フェミニズム批判

 

19 千葉県の男女共同参画条例の危険性

       (平成14年8月26日初出)

   継続審議に(平成14年11月3日加筆)

 

 千葉県で制定されようとしている男女共同参画条例はラディカル・フェミニズム条例になろうとしている。日本文化を破壊し「思想の自由」をふみにじる「思想統制的」ファシズム的な条例をなんとしても阻止しなければならない。(平成14年8月23日付け『日本時事評論』が千葉県の男女共同参画条例について論じている。それなどを参考にして、千葉県の問題点を明らかにしてみたい。)

 堂本暁子知事は参議院議員時代から男女共同参画に熱心だった。それに加え、男女共同参画社会基本法制定の立役者、東京大学教授・大澤真理氏が千葉県男女共同参画推進懇話会・条例専門部会の委員として指導的役割を果たしている。条例専門部会の議事録を見ると、公正で中立な専門部会ではなく、フェミニスト条例制定の作戦会議の様相を呈している。

 たとえば、その第一回会議において、ある委員がこう発言している。「国の男女共同参画社会基本法が薄まったものをつくっても意味がない。少なくともそれ以上のものをつくらないと……」

 またその会議がまとめた「中間報告」の「基本理念」の中には「基本法は、国民に具体的な権利、義務を課すような規定を書けなかった。……条例では、具体的にどのような権利が認められ、尊重されるのか分かるように記載するのが良い」とも書かれている。千葉県の条例では、国の基本法よりももっと徹底したジェンダーフリーを推進しようとしているのである。

 同懇話会・条例専門部会では昨年12月に「条例に盛り込むべき事項・検討の論点および条例専門部会の意見」と題する「中間報告」を発表し、この7月には同懇話会から「条例の基本的な骨格について」という知事への「提言」をまとめているが、「中間報告」と「提言」の中にはフェミニストたちの本音が盛り込まれている。それは徹底したジェンダーフリー思想である。

 

本音を隠す汚いやり口

 

 ところが、この本音は県民には巧妙に隠されている。この「提言」を受けたわずか2週間後、8月5日付発行の県の広報紙では、条例の基本的骨格(概要)と称するものを掲載しているが、その中には過激なジェンダーフリー思想はおくびにも出さないで、やわらかい表現になっている(下記の対照表参照)。

 このように本当の内容を隠して法を制定してしまおうというやり口は、「男女共同参画社会基本法」のときも「介護保健法」のときも同様であった。後者のときは審議会は秘密会にされていたのである。国民や県民の目や耳にふれないところで勝手に決めたことを、議会ではろくに審議もしないでこそこそと決めようという姿勢である。民主主義もなにもあったものではない。

 そもそも中間報告・提言を作成した過程に大きな問題がある。条例専門部会では県民意見発表なるものを行い、表向きは県民の意見を聞く手続きを踏んだように見せかけている。しかし意見発表者を公募したわけではなく、賛成者だけを集めて意見発表をさせ、県民の意見を聞いたと言っているにすぎない。

 官僚が審議会を左右し、勝手に法律を制定してきた我が国の「民主主義」の悪い慣習を悪用しているのである。意図的に民主主義をふみにじるものと言わなければならない。

 フェミニストたちの姑息な手口を明らかにするために、以下に「広報紙」に紹介された内容と「中間報告」「提言」で示された内容を比較してみたい。

 

「広報紙」と「中間報告・提言」の比較表

 

1 条例に対する基本的考え方について

「広報紙」

基本理念

 男女共同参画社会基本法の五つの基本理念をベースに、「男女共同参画

を阻害する暴力的行為の根絶」、「生涯にわたる女性の健康支援」を加えること。

 

「中間報告・提言」

強権的義務条例の制定を目指す取組

 基本法では、国民に具体的な権利、義務を課すような規定を書けなかったが、千葉県の条例では具体的な権利(県民を縛り強制する)を記載すること。

 

2 県民や事業者を具体的に規制する措置について

「広報紙」

雇用の場における男女共同参画のための取組

 女性が子どもを産み育てながらも意欲を持って働き続けられるよう、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法などの遵守について、事業者の主体的取組を奨励、支援すること。

