味であるが、その中には自然にある意味では内容が入っている。

 この「はっきりした」と訳した原語は festumrissene であるが、この言葉は umreissen「輪郭を描く」という言葉の過去分詞の前に fest「固い、不動不変の、確固たる」をつけて強調した言葉である。だから「はっきりした」という訳語では、原語の感じよりは弱くなっている。

 要するに、ここは「意識に対して型ないしパターンを与える」という意味である。この場合の「意識」とは、「集合的意識」を例にとると分かりやすい。たとえば、神話や宗教儀礼は「集合的意識」となっているが、それらが「きっちりとした型」を持っていることは明瞭である。

 問題は「自我意識」に対しても、集合的無意識が「きっちりとした型」を与えているかどうかという点である。そもそも「自我意識」は集合的無意識から分離し、個として独立したものであるから、集合的無意識からは無関係になっていると思われるかもしれないが、それは錯覚である。そもそも意識化するという営みそのものが元型的であり、また意識の内容を形成しているものも、かなりの部分が元型的な内容から「切り取られたもの」である。すなわち意識の内容は一方では社会や両親、家族から取り入れるが、他方では内面の無意識からも取り入れて形成されていく。したがって社会的な役割意識としてのペルソナについても、元型的な形式が反映している場合が多い。たとえば、父親としての意識や、母親としての意識にも、父元型や母元型の形式が影響を与えているのである。言い換えれば、自我意識の形成は完全に自律的に自分勝手になされるのではなく、社会の価値観や元型的形式に規定されながら、その中で少々自分独自の色づけが加味されるという形でなされていくのである。 (この点については、拙著『無意識への扉をひらく』PHP新書の第三話「自我とコンプレックス」の第三章を参照して下さい。)

 このようなことを念頭に置いて、ユングは元型が「意識の内容にはっきりとした形式を与えている」と述べているのである。

 

二、集合的無意識の心理学的意義

91パラグラフ ( 2001年1月20日初出 )

 このパラグラフは、元型と本能を比較し、両者の共通点について述べている。

 まずフロイトとアードラーの心理学は個人的な性質を持っており、病気の原因を個人的なものとみなしているが、じつは彼らの心理学も本能の存在を前提にして成り立っているということが指摘されている。たとえば、フロイトの性的リビドー やアードラーの「権力への意志」は一種の本能と言える。

 このように、ユングは本能というものが存在するという前提に立って議論を進めている。それに対してフロイト派の岸田秀氏は「人間は本能の壊れた生物だ」と言っているが、それは間違いで、決して人間の本能は壊れてはいない。たとえば、生物として最も基本的な摂食行動、性行動、育児行動などは基本的にはほとんど本能に従ってなされる。ただし、その本能行動を理性や意志の力である程度コントロールできるのも人間の特徴であり、ダイエット行動や、社会規範に反した性行動の抑制などはその典型である。

 本能が個々の例で壊れている場合はあるが、種としての人間全体において本能が壊れ働かなくなっているというのは、言い過ぎであろう。ユングが「人間と動物に共通なア・プリオリな本能」と言っているのは、そのあたりのことを念頭に置いているのであろう。

 たしかに、人間の本能は壊れやすい。あるいは本来の働きが狂う場合が多く見られる。というのは、人間の本能は環境からの刺激に対して一対一の反応をしなくなっているからである。これは人間の本能の働きが環境基盤から相対的に自律しているからである。

 人間の本能が壊れやすいのは、もう一つ、本能行動の中に心理的な要因が付け加わるからである。そのために、いわゆる心理的なストレスによって子どもが可愛くなくなったり、お乳が出なくなったり、育児行動への動機づけが弱まることがある。動物でさえ、心理的ストレスによって育児行動をしなくなる例は多い。

 また本能の導き手であるイメージも、実際の行動から相対的に独立して、一人歩きする場合が出てくる。いわゆる空想である。人間のイメージは実際の環境や行動から独立して働きうるのが特徴であり、そのために発明や未来予測ができるのである。

 ただし、イメージが現実から相対的に独立しているといっても、現実からまったく離れてしまっているという見方も間違いである。人間のイメージは自律性が高まっているというだけのことであって、現実から無関係になっているわけではない。そうだとしたら発明ということもありえない。というのは、発明とは現実の法則性にマッチしたものだからである。

 むしろ人間のイメージは現実のものを割合とうまく写し取っている、だからこそ人間は生存し続けることができているのである。もしイメージが現実にマッチしていなかったとしたら、そのイメージに導かれてきた人間はいつも間違った行動をしていたことになり、とっくの昔に死に絶えていたことであろう。

 人間の空想やイメージの中には確かに病的なものもあるが、それに乗っ取られてしまうことが問題なのである。文明の発達によって歪んだイメージを持つ人も増え、それゆえに「人間は本能が壊れた生物だ」という理論に共感する人も増えているようであるが、しかしそれは一般論として言えることではない。人間のイメージが現実を上手に写し取っているという面も見ていかなくてはいけない。

 

 さらには人間の本能的行動は学習によって支えられる部分が大きいのが特徴である。逆に言えば、学習によって支えられるからといって本能的行動でなくなるわけではない。

 例えばサルが子供を産んでも、自動的に育てられるというのではない。具体的な育児のテクニックについては、先輩のサルが育児をするのを見たり手伝ったりすることでスキルを身につけるのである。こうしたことを取り上げて「母性は本能ではない。なぜならそれは学習によってなされるからだ」と主張する者がいるが、学習と本能とを対立的に捉えるのは間違いである。抱っこをしたり授乳をしたりするのが母性本能ではない。学習のないサルは全く育児をしようとしないわけではなく、育児をしようとはするが、うまく抱いたりうまく授乳することができないのである。これは人間についてもまったく同様に言うことができる。「育てよう」という気持ち (衝動) のほうが本能であり、それを具体的に実現する行動は学習によるのである。

 以上の問題については『母性の復権』(中公新書)の第二章の「1 本能としての母性の普遍性」の中でかなり詳しく論じているので、それを読んでいただきたい。

 

 次に、本能も、元型と同じように、「種に特有な形式」を持っていることが指摘されている。そういう意味では、本能は元型と非常によく似ている。だから「元型とは本能の無意識的な模像」ではないか、すなわち「本能行動を導くパターン」ではないかという仮定が成り立つのである。

 この最後の部分は、実は後から書き加えられたものであるが、この部分こそが第9論文「心の本質についての理論的考察」の命題である。

 その論文ではユングは「本能行動を導くパターン」のことを、pattern of behavior という言葉で表現している。心の behavior のパターンということで、私は「心の振舞いのパターン」と訳している。この「振舞い」というのは、心の中でイメージがどのように動くかということである。要は、心の動き方にはパターンがあるということである。そのパターンが元型だと言うのである。

