フェミニズム  

13 菅原レポートの非科学性

 

  ── イデオロギー主導の偽「研究」

  ── ウソに加担する新聞社の責任は?

 

 忙しかったので書く暇がなく、数ヶ月が経ってしまったが、見逃すことができないので、改めて菅原レポートの有効性を問題にしたいと思う。読む人の便宜のために最初に結論を書くと、この「研究」はきわめて非科学的な、いかがわしいものであり、学問的良心のない、イデオロギー主導のエセ「研究」である。

 その研究は、「子供が3歳になるまでに母親が家の外に働きに出ても、子の発達に悪い影響を与えないことを、国立精神神経センター精神保健研究所の菅原ますみ室長らが16年の追跡調査で確かめた」と、各種の新聞が鳴り物入りで取り上げたものである。

 「母親が働いても子どもの発達に悪影響はない」という結論に導く研究は、今までも繰り返し何度となく現われてきた。そういう研究がこれほど繰り返し現われる (それも結論は判で押したように「悪影響はない」とされる) ということ自体、母親の就労が子になんらかの悪影響があるのではないかという疑問の強いことを示している。

 さらには若い母親の世代を労働力として使いたい利害関係者がいかに多いかをも示している。

 今回の「研究」も、発表されるや『朝日新聞』はじめ全国の非常に多くの新聞が一斉に報道した。とくに共同通信からの配信に依存している、いわゆる地方紙がそれこそ判で押したように「母の就労は子育てに無害」といった見出しで、かなり大きく目立つ形で扱った。 

 とくに典型的だったのが『新潟日報』であり、平成13年4月29日付けの記事は

「大丈夫 お母さん働いて

   幼児期就労 子育てに無害」

という見出しであった。リードの部分には「子供が3歳になるまでに母親が家の外に働きにでても、子の発達に悪い影響を与えないことを、国立精神神経センター精神保健研究所の菅原ますみ室長らが16年の追跡調査で確かめた」と書かれていた。

 「確かめた」という書き方は、まるでその研究が「決定版」と言えるほどに科学的で周到なものであり、信ずるに足るものだと信じ切っていることを示している。

 しかし、もしその研究が非科学的なものであり、信ずるに足らないものだったとしたら、どう責任を取るというのだろうか。

 はじめに断っておくと、私は「乳幼児期の母親が家の外に働きに出ることは、子どもの身体的・精神的発達にとってよい条件を保証しにくい、というより悪条件になりやすい」という見解である。このことを私は学問的良心をかけて主張している。

 この問題は、たとえばある研究が「女性が働くことを後押しするか、邪魔する (足をひっぱる) かどうか」といった問題以前の、客観的・科学的研究としてどうかという問題である。もし母親の就労が子どもの発達にとってマイナスであるという結論になっても、女性の働く形態を再考しなければならなくなるだけのことで、その研究自体は「女性の就労を助ける」ものでも、「妨害する」ものでもない。

 「母親の就労が子の発達に影響ある」という研究結果も、「影響ない」という研究結果も、それが本当に科学的なものならば、それをふまえて対策を考えればよいだけのことで、いずれにしても母子の幸せに役立つのである。大切なのは研究の客観性と科学性である。きちんとした科学的根拠があるなら、どちらの結論が出ようが、それは母子のためになる貴重な研究である。

 しかし科学的根拠が薄いのに、「母親が外に働き出ることは悪影響がない」と言い切ると、もし悪影響があった場合に、たいへんな弊害を産み出すことになる。そういう重大な問題だということを、その報道をした新聞各社はどれだけ意識しているのであろうか。

 新聞の報道によれば、その菅原レポートは、

「母親が幼児期に働いたから、子供に非行など問題行動が表れる」とする説を否定し、働きながら子を育てる女性達を励ますデータだ。「3歳までは母親の責任で子育てすべきだ」とする3歳児神話をあらためて覆した。

とされている。

 本当に「励ますデータ」であるためには、その研究が正しい方法と正しい手順で科学的になされていなければならない。もし方法論的に疑問の余地があるものならば、「励ます」どころか「不安を与える」ものとなりかねない。

 

 各新聞の扱いは、その研究がきわめて信頼に値するものだという扱いである。

 たとえば、こういう紹介の仕方がなされている。

 

 同様の結果は欧米の調査で示されているが、国内で母親の就労と子の発達をこれほど長期間調べた研究は初めてという。

 菅原室長らは1984年8月-86年2月に神奈川県内の公立病院で受診した1260人の妊婦を登録し、子供が胎児から14歳に成長するまで問題行動などを郵送や面接で調べた。14歳まで調査できたのは270世帯であった。子供の問題行動は「さわがしい」「ののしり」「かんしゃく」など21項目を母親に聞いて判定した。