 

農林水産業および自営の商工業の分野における男女共同参画の取組

 生産や営業活動に重要な役割を果たしている女性への適正な評価と、方針決定の場への参画を進めるための環境整備などの措置を講ずること。

 

「中間報告・提言」

県民の旧来の意識を改め義務を課すための取組

 県民の旧来の意識を改め、自らの「意思」ではなく、自ら「進んで」男女共同参画社会づくりに取り組むことを県民の責務とすること。

 

男女共同参画を入札参加の条件にして思想統制

 事業者の男女共同参画への取組の状況が「優良」であることを県事業での入札参加や契約の条件とすること。

 

事業者を監視し評価する手段 

 県は、事業者の取組を監視し評価する手段として、事業者から男女共同参画の進捗状況について報告を求めることができるようにすること。

 

3 性についての自己決定権を条例に盛込むことについて

 

「広報紙」

男女共同参画を阻害する暴力的行為の根絶

 セクシュアル・ハラスメントやドメスティック・バイオレンスなどの根絶のための措置を講ずること。

 

生涯にわたる女性の健康支援

 女性の健康支援と医療の一層の充実、発展を図るための取組を進めること。

 

「中間報告・提言」

「性についての自己決定権」の条例化 

「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性についての自己決定権)」は、「生涯にわたる女性の健康支援」と表現する工夫をして、基本理念などに追加すること。

 

子供のころからの性教育などの促進

 学校教育など教育・学習分野での性別にとらわれない取組(ジェンダーフリー教育)はもちろんのこと、性及び子どもを生み育てることについて、理解を深め、子どものころから自らの意思で決定(ラブ&ボディBOOKでは、「リ・プ・ロ」と呼称)できるような性教育を促進するなどの施策を行うこと。

 

4 県民相互の問題に対する介入や監視機関の設置について

「広報紙」

苦情処理・相談

 県の施策に関する苦情や性差別などの人権侵害の相談を受け付け処理する、第三者による機関を設けること。

 

「中間報告・提言」

民事介入まで考えた苦情処理・相談

 県の施策に関しての苦情・相談だけでなく、県民相互の私人間での人権侵害問題(民法上の問題)に対しても是正を求める(民事介入)ことができるようにすること。

 

県民を監視する機関の設置

 審議会という名前であるが、知事の諮問など受けなくとも、男女共同参画に関する県の施策の県民への影響を調査し実施状況を監視する権限を持たせるようにすること。

 

意味不明という危険

 

 以上の「中間報告・提言」の部分がフェミニストたちの本音であり、彼女らが本当にしようと思っていることである。「広報紙」では口あたりのいい曖昧な表現になっていることが、いかに徹底したジェンダーフリー思想に基づいているかが分かる。しかしこの「本音」、過激だということは分かるが、その意味をきちんと理解しようとすると、われわれは当惑するばかりである。というのは、その正確な意味がまったく分からないからである。「男女共同参画社会をつくるべし」と言われても、肝心の「男女共同参画社会」とはどういうものか、具体的に定義されていないからである。

 ということは、どんな具体的な内容でも、条例で強制される可能性と危険性があるということである。

 たとえば、「男らしさ」「女らしさ」を認めるのか、専業主婦を認めるのか。

 

  県民の旧来の意識を改め、自らの「意思」ではなく、自ら「進んで」男女共同参画社会づくりに取り組むことを県民の責務とすること。

 

と言うが、専業主婦は社会に参画していないと考えて、専業主婦をなくすことを「進んで」実行せよ、県民の責務とせよ、ということなのか。

 専門部会の「意見」の中には

 

 県がすべての施策を実行するときに、「ジェンダー」の視点を入れて洗い直してみる。チェックしてみるということを是非盛り込むべきである。

 

と書かれている。ということは、専業主婦という生き方は「ジェンダーにとらわれた旧来の生き方」として否定され、チェックの対象になり、行政の施策の対象として否定される恐れがある。

 「性の自己決定」を大切にせよと言いながら、「生き方の自己決定」は許さないで、「旧来の意識」と決め付けられた生き方をなくすことを「県民の責務」とされてしまうのか。

 