 このあたりのことに関しては、訳者解説のなかの「本能との関係」(P.465- 467)を参照してほしい。本能行動とはイメージに先導されてなされるものであるということが書かれている。ここにあるハキリアリの例で言うと、栽培するキノコの養分になる葉を見分け、それを巣にちょうど合った大きさに上手く切り取って運ぶことが、誰にも教わらずにできる。それは生得的に持っているイメージに先導されてなされるからである。

 さらに別の例を挙げてみよう。イトランモグリガは蛾の一種で、イトランの花にもぐり込んで卵を産みつける習性がある。イトランの花は一年に一日しか咲かない花であり、この花が咲くちょうどその日にイトランモグリガはその花のところに行くことができるのである。イトランモグリガの親の世代は卵を産むとすぐに死んでしまうので、この行動は学習によるものではなく、生得的なものだと言うことができる。

 すなわち、イトランをイトランとして認識し、もぐり込んでいって子房(実になる部分)を見つけ出し、傷をつけて卵を産みつける。そして持ってきた花粉で蓋をする。これによってイトランは受粉する。こうした複雑な行動を、イトランモグリガは誰に教わるのでもなく、いきなりできるのである。これはイトランモグリガが、これら一連の行動を導くイメージを生得的に持っていて、そのイメージに導かれて行動を行なっていることを示している。

 ユングはこの本能行動を導くイメージを「原イメージ」 Urbild と言っている。つまり本能行動はすべてこの「原イメージ」に導かれて行なわれるが、人間の場合この「原イメージ」にあたるものが元型的イメージである。そのイメージには、例えば父なるもの、母なるものや、アニマ、アニムスや神や悪魔のようにいろいろとある。これら元型的イメージに導かれて人間は人生を生きていく。このイメージがなくては行動ができない。子供は母なるものというイメージに導かれるからこそ母と結びつこうという行動が現われるし、母親のほうにも子供が可愛いというイメージがあるからこそ子育てをする。ここで言うイメージとは視覚的なものだけではなくて触覚的なものや感情的なものなどすべてを含めたイメージのことである。人間の行動もこうしたイメージに導かれて行なわれるが、これがパターン化されているとユングは言っているのである。

 ユングは本論文を書いた後に、本能と元型との関係をより明確化していく。第9論文の「心の本質についての理論的考察」においては、おおよそ次のように言われている。

 「元型とは本能行動を導くイメージ・パターンである。本能は原動力であって、ダイナミックなエネルギーを持っている。この激しい情動としての本能から、元型のヌミノーゼという性質が由来している。元型は情動やエネルギーと同時にガイスト(精神)としての霊的な性質も持っている。この元型の霊的な性質は青によって表わされ、情動やエネルギーとしての性質は赤で表わされる。したがって、この青と赤を合わせた紫が元型の性質を表わす色である。」

 

92パラグラフ ( 2001年1月27日初出 )

 人間の行動の中で、とくに生理的な部分や、生物としての基本的な部分は、本能によって左右されており、しかもその本能行動には決まった型がある。このことに反対する人は滅多にいないであろう。

 

 だから同様に人間の心の働き方にも型があって、それに左右されているのだと言っても、そう突飛なことを言っているわけではないし、神秘主義だと非難されるいわれはない、というのがこのパラグラフの趣旨である。

 

 「集合的無意識の概念は思弁的でも哲学的でもなく、経験的な事柄だ」というのは、頭でひねり出したものでも机上の空論でもなく、事実をもとにして、事実から導きだした概念だ、という意味である。

 

 問題はそうした「普遍的な形式」が本当に存在しているのかどうかである。では、そのことを証明するには、どうしたらいいのであろうか。ここからユングの関心は「集合的無意識の (形式の) 存在の証明」という難しい問題に向かっていく。

 

 集合的無意識の存在を証明するためには「無意識の産物が元型的な性質をもつと指摘するだけでは十分ではない」。なぜなら元型的性質は言葉や教育によっても獲得されるからである。また「潜在記憶」という現象もある。それらの可能性を慎重に取り除いた上で、元型的なモチーフの存在を証明しなければならない。ユングは、それらをすべて除いても、「神話的 (元型的) モチーフが土着のものとして繰り返し発生する」ことを示すことができると言っているのである。次のパラグラフ以降、証明のための具体例が出てくる。

 

 

 ここで、付録として「潜在記憶」について説明しておく。「潜在記憶」とはフランスの精神医学界で専門用語として知られていた言葉だが、過去に得た知識が「忘れられた記憶」となっており、それが願望充足などの動機によって、本人にはそれと意識されない形で再生される現象を言う。とくにスイスの心理学者セーオドーア・フルールノワは有名な著書『インドから火星まで』の中でこの現象を見事に解明してみせた。これはある女性の霊媒がインドの女王になって宮殿の様子を細かに話したり、ついで火星の風景を説明したり火星語を話したりした。しかしフルールノワはその内容がじつは彼女の幼児期の読書によって得た知識であることを突き止めた。この研究によって「潜在記憶」という現象が存在することが証明された。

 

 ユングはこの「潜在記憶」の典型的な例を発見した。その例はかのニーチェがからんでいるので、なかなかブリリアントであり、印象的である。すなわち『心霊現象の心理と病理』(宇野昌人、岩堀武司、山本淳 訳、法政大学出版局) の p.114-115 に、ニーチェの「潜在記憶」の実例が示されている。

 

 まずユングは『ツァラトゥストラ』の第二部の中の「大いなる事件」の章の一節を引用する (下線はユングによる) 。

 

 さて、ツァラトゥストラが至福の島々に滞在していた当時のことだが、この煙を立てている山のそびえ立つ島に、一隻の船が投錨した。そして、この船の乗組員たちは、ウサギ撃ちをするために、上陸した。ところが、時あたかも正午ごろ、船長とその部下たちが再び集合したとき、彼らは突如として、空中を一人の男が彼らに向かって近づいてくるのを見た。そして、「時が来た! 時が熟した! 」と言う声が、はっきりと聞こえた。だが、男の姿が彼らに最も近づいたとき、 ──と言っても、その姿は影のごとく速やかに飛び過ぎて、火山の横たわっている方角へ去ったのだが── 彼らは、それがツァラトゥストラであることを知って、この上なくびっくり仰天した。というのは、彼らはみな、船長自身を除いて、すでにツァラトゥストラに会ったことがあり、……  

「ほら、よく見ろ! 」と年老いた舵手が言った、「それ、ツァラトゥストラが地獄におちる!