 調査票には、国際的に認められている尺度を使った。

 母親の4人に一人は、子が3歳未満に仕事に戻った。子の問題行動について、幼児期に母親が働きにでなかった場合と比べた。

 子の「キレる系」といわれる衝動的・攻撃的な問題行動は5歳までなら、幼児期に母親が働いていたほうが少なかった。8、10、14歳になると差がなかった。

 子への愛着や、10歳の時子からみた母子関係の良好さにも違いはなかった。

 幼児期に母の就労が子の問題行動をむしろ抑えるよう作用するのは「子育てに多くの人がかかわる{開かれた育児}が、ルールを学ぶ機会を子供に与えているのではないか」という。

 菅原さんは「母親が働くことで、子供の人格がゆがむことはない。子育ては社会全体で支援することが大事だ」と提言している。

 

 これを見ると、この研究がいかにも周到な科学的研究だという評価をしていることが分かる。本当にこの研究はそれほどに科学的で信頼に値するものであろうか。

 否である。この研究は科学的・方法論的に見ると、きわめていかがわしい、客観的根拠に乏しい、欠陥だらけのエセ「研究」である。

 

 以下、その理由を述べる。

 

  菅原室長らは1984年8月-86年2月に神奈川県内の公立病院で受診した1260人の妊婦を登録し、子供が胎児から14歳に成長するまで問題行動などを郵送や面接で調べた。14歳まで調査できたのは270世帯であった。

 

 ここから、この「研究」がアンケート調査だということが分かる。フェミニストたちの「研究」と称するものの大半はアンケート調査に基づくものである。ところが、そもそもアンケートなるもの自体が、客観性においてきわめて疑わしい。質問項目の出し方によっていくらでも「結果」が動くし、また質問項目を回答者がどう理解して答えているかで、結果が動く。

 そのようにアンケート方式そのものが客観性に乏しいという欠陥を、菅原氏の調査は防ぐどころか助長するようになっている。

 すなわちこの調査の問題点は「子供が胎児から14歳に成長するまで問題行動などを郵送や面接で調べた」というところに集中している。

 その問題点を分かりやすく整理してみると、

1 調査によって調査結果が左右されるという問題

2 「問題行動」とは何かという問題

3 「郵送や面接で調べた」という点

4 調査されていない問題がある(1)情緒面の調査が欠けている

5 調査されていない問題がある(2)14歳以上が欠けている

6 調査母体が少なすぎる点

を挙げることができる。それぞれについて説明する。

 

第一の問題。

 こうした調査対象になった母親は、初めから「問題行動」というアンケートの項目 (おそらく一覧表を渡されているであろう) を承知しており、そのためにたとえば毎年一度 (または数度) 調査される度ごとに、それを意識させられる。

 すると、たとえば一年に一度だけ意識するのではなく、常時意識していて、「問題が出ない」ように意識して育てるようになるものである。これは「調査によって調査結果が左右させられる」という問題であり、調査の客観性を損なう可能性がある。したがって実証的研究が第一番に考慮しなければならない客観性妨害要因である。

 問題点を分かりやすくするために、もう少し具体的に言うと、調査対象の人たちが、「問題とされている行動を初めから知らされている」場合には、子どもがその問題行動を取らないように注意して育てるものである。そうすると、「母親が働いている、いないの違いがあっても」(その他いかなる条件の違いがあっても) ( 両者とも上限の「よい」状態に近づくために)、「差異はない」という結果が出やすくなるのである。

 とくにこの場合には「働いている母親」ほど、「悪い結果は出したくない」「よい結果を出したい」という心理が働き、実際に子育てのさいに気をつけたり、報告のときに「よい」方に修正して報告することさえ考えられる。

 つまり自然のままにさせておいて観察すれば問題行動が出る場合でも、「気をつけて修正してしまう」ので、「問題行動が出ない」という結果になりやすいのである。

 要するに、この調査方法は、初めから差異が出ない方法で調査している、または「働く母親」に有利な結論が出る方法で調査しているとしか考えられないのである。

 

 第二の大きな問題は、母親たちにアンケート調査したときに、自分の子どもの行動が「問題行動」の項目に当てはまるかどうかを、誰が判断するのかという問題である。

 すなわち、母親自身が判断して報告するのか、それとも子どもの様子を調査者が具体的に聞いて判断するのかという問題がある。

 母親自身が判断して報告する場合には、母親の主観的判断が入りこみ、客観的判断とは言えなくなる。客観的に見て報告していても、そのような問題がある上に、母親たちの中には客観的に報告しようという意識がなく、勝手に修正して報告する可能性もある。これはアンケート調査の最大の欠陥である。

 他方、母親から子どもの行動を聞いて調査者が判断するという場合には、母親が子どもの行動を細大漏らさず報告しているかどうか分からないし、それがどの項目にどの程度当てはまるかを判断するのはたいへん難しい。

 もっとも前者の場合でも、同様に母親自身がその難しい判断を任されていることになる。いずれにしても、母親や調査者の主観が非常に入りこみやすい調査方法だと言わざるをえない。