事業者を監視し評価する手段 

 県は、事業者の取組を監視し評価する手段として、事業者から男女共同参画の進捗状況について報告を求めることができるようにすること。

 

と言うが、「進捗」の基準は誰が作るのか。

給与、昇進体系を同じにするということなのか。

女性の雇用人数の割合を増やすということなのか。

それとも一定の割合で女性の管理職を作れということなのか。

それどころか、男女共同参画への取り組みが足らないと「評価」された企業は、県の事業の入札参加や契約を制限されることが提言されている。これは思想信条によって差別されることを意味しているのだ。

 

生涯にわたる女性の健康支援

 女性の健康支援と医療の一層の充実、発展を図るための取組を進めること。

 

 どうして女性の健康だけ「一層」充実させるのか。それほど女性の健康支援は男性に比べて遅れているのか。ことさらに「女性の健康支援」だけを言う方がよほど差別的ではないか。

 

 子どものころから自らの意思で決定(ラブ&ボディBOOKでは、「リ・プ・ロ」と呼称)できるような性教育を促進するなどの施策を行うこと。

 

 『ラブ&ボディBOOK』は国会で取り上げられ、大問題になって、絶版にされた非常識な性教育の本である。それを推奨している。

 「子どものころから」性教育をすれば、小学生が自らの意志(「自己決定」)でどんな性行動をしてもいいのか。

 

 このように、いくらでも疑問点が出てくる。法律や条令は正確な定義と意味の限定が必要であるが、これではいくらでも拡張解釈が可能であるだけ、市民の人権が侵される危険性が高いと言える。

 

強制と監視の恐怖政治

 真に恐ろしいのは、この「提言」の背後に、性差を完全に否定するジェンダーフリーの思想が隠されていることである。しかもその思想を強制(「県民の責務」)し監視しようという「思想統制」の意思が明確に盛り込まれている。

 ジェンダーフリーを守らない家族や企業を監視し、守らない家族には干渉し(プライバシーの侵害の恐れ)、守らない企業には県の公共事業をやらせない(入札参加や契約の条件にする)などの罰則を設けようという強権的な条例案である。

 このような条例が通れば、県民の民主的な権利や人権がふみにじられる危険が大きい。

 この条例案は9月の定例議会に提出される。女性知事になると、こうも極端で偏った政策が推進されるという典型的な例である。千葉県民は今こそ立ち上がり、このファッショ的な条例を阻止しなければならない。

 ちなみに、今行われている長野県知事選挙でも、「長野県に女性知事をつくる会」が積極的に関わっている。30日には森山法相が応援演説に訪れるそうだ。長谷川知事が実現したら、千葉県と同じジェンダーフリー政策を推進するのは確実であろう。

 

 

加筆 継続審議に

    (平成14年11月3日加筆)

 

 堂本知事が「日本一の条例」だと自慢していた(たしかに過激さと非常識な点では日本一だ)千葉県の男女共同参画条例は、自民党を中心に反対が多く、継続審議になった。なにしろ千葉県の自民党は議会の70パーセントを占めており、圧倒的な優勢を誇っている。自民党が目覚めてくれれば、文化破壊的な馬鹿げた条例は阻止できる。

 

自民党が反対している点とは

 堂本知事と自民党県議団が決定的に対立している点とは、第一は「男女が性別にかかわりなく個性や能力を発揮できるように」という規定。自民党は「性別にかかわりなく」という部分を削れ「男女の違いを認めよ」と主張している。

 「性別にかかわりなく」と言われると、一見もっともだと感じてしまうが、「性別にかかわりない個性や能力がありうるのか」と考えてみると、「性別にかかわりなく個性や能力を発揮できる」という表現のおかしさが明らかになる。「個性」も「能力」も「性別に関係のない」ものなどありえないのだ。「男女の違いを認めよ」という自民党の主張の方がもっともである。

 第二は、性および子を産み育てることを「自らの意思で決定できる」としている点。自民党は「性の自己決定」という考え方、とくにこの思想で子供を教育するという思想は、まだ自己決定ができない子供に対しては危険だと主張している。この点についても自民党県議団の主張はあまりにも当然であり、良識ある考え方である。