 

 次にユスティヌス・ケルナー編の怪談雑誌『プレフォールストの物語集』の中の「スフィンクス号の地中海における1686年の航海日誌からの驚くべき抜粋」の一節を引用している。下線部分が上の『ツァラトゥストラ』の下線部分と酷似していることが確認できる。

 

 四人の船長と商人ベル氏とはストロムボリ山島の岸にウサギ撃ちをするために、上陸した。三時に船に戻るため、彼らは水夫たちを集めた。そのときなんとも驚いたことには、彼らは二人の男が大変な速さで空中から、彼らに向かって飛んでくるのを見た。一人は黒い衣を、他の一人は灰色の衣をまとっていた。二人は彼らのそばをすごいいきおいで通り過ぎ、彼らがおどろきうろたえるうちに、燃え上がる炎の真中を、恐ろしいストロムボリ火山の火口へと降りていった

 

 ユングがニーチェの妹のエリーザベートに直接照会したところ、ニーチェは12歳から15歳のあいだ、熱心にケルナーのものを読んでいたことが分かった。ニーチェは『ツァラトゥストラ』を書いたときには、ケルナーのことなどすっかり忘れていたと思われる。しかし無意識のうちに記憶されていていた「ウサギ撃ち」とか「男が空中を飛んでくる」という細部のイメージが、「地獄行き」という言葉を触媒にして、「突然、文字通り忠実に再現された」というわけである。

 

 ちなみに『プレフォールストの物語集』の上の引用の部分には、次のような追加文があった。「この話から、ストロムボリ山上に地獄の入口があるとされている。」ユングは、この「地獄」という言葉を媒介にして、潜在記憶が呼びさまされたのであろうと推測している。(前掲書、p.135-137)

 

93パラグラフ ( 2001年2月3日初出 )

 このパラグラフでは、元型的シンボルの例として、「二人の母」というイメージが神話や宗教や子どもの空想の中にたくさん見られるという事実が指摘されている。

 とくにユングはレオナルド・ダ・ヴィンチの「聖アンナおよびマリアと幼な子イエス」という絵を取り上げて、それに対するフロイトの解釈と対置させる形で、元型的な解釈の正しさを目だ立せようとしている。

 フロイトの解釈の基本線は訳注 [12] で述べているが、ここではもう少し詳しく見ておこう。レオナルドの絵は幸い口絵にカラーで収録することができたので、感じがよく分かると思う。

 背後にいるのがマリアの母、聖アンナ。その膝の上にマリアが座っており、マリアはイエスを抱き上げようとし、イエスは子羊を抱こうとしている。

 フロイトは祖母であるはずの聖アンナが妙に若く描かれていることに注目し、レオナルドには母親が二人いたのではないかと推測した。フロイトの直観はなかなか大したもので、レオナルドがいたフィレンツェの古い戸籍台帳を調べてみると、レオナルドには確かに実母と義母の二人の母がいたのである。この二人の母はどちらもレオナルドに優しかったらしく、それゆえレオナルドは優しく微笑む聖アンナを描いたのだ、というのがフロイトの説である。ついでにモナ・リザも母の微笑だというのがフロイトの解釈である。

 フロイトのこの研究自体は、直観の鋭さといい綿密な調査による新事実の発見といい、なかなか優れた研究であると言えよう。ただし、その解釈が正しいかというと、いろいろと問題がある。

 フロイトの説明は例によって個人的な実際の家族関係による説明である。すなわち、二人の母がいたからレオナルドは二人の母を描いたのだ、という説明である。原因と結果がはっきりした、非常に即物的な説明の仕方である。しかしながらよくよくこのフロイトの主張を見ていくと、いくつか疑問が出てくるのである。

 第一に、レオナルドが二人の母を持っていたという事実が崩れてしまった。じつはレオナルドの父は四度結婚したので、レオナルドは二人ではなく四人の母を持ったことになる。「二人の母」だったというのが事実でなかったということになると、事実の因果関係に立脚していたフロイト説は根底から崩れたかに見える。

 第二に、別の視点から言っても、事実と合わないところがある。すなわち、このレオナルドの絵は16世紀に描かれたものであるが、聖アンナ・マリア・幼な子イエスの三人が一緒にいるモチーフは、これに先立つ15世紀にもたくさん描かれている。しかし、それを描いた人たちすべてに二人の母がいたということはありえない。このことを考えても、「二人の母がいたから二人の母を描いた」という説明は説得力に欠けるのである。

 (じつはもう一つ事実の間違いがあるが、その点については95パラグラフで述べる。)

 ユングはこの問題を、実際に二人の母がいるかいないかに関わらず、人間は二人の母のイメージを持つものなのだ、それは人間が生得的に持っている元型的イメージなのだという形で解決した。つまりユングは、レオナルドが実際に二人の母を持っているかどうかに関係なく、誰もが持っている二母元型のイメージに従って絵を描いたのだ、と考えたのである。

 

 それではレオナルドの絵以外に二人の母というモチーフはどこに現われているのかというと、ユングはここにあるようにまず二重の血統というモチーフが神話の世界において多く見られることを挙げている。ギリシア神話においては、ゼウスが人間の女性に多く子供を産ませているが、それによって英雄は人間の母と、ゼウスの妻であるヘーラーの二人の母を持つことになる。父親においてもゼウスのみならず、ゼウスの子を産んだ女性の夫が人間界の父親になる。これはイエス・キリストの場合とまったく同じ構造であるが、ただキリスト教の場合は神の世界から女性性を排除するように発達してしまったので、ヘーラーに相当する神としての母はいない。そのかわりマリアの母にあたる聖アンナが出てきたのである。

 その他にもエジプトのファラオが二度生まれるというモチーフが述べられている。つまり彼は王になるときに「誕生の間」で生まれ直さなければならない。キリスト教の洗礼もこれと同じモチーフを持っている。洗礼という儀式はもともとは体を全部水の中に沈めた。それはあたかも母の羊水の中に戻って生まれ直すかのようである。じじつカトリックの典礼文では洗礼盤を「教会の子宮」と呼んでいる。また、godfather 、godmother という風習も、「子どもには二人の父や母がついているものだというイメージを前提にしている。だから早く二人目の父や母を決めないと、悪魔がその座を占めてしまうというわけである。

 

質問1

 ノイマンの『意識の起源史』によれば、二人の母のうち一人は元型的イメージで、もう一人は個人的な母親だということだが。

 

答え

 その通り。実母と、もう一人の空想上の母がいるということである。空想上の母はたいてい「高い」存在で、理想化されている。これとは逆に、今の母が養母で、本当の母がイメージの中にいるという場合もある。その場合には、「どこかにいるはず」の実母が理想化されている。

 ただし空想上の母が必ず「高い」「善い」母だとは限らない。たとえば、今の母親がひどくて、本当の母親は別にいるはずだという場合もあるが、今の母親は優しくていいのだけれども、もしかしたら「悪い」本当の母が別にいるのではないかと不安感を持つ場合と二通りある。要は、いま目の前にいるのが実際のリアルな母親、それと別に元型的なイメージの母がいるということである。

 

質問2

 今の説明だと、二人の母のうち一人は実母だということだが、実際の母親がどうして元型的イメージなのか。

 

答え

 「二母元型」というのは、「二人の母がいる」というイメージが元型的だという意味で、そのうちの一人が実母でもよい。両方の母とも必ず元型的イメージでなければならないという意味ではない。

 

質問3

 15世紀に描かれた聖アンナ・マリア・幼子イエス三人の絵もまた、レオナルドの描いたように聖アンナが若く描かれているのか? もしそうでないのなら、15世紀に描かれた絵は単に三人の絵というだけであって、レオナルドの絵のように必ずしも二母元型の現われとして解釈できないのではないか?