 

 第三の問題点は、この調査がどうやら「問題行動」すなわち「不良」と言われる行動を対象になされているらしい (「らしい」というのは、項目の全体が不明であるため) 点である。

 

 子供の問題行動は「さわがしい」「ののしり」「かんしゃく」など21項目を母親に聞いて判定した。

 調査票には、国際的に認められている尺度を使った。

 

 「21項目」について聞いたと言われると、「たくさんの項目について研究したんだな」と思わせられる。また「国際的に認められている尺度を使った」と言われると、いかにも権威があると思い込まされる。はっきり言って、こういう言い方は「はったり」に属する。大切なのは、具体的にどういう項目が入っているかである。内容を知らせないで、ただ権威づけるような紹介の仕方は、「権威がある研究だから信じなさい」と言っているようなものである。ただ「働く母親」を安心させることだけを目的にした権威主義的なキャンペーンではないかと疑われても仕方ないだろう。

 

 第四に、最も重要な問題がある。

 それは子どもたちのコミュニケーション能力・感情・情緒の面は調べたのかという問題である。この点は、今までの「母親就労の子への影響」調査で、つねに出てきた問題である。私も『母性崩壊』の中で、今までのこの種の代表的な二つの「研究」を取り上げて批判したが、その場合にも問題になった最大の点は、身体的発達や知能 (学習) の発達は調べているが、いずれも情緒的安定や人間への信頼感、またコミュニケーション能力についての科学的研究はできていないという点であった。

 この菅原氏の「研究」においても、その点でめざましい成果を挙げているとはとうてい思えない。子どもの情緒面は、大切なこととしてはじめから研究の関心・対象に入っていないのではないか。

 これは、「欠けているデータがある」「その欠けているデータが提出されないと、その問題について結論を言えないはず」なのに、結論を言ってしまっている、という問題である。

 第五に、14歳までしか追跡されていない点。じつは子どもの問題が出るのは、心の病という形であれ、犯罪という形であれ、14歳以後の方が圧倒的に多いのである。14歳までに問題が出ないからといって、14歳以後に出ないという保証はまったくないのである。少なくとも20歳まで追跡調査をしなければ、「追跡調査」の名にふさわしい調査とは言えない。心の病に関して言えば、大学生になって出る例が非常に多いのである。また「キレる」現象も児童よりも中学生から高校生にかけての方が多く見られるかもしれない。14歳までを調べて、結論らしいことを言えると思うのが、間違いである。

 

 第六に、270例という母体数は、客観的研究と称するためには、決定的に不足していると言うことができる。たった270例で、なにか結論を主張できるという意識そのものが、研究者としても、ジャーナリストとしても、あまりに無責任と言うべきである。

 しかも3歳未満に仕事に戻ったのは4人に1人と説明されている。ということは、270分の4だから70人に満たない。270人でも少ないのに、たった70人の、しかも就労形態もさまざまであろう働く母親を調べて、「働く母親」一般を代表させてしまうというのは、乱暴と言うほかない。

 

  以上、菅原レポートの問題点を簡単に述べた。結論は、この「研究」はとうてい科学的なものとは言い難いということである。というより、はじめから一定のイデオロギーというバイアスがかかった方法でなされており、かつてのマルクス主義者の「研究」と同じように、決まった結論に導くためのイデオロギー主導のエセ研究である。

 こんな杜撰なエセ「研究」をもとに、責任あるべき新聞が「乳幼児の母親の就労」に太鼓判を押して、「子どもの心身の発達になんの悪影響もない」、「お母さん安心して働きなさい」と言い切っていいものであろうか。

 新聞をはじめ、マスコミは「母親の就労が子に影響ない」という研究ばかりを大々的に報道し、「悪影響の可能性がある」という主張は絶対に取り上げようとしない。

 

 『統計でウソをつく方法』 (ダルフ・ハフ、講談社) という本の中で、著者は「統計のウソを見破るカギ」として「誰がそう言っているのか ?」「どういう方法で分かったのか ? 」「足りないデータはないか ? 」等を挙げている。

 この「研究」は

1 「誰がそう言っているのか ?」という点に関しては、「よく思われたい」と思っている母親自身が言っていることを根拠にしている、

2 「どういう方法で分かったのか ? 」という点に関しては、アンケート調査につきものの「客観性の欠如」という数々の欠陥がある、

3 「足りないデータはないか ? 」という点については、一番大切な「子どもの情緒」に対する影響と、14歳以降の追跡調査が欠けている。

 要するにこの「研究」は「統計でウソを言っている」好例と言わざるをえない。

 「幼児期就労 子育てに無害」と言い切ったこの「研究」の「悪影響」は計り知れないものがある。

 新聞各社も「ウソ」に加担している。それも女性のために「よい」ことをしているという意識で。いったい新聞社の社会的責任をどう考えているのだろうか。