 

『朝日新聞』のフェミ翼賛的キャンペーン

 ところがこの問題について、『朝日新聞』の10月22日の早野透氏の「ポリティカ日本」は「男女共同参画バックラッシュ」という題名を掲げて、全面的に堂本知事をバックアップする記事を書いた。まるで堂本氏が正しいことをやろうとしているのに対して、自民党の古臭い「分からず屋」たちがごねているとでもいうような書き方である。堂本氏が正義の味方で、自民党が悪代官のような扱いである。

 早野氏は自民党が「性の自己決定」の規定に反対していることを指して、これが「自民党には気にくわない」と書いている。「性の自己決定権」の問題については、気にいるか気にくわないかという問題ではなく、きちんとした理由で危惧が表明されている。「気にくわない」という言い方はじつに公正と客観性を欠いた書き方である。

 さらに『朝日新聞』は「性の自己決定権」が男女共同参画にとって不可欠だとする佐藤和夫氏(千葉大学教育学部教授)の意見を10月26日に載せた。『朝日新聞』は千葉県でこの問題が最大の争点になっていることに援護射撃をするつもりであろう。堂本知事の男女共同参画条例をバックアップするためのキャンペーンを張っている。

 佐藤氏は自民党が条例案の中の「自らの意思で決定できるよう」という文章を削るように求めていることに対して、

 

 しかし、自らの意思で決定したという確信のないままに女性たちが子どもを産むという状況になれば、女性自身だけでなく、生まれてくる子どもにとっても厳しい条件がふりかかる。

 自己決定のできる性教育の必要性を否定するということは、無知なままにセックスを行い、計画性もないままに子どもが生まれる状況を事実上肯定することになり、女性たちを深く傷つけることになる。

 

と書いている。

 相変わらずの詭弁とすりかえである。

 「自己決定のできる性教育の必要性を否定するということは、無知なままにセックスを行い、計画性もないままに子どもが生まれる状況を事実上肯定することにな」るというのは、悪質なすりかえである。

 誰一人「自己決定のできる性教育の必要性」を否定してはいない。そもそも教育の最終目標は、子供たちが正しい自己決定をできるようにすることである。しかしそれには判断力を養うための長い人格的な教育が必要である。判断力が充分でない未成年の子供に対して、「自己決定してもいい」という前提で性教育をしてもいいかどうかが、争点なのだ。

 子供たちはまだ自己決定の能力がないという前提で性教育がなされなければならない。すると、どうして「無知なままにセックスを行い、計画性もないままに子どもが生まれる」ということになるのか。

 結婚を前提にしないセックスはやめよう(純潔を大切にしよう)とか、自力で生活できる大人になっていないのに、子どもを産むことになるセックスはいけないといった性教育すればいいだけの話ではないか。性教育の中で、どういうことを教えるべきなのかが問題になっているのである。無知なままで放っておいてよいなどとは誰も言っていないのである。

 中学生にまで「性の自己決定」を進める本が配布されて問題になったが、こういう馬鹿げた議論を大学教授がするとは、これこそ曲学阿世の徒と言うべきである。教育学部はどこでも左翼が占領していて、フェミニストに媚びる発言をし、それを『朝日新聞』が珍重して発表させている。

 全国一ラディカルな千葉県の男女共同参画条例を断固粉砕して、自民党は新しい良識的な条例を提案してほしい。現在その方向で準備がなされているようなので、宇部市に続いて良識的な男女共同参画条例が千葉県で成立する公算が高くなっている。

 

北朝鮮寄りの政治活動をしてきた堂本知事

 最後に、堂本氏が正義の味方などではないという証拠を一つだけ示しておこう。彼女は北朝鮮ときわめて「友好的」な立場をとり、四度も北朝鮮を訪問し、金日成や金正日とにこにこと握手したのだ。「社会主義」を名のるスターリニズム国家が、人民を苦しめ隣国を敵視する悪質な独裁国だということがすでに白日のもとに明らかになっていたときにである。

 堂本氏は北朝鮮の独裁政権を批判したことはない。むしろ支持してきたのではないのか。千葉県民は、その点をもっと追求すべきである。