 

答え

 15世紀の絵や彫刻は、表情が硬く、若いのか年寄りなのか分からない。ただ「二人の母」というイメージにとっては、二人の母ともに「若い」ということは必ずしも必要ないのではないか。「おばあちゃん」だって母にはかわりないのだから。(ドイツ語の「太母」はもともとは「祖母」という意味の単語)

 「若い」という要素が重要なのではなく、要は「母」という属性が大事なのである。

 

94パラグラフ ( 2001年2月10日初出 )

 このパラグラフでは、「二度生まれる」というイメージがいたるところに見られるとして、その例が四つ指摘されている。

 第一は呪術的な治療に使われた場合に

 第二は宗教の神秘体験として

 第三は中世の自然哲学の中に

 第四は子どもの空想の中に

見られる。

 第一の「呪術的な治療」とは、死と再生の儀礼を施して、患者を「更新」させて治すという方法である。ユングは「生まれ変わりについて」(拙訳『個性化とマンダラ』みすず書房) の中で具体的な例を示している。そこにはこう述べられている。

 f   呪術的手続き  もう一つの変容は、この目的のために使われる儀礼によって実現される。変容体験が参加によって経験されるかわりに、儀礼が、変容を引き起こすために意図的に使われる。これによって儀礼は、いわば施してもらえるような技術となる。たとえば、ある男が病気になり、そのために「更新」されなければならないとする。更新が彼の「身の上に起こら」なければならないのである。そうなるために彼は病床の頭のほうの穴をくぐり抜けさせられると、それで新しく生まれ変わったのである。あるいは彼は別の名前をつけられ、それによって別の魂を得る。すると悪魔はもう彼を見分けることができなくなってしまう。あるいは彼は比喩的な死を通り抜けなければならない。あるいは彼は気持ちの悪いことに皮製の雌牛のなかをくぐり抜けさせられる。その雌牛は彼をあたかも口から食べ、尻から排泄するかのようである。あるいは彼は洗浄されたり洗礼を受けたりして、新しい性格と別の形而上的な運命をもった半神的な存在へと変身する。(p.24-25)

 次に、このイメージが「多くの宗教の中心的な神秘体験」となっているとは、密儀宗教や神秘主義的な宗教における死と再生の儀礼が考えられている。たとえば、ギリシアのエレウシス教の密儀の内容は絶対に秘密にされてきたが、研究者によれば、それは光と闇を交互に急変させることによって、死と再生を演出するものらしい。またキリスト教と覇を争ったミトラ教では、地下の洞窟の中で、自我を象徴する牛を殺して、神的な存在へと生まれ変わるという儀式が行われていた。ユングによれば、キリスト教のミサなどの儀礼はキリストの死と復活の秘儀に与る体験である。

 次の「中世の自然哲学」とは錬金術のことを指している。錬金術における死と再生は、たとえば nigred (黒化) 、mortificatio (死) putrefactio (腐敗) の状態から、mundificatio (浄化) または albedo (白化) を経て、lapis (石) や aqua permanens (永遠の水) などとして再生し、永遠の生命を得るというイメージとして表わされている。くわしくは『錬金術と心理学』や『転移の心理学』を参照されたい。

 最後に「子どもの空想」としては、前回述べたように「私はもらいっ子」「橋の下から拾われてきた」とか、「どこかに本当のお母さんがいる」といったイメージとして現われる。

 

95パラグラフ ( 2001年2月17日初出 )

 ここではユングはフロイトの解釈、すなわち「レオナルドは二人の母を持っていたから二人の母を描いた」という因果論的な説明は間違いだということを強調している。その理由として、冒頭では「両親が二組いると信じている人がすべて必ず実際に二人の母を持っていたとはとうてい考えられない」と述べ、末尾でも「同じテーマを描いた他のすべての芸術家」「のすべてが二人の母を持っていたとはまさか言えないであろう」と述べている。たしかにこの意味ではフロイトの解釈には無理があるのは、誰の目にも明らかであろう。

 それに対して、ユングは画家が二人の母を持っていたかどうかにかかわりなく、「二人の母」というモチーフが現われることは可能である、すなわち「二人の母」というイメージが元型的なものだから、と言うのである。いろいろな場所や時代にこのイメージが現われていることを考えると、ユングの説の方が説得力があると思われる。

 それでは、フロイト説はまったく馬鹿げたものかというと、そうではないというのがユングの見方である。というよりも、因果論から見ると馬鹿げたものに見えるフロイト説の中に隠されている、直観的な正しさを救い出したのがユングだとも言えるのである。つまりフロイトが「二人の母」というモチーフに注目したことは、なかなか鋭かった。ただそこに因果的な見方を持ち込んだために破綻しただけである。

 

 ここで、訳註[18]を読んでから、次を読んで下さい。

 

 フロイトはレオナルドの絵について、マリアの青いマントがハゲタカの形に似ており、その尾羽がキリストの口にくっついていると指摘した (口絵参照) 。

 レオナルドの記述によれば、彼は幼い頃に、事実か空想か分からないが、揺りかごで寝ている彼のところに一匹の鳥が来て、その尾羽で彼の口を何度も突ついたという記憶があったという。フロイトはこれを、レオナルドが口唇期への固着、母親を求める母親コンプレックスを持っていて、それをこの絵に描いたのだと解釈した。

 さらにフロイトは、ホラポルロという人の本を読んでみると、ハゲタカは古代ギリシャでは母性を表わしていた、それも牡がいなくて牝だけで孕むと書いてあった。これは父親がいなかった幼児期のレオナルドの母子家庭の状況にぴったり当てはまるではないかとフロイトは考えた。

 しかしながら後に、フロイトが読んだホラポルロの本はドイツ語訳だったのだが、実はそのドイツ語訳文中の「ハゲタカ Geier」は誤訳で、実際のイタリア語の原語はでは「nibio トンビ」であったことが判明した。これによってフロイトの解釈の正当性が崩れたとさえ言われた。

 しかしユングの理論に従えば、それは Geier でも nibio でもどちらでもいいことになる。その鳥が母性元型を表わしているシンボルとなっているのなら何でもいいのであって、その意味ではフロイトの解釈の妥当性は変わらないのである。このように、ユングの説によってむしろフロイト説のすぐれている面が証明されたとも言える。

 フロイトが探しだした、ニビロの牝が牡なしで風=プネウマによって孕むという伝説は、処女マリアが神の聖霊=プネウマによって懐胎したのと同じイメージであり、フロイトは普遍的なシンボルを我知らず掘り起こしたのだと言えるであろう。

 ユングはフロイトを表向きは批判しているが、心の中では、「やっぱりフロイトという人はすごいな」と感じていたのではないであろうか。

 

 

96パラグラフ ( 2001年2月24日初出 )

 

 このパラグラフは理解しにくい。突然「神経症」が出てくるので、とまどってしまうと思う。正直言って、私もここを理解するのに苦労した。

 

 最初の文章を思い切って私の解釈を入れて意訳すると、次のようになる。

 

 

 ところでレオナルドが神経症だったと考えてみて、彼が母親コンプレックスをもった患者であり、彼は自分の神経症の原因が実際に二人の母をもっていたことにあるという妄想をもっている、と仮定してみよう。

 

 

 訳本の中でこのように訳すのは、多分意訳しすぎであろう。訳者の解釈が入りすぎていると批判されそうである。しかしこう訳してみると、ユングの言わんとすることが分かりやすくなると思う。ただし私の理解がそうとうに入っているので、そのつもりで受け取っていただきたい。  

 要するに、ユングはここで、仮にレオナルドが神経症だったと仮定しているだけで、レオナルドが本当に神経症だったと考えていたわけではないと思われる。あくまでもレオナルドが神経症だと仮定してみたら、どうなるかという話である。

 

 なぜそんな仮定をしてみなければならないのだろうか。それはユングが神経症の原因について、フロイトとの違いを際だたせようとしていて、そのためにここの論述を利用しているからである。

 

 では、レオナルドが神経症だったと仮定するとどうなるかというと、彼が「自分の神経症の原因は実際に二人の母をもっていたことだ」と考えるのは、フロイト的な個人史的な見方からすると正しいということになる。しかしユングから見ると、彼の神経症の原因は「二母元型がふたたび目覚めた」ということにある。この「ふたたび」というのは、レオナルドという個人において前に目覚めていたのが無意識になって、また目覚めたという意味ではなく、人類の歴史の中で今まで何度も出てきていたものが、ここでまた蘇ってきた、という意味である。

 

 では、元型が目覚めるとなぜ神経症になるのか。ここはユングの神経症理論を知っていないと理解できない。ユングの神経症理論については、拙稿「ノイローゼについてユング心理学は何が言えるか」(『ユング研究 3 特集 初期ユング・ノイローゼ論』所収) で詳しく紹介しているが、要点を述べると、こうである。

 

 ユングの神経症理論は前期と後期とではかなり異なっており、前期では「現在の葛藤から逃れて、幼児的な空想の中に逃げこんだもの」という理解が示されている。しかし元型論の研究と重なる後期になると、元型的な心の部分から分裂した心の病だという捉え方をするようになる。つまり元型的な心の働きが出てきたときに、それを否定したり抑圧したりすることによる心の葛藤だという理解である。

 

 その意味では彼は神経症を分裂病と共通性をもつものと理解していた。ただし分裂病が自律化した元型によって占領されてしまい、自我が破壊されてしまったものであるのに対して、神経症は自我が負けてしまっていないで、分裂した無意識に対して対抗し、自らを防衛するために、いろいろな空想や儀式を作り出し、結果的にはそれがエネルギーの空転現象になっていると捉えていた。

 

 つまり、元型が現われたというだけでただちに神経症になるわけではなく、元型に対して意識の態度が対立的だったり、あまりに強く違和感を持つために、そこに葛藤が生じると神経症になりやすいと見ていたのである。

 

 もちろんユングはレオナルドが実際に神経症だったと見ていたのではないと思われる。むしろレオナルドは自分の二母元型を抑圧するどころか、美しい絵の形で表現し、大切に扱ったのであるから、神経症にはならなかったはずである。

 

 

 ところで、最後にユングは

 

 

 この元型の目覚めは彼が一人の母をもっていたか、二人の母をもっていたかという事実とはまったく関係がないからである。なぜなら、すでに見たように、この元型は個々人においても、また歴史の中にも作用しており、それは二人の母をもつという比較的まれな事実とはなんの関係もないからである。

 

 

 と書いているが、この最後のところは、ユングの筆が少し滑っているという印象を受ける。彼は「二人の母を持つという事実とはなんの関係もない」と言い切ってしまっている。ユングがここで言い切ってしまったのは、母親が一人だろうと二人だろうと、二母元型は出てくるときには出てくるんだということを強調したかったからである。

 

 しかし、二人の母を持っているということは二母元型を活性化させるためのひとつの要素にはなっているのであり、「なんの関係もない」と言い切ってしまうのは言いすぎであろう。88パラグラフのところで述べたように、コンプレックスと元型は表裏一体の関係をなしているからである。

 

 

97パラグラフ ( 2001年3月3日初出 )

 

 このパラグラフでは、ますますレオナルドのケースから離れて、まったくの神経症論になっている。神経症について、個人史的な原因を考えるのはまったくの間違いであって、たとえば「二人の母がいた」という事実がトラウマになっていて、神経症の原因になっているというようなものではないと言っている。むしろ二母モチーフが働いているのに、それを無視したり、抑圧するとトラウマがあったかのように見えるのだ、と言っている。

 

 むしろ二母元型がスムースに出てこられないように抑圧してしまうと神経症になるのだ、というのがユングの捉え方である。

 

 じっさい、神経症が示す障害のうちで、まさに患者の心的生活の中でこうした原動力が欠けているために生じたものが数多く見られる。

 

というところは、「こうした原動力 ( = 元型 ) がうまく 働いていないために」と言った方が、ユングの言いたいことを正確に表現するように思われる。しかしここでユングが言いたいことは、元型を抑圧したために、その働きが欠けてしまうと神経症になる、という意味であろう。

 

 パラグラフの最後はナチスドイツのことを言っている。「一民族全体が太古的なシンボルを、というより太古的な宗教形式を呼び覚まし、そしてこの新しい情動が個人を動かして革命的な大転換に向かわせているのを、体験しているのではなかろうか。」このようにユングはナチスを太古的シンボルの復活と捉えていた。ユングの元型論の中には、繰り返しナチスへの言及が見られる。元型論とナチス論との密接な関係については、拙著『ユング思想の真髄』の「第4章 元型論」の「5 元型論とナチス論」の中でくわしく論じているので参照されたい。 

 

 

98パラグラフ ( 2001年3月10日初出 )

 

 前のパラグラフを受けて、元型論によればナチス現象がどう見えるかを、さらに具体的に述べている。

 

 前半は一般論であり、「神経症はたいてい私的な事柄に止まらず社会的な現象でもある」と述べられている。この場合の「神経症」という言葉はかなり広い意味で言われており、分裂病圏までを含めた症状が考えられていると思われる。というのは、ユングはナチスを「集団ヒステリー」と診断しており、また元型に完全に支配されてしまった場合と捉えていたので、狭い意味の神経症には当てはまらないからである。

 

 ユングはナチスという社会現象を、「状況に合致した元型が生き返り、その結果元型の中に隠れていた爆発的で危険な原動力が活動を始め」、しかも人間が集団的に「元型の支配下におち」「悪の餌食になった」ものと捉えていた。

 

 「状況に合致した元型」とは、一方では彼が「ヴォータン元型」と呼んだ暴力的な元型であり、他方では秩序を指向する「秩序元型」であった。この点については拙著『ユング思想の真髄』のp.142 以下を参照されたい。

 

 ここで大切なことは、ユングがナチスを「悪の餌食になったもの」として明確に批判していることである。後世、いやいまだに、ユングを「ナチスに加担した」と攻撃する者がときどき現われるので、この点ははっきりと確認しておきたいところである。ユングは「加担した」ことは絶対に一度もなく、それどころか逆にナチスの打つ手を見越して先手を打つ巧みな戦術によって、ナチスが「国際心理療法学会」を支配するのを防いだのである。( ナチスに対抗したユングの政治的な活動については、拙著『図説ユング』p.87-92 を参照されたい。)

 

 ただしユングは絶対に名指しで批判していない。これは彼が臆病で事なかれ主義だったからではない。この時期、かれはドイツ国内のユダヤ系の精神科医たちに対していろいろな援助したり、亡命の手助けをしたりと、ナチス政権から目をつけられていた。そこで無用の摩擦によってそうした活動ができなくなることを怖れたとも解釈できる。

 

 しかし「中世のユダヤ人迫害」、「古代ローマの執政官の束桿」(イタリアファシスト党の党章)、「ローマ軍団の行進」(ファシストは隊列を組んでの整然たる「行進」が好きだった、ちなみに共産党政権も軍服を着た同様の「行進」が好きだね)、「かぎ十字」とくれば、誰が見てもナチスまたは広くファシズムのことだと分かる。だから彼が直接の名指しを避けているのは、弾圧を怖れてのことではなく、むしろ私は「ナチスというのは恐ろしいものだから、名指しでは言えませんよ」というユングの皮肉またはブラックユーモアではないかと解釈している。

 要するに、ユングは元型が現われてきたときには、それが害悪を生まないように、そのエネルギーを生かすことができるように意識化してやることが必要である、それができないと神経症になる、あるいは分裂病になると警告しているのである。

 

   

99パラグラフ ( 2001年3月17日初出 )

「元型というものは、人生の典型的な状況の数と同じ数だけ存在する」というのは、たとえば生まれてすぐ母子をむすびつけるような心の働きが本能的に出てくるとか、そこから離れて父なるものと関係を結ぶとか、アニマ・アニムスを経験して、中年になったら無意識の内容が出てきてそれと統合をはたし、死に向かっていく。こうした人生の典型的な各状況にそれぞれの元型が対応しているという意味である。

「この典型的な経験が無限に繰り返されていくうちに、刻印されて心的構造になったものが元型である」という言い方は物議をかもしてきた。つまりユングは「獲得形質の遺伝」という、すでに科学的に反証されていることを信じていたのか、というわけである。

 厳密に言うと、ユングがここで言っていることは、「獲得形質の遺伝」ではない。「獲得形質の遺伝」とは、獲得された性質が一代で遺伝子化することを言うのであるが、ユングの言っているのは、個人的経験ではなく、大量的に存在する共通の経験が、何代も、あるいは何万世代もかかって遺伝子化するという事態を想定しているのであり、そのことは理論的には考えられる ( この点については前掲拙著の p.136 以下に詳しく論じている ) 。

「刻印されて心的構造になった」というのは、繰り返された経験の蓄積が遺伝子化されるということである。ユングはそのような仮説を考えていたときもある。

 しかし他方でユングは別の仮説も提出している。すなわち「原イメージ」(元型的イメージのこと) がもしどこかで「発生した」のだとすると、「その発生は少なくとも種の始まりと一致している」(p.103) とも述べている。

 これは、人類が生まれてからいろいろなことを経験をする前に、経験を先取りしていたのではないかということである。すなわち「人類は最初からすでに、その後の経験を前もって知っていたかのように、その後の経験に適合的な原パターンを目的論的にもっていた」( 前掲拙著p.140-141 ) という意味である。

 こうした違いは、ユングの言っていたことが「矛盾」しているとか、でたらめな人間だったということではなく、いろいろと仮説を試していたのだと解釈すべきであろう。その中から、今の科学の水準に照らしてみて、どれが一番可能性が高いかをわれわれが判断すればよいのである。

 

 

 傍点で強調された「内容のないもろもろの形式」という部分がまた誤解されやすい。元型とは内容がないただの形式だとユングは言っていると受け取られがちである。そう受け取ると、英雄が太母を殺すとか、兄弟同士が争うとかいったパターン化されたモチーフも「内容」ではないか、そういう内容もない「形式」とはどういうものか、という疑問が出てくてしまう。しかしユングはこのパターン化した内容を「形式」と呼んでいるのである。ユングの言う「内容」とは、個々の個性的な内容のことを指している。

 ユングは(元型とは)「内容のないもろもろの形式にすぎず、この形式は考え方や行動の特定の型の可能性を表わしているにすぎない」と、繰り返し「すぎない」という言い方をしている。どうしてこれほどに「すぎない」と強調したかというと、神秘主義ではないかという批判に答えるためである。92パラグラフで「神秘主義であるという非難がよく私の見解に対して向けられたけれども」自分の説は経験に基づいていると強調していた。「神秘主義」という非難とは、ひとつにはユングが元型的イメージが遺伝すると言ったのに対して、具体的なイメージそのものが遺伝するなどということはありえないし、それは「いかがわしい」(神秘主義だ)(今なら「オカルト的だ」と言われそう)と批判が出たのである。それに対してユングは、「具体的イメージがそのまま遺伝すると言っているのではない」「パターン(という形式)が遺伝すると言っているにすぎないのだ」と改めて説明しているのである。

   

   

   

三 証明の方法

   

100パラグラフ ( 2001年3月24日初出 )

 いよいよ元型の存在をいかにして証明するかという問題に入る。そのためには、元型の形式を具体化しているような人間精神の産物があることを示さなければならない。そのような「材料」を産み出すものとして、ユングは「夢」「能動的想像」「分裂病患者の妄想」「トランス状態から生まれる空想」「幼児の夢」を挙げている。

 

 まず夢についてユングはこう言っている。

夢は無意識的な心が意図せず自然に産み出したものであるという利点を持っており、それゆえいかなる意識的な目的によっても影響されない純粋な自然の産物である。

 この中の「いかなる意識的な目的によっても影響されない」という言い方は、極端であり、厳密に言うと正しくないと思われる。

 なぜならば、夢が出てくるときには意識の関与もあるからである。もっと正確に言うと、夢の基本的なモチーフは無意識から出てくるが、それが意識によって捉えられるときに、意識の「加工」が加わるのである。

 ユングは次の文章の中で、

 

夢を見た人に質問をしてみれば、夢の中に現われたどのモチーフを彼が知っていたかを明らかにすることができる。

 

と述べているように、意識的な知識も夢の中に現われうるのであるから、「意識によってまったく影響されない」とは言えないのである。

 また次のパラグラフでも述べられているように、意識のあり方によって無意識の種類や出方が変わるという問題もある。

 したがって、「いかなる意識的な目的によっても影響されない」というのは、いささかユングの勇み足と言えないこともない。ユングにはときどきこういう極端な言い方をするところがあり、それはたいてい自説の正しさを強調したいときである。

 

 それはともかく、ここでユングが言わんとしていることは、夢の中にも意識が混じり込むことがあるから、それを慎重に取り除かなければならないということである。

 たとえば、レオナルドが鳥のモチーフを空想したといっても、それは彼が本で読んだからかもしれないので、元型的モチーフが自然発生的に現われたという証拠にはならない。

 そこで、元型モチーフだと言えるためには、第一に夢を見た人がそれを予め知ることができないものであること、第二にわれわれが「歴史的資料」から知っている元型的モチーフと比較してみて、「同じ」だと判断できるものでなければならない。

 「歴史的資料」とは、たとえば神話や宗教や昔話といったものが考えられている。それらの中の元型的モチーフを予め研究しておき、それと比べてみる必要があるということである。ユングが実践した「歴史的資料」の元型的モチーフ研究の中の最大のものが、例の錬金術研究である。(錬金術プロパーの研究としては『転移の心理学』『結合の神秘』がある。)

 このように、すでに客観的な形で存在している元型的モチーフと「すりあわせ」てみて、「同じモチーフ」だと言える場合には、すでに解明されている意味から夢の意味を類推し、「ふくらませる」ことができる。そのような作業をユングは「増幅」Amplifikation と呼んだ。

 ある個人の夢や無意識の作品と、錬金術とを「すりあわせる」作業のうち、ユングが行ったもっとも本格的なものが、『心理学と錬金術』および「個性化過程の経験について」(『個性化とマンダラ』所収) である。

 

101パラグラフ(101-102パラグラフ、2001年3月31日初出)

 前パラグラフと本パラグラフを読むときに気を付けなければならないのは、ここでユングは単に「無意識を表わす材料」を列挙しているだけではない、ということである。すなわち彼は材料を挙げながら、その材料を「増幅法」によってどう解釈するかという問題をも同時に頭に置いて書いているのである。つまり彼の頭の中では、先の問題(増幅法による解釈の問題)が浮かんでいて、叙述の中にその問題が混じりこんでいるので、分かりにくくなっているのである。

 こういうことは直観型の人の文章にはよく起こるので、読むほうが承知している必要がある。ユングの文章によく飛躍があるのも同様の理由による。

 

 さて、本パラグラフは「能動的想像」die aktive Imagination を扱っている。これは単に無意識を表わす材料の一つを挙げているという意味を持つのではない。

 前パラグラフで、夢が無意識を表わすと言ったが、しかし夢というのはたいていは不完全で、断片的なものである。「この先を知りたい ! 」と思ったところで目が覚めてしまうことがしばしば起きる。

 あまりにも断片的では、客観的歴史的資料と比較しようもない。そこで、「その夢の前後や結末を知ることはできないだろうか」、あるいはもっと欲張って「夢の中の登場人物と話しをすることはできないだろうか」とユングは考えた。ユングという人はいい意味で欲張りだった。こうして考え出されたのが「能動的想像」という方法である。

 この方法は、まず夢の断片を思い出して、それに意識を集中する。しかし夢を意識が勝手に動かさないように、単なる観察者としての態度を堅持する。そうしていると、うまくいくと、夢が勝手に動き出すことがある。

 こういうことは、元型的モチーフが豊富に出てくる作品を書いた作家がよく言うことでもある。彼らは「作品の中の登場人物が勝手に動き出す」のだと言う。それをただ書き止めているだけだと。

 ただし、こういうことは、いわば綱渡りのようなもので、一定の訓練を必要とする。つまり意識がしっかりしていないと、無意識の動きにさらわれてしまう。かと言って、意識が介入しすぎると、純粋な無意識の動きでなくなってしまう。意識は無意識の動きに介入しないけれども、明晰さを保っていて、きちんと観察し記録するのである。

 この作業がうまくいくと、無意識との対話が可能になる。そのようにして、ユングは自分の夢に出てきた「フィレモン」と対話をしたそうである。

 こういうことが起きるのも、ユングに言わせれば「夢はしばしば意識化されたがっている」からだということになる。こういう言い方が「ユングは科学的でない」と反発される原因になっているが、彼は自分の経験からこう言いたくなったのであろう。ここがユングの強みであると同時に理解されないところである。同じ体験のある人には無条件で理解されるが、体験のない人からは「うさんくさい」と見られる。

 こうした「能動的想像」の一番簡単なのが「連想」である。夢の断片から連想したイメージを、その夢の断片のまわりに配置してみる。そのことをユングは「文脈の中にはめこんでみる」という言い方をしている。

 この作業を彼は「編集」と呼んだ。この「編集」と訳した原語は普通は「加工」と訳される Bearbeitung である。この言葉を辞書で引いてみると、「加工」という意味のほかに「翻案」「編纂」「編曲」という意味もあることが分かる。この場合は「作る」「変えてしまう」という意味ではなく、「付け加える」という意味、「編纂」「編曲」の方の意味が強いと理解した。これを「加工」という日本語に直すと、なにか意識的に勝手に作り変えてもいいという意味に取られてしまい、ユングの意図と違って理解される恐れがある。こうして「編集」という訳のほうが正しいと考えた。

 このようにして得られた材料を、もとの断片のまわりに配置していくことを、彼は「それらの材料がその断片に自然な形で加えられていくようにする」と言っている。この「自然な形で」というところが大切なポイントである。これは「意識的な作為なしに」という意味と、意味的に見て無理なくつながっているという意味を含んでいる。

 

102パラグラフ

 この「能動的想像」の技術的な説明まではできない、と言っている。この方法のくわしい技術的説明が、老松克博『アクティブ・イマジネーション』(誠信書房、2000) に、また具体例がゲルハールト・アードラーの『生きている象徴』(人文書院、1979) とバーバラ・ハナーの『アクティブ・イマジネーションの世界』(創元社、2000) の中で紹介されているので、参照されたい。

 この方法が危険を伴っている (この方法を試みる人を「現実からはるか遠くにさらっていく」) とは、意識がしっかりしていないと、無意識の世界に連れ去られて、精神病圏の中に入ってしまう危険があるという意味である。意識の健全な批判力が必要である。だから軽率に一人で試してみてはいけない。最初に試みるときには、適切な指導者が必要である。

 

 

103パラグラフ ( 2001年4月7日初出 )

 その他に、元型的材料の源泉として使えるもととして「パラノイア患者の妄想」「忘我(トランス)状態にあるときの空想」「三歳から五歳の幼児の夢」が挙げられている。これらの状態は意識の介在がほとんどない状態なので、元型的無意識が純粋に現われるという意味である。

 幼児の夢をユングがどのように解釈したかを知りたい人は、ユングを中心にした、幼児期の夢に関するセミナーの記録『子どもの夢 1 』『子どもの夢 2 』(氏原寛監訳、人文書院)を参照されたい。

 次に、それらの材料を手に入れても「納得のいく歴史的対応物が見つけ出されないかぎり、それらは無価値である」というのは、客観的な対応物と比較して、同じ性質だということが確認されないと客観姓を持ちえないという意味である。分かりやすく言えば、たとえば蛇が出てきたからといって、必ずしも元型的イメージだとは言えないということである。

 さらに、たとえば夢の中に元型的であると思われるイメージ(たとえば蛇)が出てきても、その夢の中の蛇の意味と神話の中の蛇の意味とが同じだとは限らない。両者の意味をそれぞれに明らかにし、つき合わせる作業が必要になる。その作業が「増幅法」と呼ばれる方法である。具体的にはユングはとくに錬金術のイメージ(シンボルの学問的説明)との関連をたくさん研究した。

 それらを読んでみても、それ自体として面白いものではなく、ユングが話したときに聴衆の半分が居眠りしたというのも無理もないと思われる。しかし退屈だけれども、100パラグラフの末尾に示したようなユングの詳細な解釈を読むと、ユング派の中でいま行われている解釈というものが、たとえば「橋は渡るものだから、なにか大きな変化や決断が起きることを示している」といった解釈が、いかに安易で通俗化したものかが分かる。

 元型的イメージの解釈の方法論については、拙著『ユング思想の真髄』の第五章、および本HPの「C・G・ユング研究」の4と7を参考にしていただきたい。

 

 

   (104-110パラグラフ、2001年4月14日) 

 

 

104-105パラグラフ

 

とくに説明を要しないと思われる。

 

 

106パラグラフ

 

 「ここに呼び出されている火と太陽の神は、たとえば『黙示録』のキリスト像と密接な関連をもっている。」とは、『黙示録』第一章13-16節を指している。すなわち「目は燃える炎のよう」で「足は炉で精錬された光り輝くしんちゅうのよう」であり、「顔は、強く照り輝く太陽のよう」な「人の子のような者がいた」と描写されている。

 

 この『黙示録』の幻像と、ディーテリッヒの本の中の幻像とは、どちらも集団表象としての神秘的な神体験だというのが、ユングの見方である。ただし、正直なところ、両者はかなり違う印象を受ける。ミトラ儀典書のほうは穏やかな感じがするし、『黙示録』のほうはすごく激しい感じである。おそらくユングの言いたいことは、両者の心理学的な意味が類似だということであろう。

 

 

107パラグラフ

 

 したがって、この患者の幻像も、それらの幻像とまったく同じ性質のものであり、神秘的な神体験なのである。ただし一方が宗教的な指導者になり、他方が精神病になるのは、自我の強さを保っているか否かの違いである。自我が壊れてしまい、元型的なイメージ (「マナ人格」) に圧倒されてしまうと、彼は精神病になってしまう。しかしそれらの幻像の「意味」を提示することができると、彼は宗教的な指導者になる。だから同じ幻像を見ても天と地の違いが生ずるというわけである。

 

 このパラグラフの後半では、患者とこのミトラ儀典文に見られる「儀礼による神への変身」という表象が、アプレイウスの『黄金のろば』の中にも描かれていると指摘する (訳註32を参照のこと)。要するにいろいろなところに同じようなシンボルがあると言いたいのである。

 

 最後に「筒の中を降りていく風」が「受胎させる霊」だと解釈して、「この霊は太陽神から魂の中に流れこみ、魂を受胎させる」のだと解釈している。太陽と風の結びつきは古代にはよく見られるという。

 

 

108パラグラフ

 

 患者とミトラ儀典文が一致しただけではなく、他にも同じようなイメージがある。それがキリスト教の受胎告知の絵だと言うのである。たしかに言われてみれば、太陽から筒が伸びており、その中を風 = 霊 = 鳩が降りていくのだから、不思議なほどよく似ていると言える。このことに気づいたときのユングはどんなに興奮し嬉しかったか、想像できる。だから彼はこの話をあちこちで書いている。私もここを読むたびに、新しい発想による新しい理論の誕生に立ち会うような興奮を覚えるのである。

 

 

109パラグラフ

 

 この儀典書と患者のイメージとが独立に生じたということの証拠として、ユングはこのギリシア語のパピルス文書がこのエピソードの四年後に出版されたという事実を挙げている。しかし厳密に言うとそれは間違いで、ユングが読んだのは第二版であり、1910年の出版であった。ということは、このエピソードは1906年のことだということになる。

 

 第一版は1903年に出ていたのだが、そのときにはこの患者はすでに入院しており、精神病院の中にいた彼がこの本を見た可能性は皆無に近いであろう。ユングでさえ、1910年の第二版のときに知って手に入れたくらいである。要するに患者の幻像は歴史的な資料とはまったく独立に生じたと言って間違いないのである。

 

 

110パラグラフ

 

 以上の例は、この幻像が元型的だということを証明するためではなく、こういうふうに研究を進めていくのだという例として出したのだと断っている。それは、これだけでその幻像が元型的なものだという証明になっていないのではないかという批判に対する牽制をしているとも受けとれるが、ユングの気持ちとしては、よそでもっと体系的な証明をしているので、それを見てほしいと言いたいのであろう。

 

 すなわち、あるシンボルが元型的であると言えるためには、それが個別の偶然的なものではなく、一方では他にもいろいろと類似のものがあり、したがって類型的なものだということを証明しなければならないし、また他方では数百個にものぼる夢のシリーズを辿って、そのシンボルの変形や親戚が続いて出てきていることを追跡しなければならない。そのことを実践した代表作が『心理学と錬金術』だと言うのである。ここまで言われると、元型論に関心を持つ人間は、ぜひとも『心理学と錬金術』その他の錬金術研究に取り組まなければならなくなる。

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