フェミニズム批判

 

12 好著推薦

 

「短時間正社員」の成功例

長坂寿久『オランダモデル』日本経済新聞社、平成12年4月、1700円+税

 

 フェミニストたちが推奨してきたスウェーデン方式が破綻したことは誰の目にも明らかになっている。スウェーデンモデルは母性と家庭を破壊する恐ろしいモデルであった。では、それに代わって、母性と家庭を大切にしながら、女性の働きたい意欲を尊重することは可能であろうか。その両立を見事になしとげている国がある、と言ったら信じてもらえるであろうか。それが「ある」のである。「ある」ことを実証してくれたのが、この本である。

 この本は、オランダがアメリカやスウェーデンとはまったく異なる発想によって経済を立て直し、家庭を修復したことを示してくれる貴重なドキュメントになっている。その「異なる発想」とはどのようなものだったのか。

 

1 「オランダの奇跡」Dutch Miracle

 

 それによると、80年代初めのオランダ経済は最悪の状態で、財政政策は破綻して膨大な赤字を産み、失業は増大し、税金は高くなり、労働組合運動は激化し、深刻な危機状態にあった。

 この「オランダ病」とまで言われた経済破綻を改善すべく、82年に労使双方のあいだに「ワッセナーの合意」が出来上がった。これは労働者、経営者、政府の三者がともに痛みを分かち合い、努力することを前提にしていた。すなわち

 労働組合は賃金抑制に協力し、

 企業は雇用確保と労働時間を短縮し、

 政府は財政支出の削減、社会保障制度の改革、減税に取り組む。

 この合意に基づいてオランダは20年にわたって社会保障改革と労働市場改革に努めた結果、オランダ経済は見事に立ち直った。失業率について言えば、他のEU諸国が軒並み10パーセント前後なのに、オランダはずっと6から7パーセントできて、ついに99年には3パーセントになった。

 経済の好調さは、ユーロ導入に伴う財政赤字の対GDP比三パーセント以内というEMU(経済通貨同盟)基準を一番に達成したことを見ても分かる。99年には財政が25年ぶりに黒字に転換した。

 このようなめざましい成功は、安定成長の経済戦略と、家族に関わる独特の社会政策によって可能になった。その戦略とはどのようなものか。

 

2 労働形態の見直しと男女平等の新形態

 

 オランダモデルの長所は、一口で言えば、フェミニズムが陥っていたジレンマを見事に解決した点にある。すなわちこれまでのフェミニズムは、女性が働くと言えばフルタイムで働くことしか考えないで、子どもは当然保育所に預けるという形を前提にしていた。それ以外の方式は、たとえばM字型のライフサイクルだとか、夫婦で半分ずつ働くなどという方式は、まったくの非現実的な絵空事として一笑に付されてきた。というより、女性解放に対する裏切り的な考え方だという扱いを受けてきた。

 その結果、一方では女性の母親としてのあり方は制限を受けざるをえなかった。子どもは乳幼児期から他人の手に預けられ、さまざまな問題が出てきていることは、多くの関係者が繰り返し指摘してきたとおりである。

 また女性は苛酷な条件での長時間労働も肯定せざるをえなかった。「機会均等法」という名の男女平等化は、所詮は女性を男性並みに働かせるという結果になっている。その無理を免れようとすると、女性のパート労働になるが、それはフルタイム労働に比べると賃金や社会保障などかなり不利な条件を甘受しなければならなかった。

 このジレンマを勇断をもって解決したのがオランダモデルである。

 オランダはフルタイム労働とパートタイム労働の差別を撤廃したのである。すなわち1996年に、労働時間差差別を禁止する法律が成立し、1時間当たりのパートタイム労働の賃金はフルタイム労働と同一にしなければならない

ことになった。

 労働時間差差別は「より長く職場にいる人ほど有能で、労働意欲も高く、会社にも忠誠度も高く、業績も高い」という前提に立っていた。このような先入観を廃して、労働時間が短くとも、能率には関係しない( もしかしたらかえって能率は高くなるかもしれない )という考え方に立ったのである。

 他方でフルタイム労働の時間を少なくしていった。40時間を38時間へ、さらに94年には36時間にした。  その結果、人びとの働くスタイルが大きく変化した。パートタイム労働者が急増し、3人に1人となった。とくに女性は3人に2人がパートタイムである。そして労働者1人あたりの年間労働時間がきわめて短い国になった。

 夫婦の共働きというと、今までは2人がそれぞれフルタイムで2人分の時間働くという方式しか考えられなかったのに対して、オランダモデルは2人で1.5人分働けばよいという考え方である。あとの0.5人分は家族や子育てや余暇に当てる。

 労働時間差差別がなくなったことによって、オランダでは人びとは三つの働き方から自由に選択できるようになった。第一は週36〜38時間労働で週休2日の「フルタイム労働」、第二は週30〜35時間労働で週休3日の「大パートタイム労働」、第三は週約20時間労働の「ハーフタイム労働」である。その他、臨時的に働く「フレキシブル労働」もある。これは日本語の「アルバイト」に当たるであろう。

 この結果、オランダではワークシェアリングによって雇用が増え、失業率が低下した。また共稼ぎによって家族所得が増えた分、消費が増大し、経済が成長した。

 パートタイム労働の活用によって、オランダの人びとは、育児、疾病ケア、介護、趣味など、人生の多様な局面に応じて、自由に働き方のパターンを選択できるようになった。たとえば、職業に生きがいを見つけてフルに働くことも、また父親や母親の役割を大切にして働くことも、また高齢の両親の介護を優先してパートで働くことも、自由に選択できるようになったのである。

 「アメリカ型の共稼ぎ家族は、妻も夫も同じ勤務時間と所得で限りなく二・〇所得型のタイプを追求してきた。これに対し、オランダの人びとは、ゆとりある家族の生き方を、雇用制度の中に求めてきた。・・・生活優先志向である。家族と共に過ごせる時間、もっと自由になる時間を、オランダ人は新しい働き方に求めたのである。」( p.22 )

 とくにこの方式の最大の利点は、子どもに対する影響である。すなわち子どもに愛情を注ぐ時間的ゆとりを確保することが可能になった。たとえば、夫婦のどちらも週休3日という「大パートタイム」方式にして、それぞれが異なった日に休暇をとれば、最大で六日は親のどちらかが家にいることができる。もちろん土曜、日曜が共通の休日になる場合が多いので、後の1日を別々にとれば、子どもは週に4日も親と一緒にいることができる。

 こうした時間差差別の撤廃は、個々の企業ができるだけ安い労働力を利用したいという目先の利益だけを追求しているかぎり実現しない。オランダでは、労使と国の三者が協力し合うことによって、賃金の上昇を抑制しつつ、しかし他方では実質賃金の低下をくい止めることが可能になった。82年の「ワッセナー合意」以来、賃金上昇率が非常に緩やかになったことで、雇用情勢にも非常によい結果をもたらした。賃金紛争もストライキも減少した。そして購買力も上昇しつづけ、財政も赤字から黒字に転換した。

 

3 子育てと老人介護は家庭の中で

 

 労働時間短縮の最大のメリットは、親が子どもと一緒にいられる時間が増えるという点である。もちろん夫婦の時間も増える。そういう形を通して家族の絆が強まる。家族の絆が単に結果的に強まるというのではなく、積極的に家族を強める方向で政策が考えられているのである。この考え方はオランダに限らず、ヨーロッパ各国でいろいろな形で現われている。

 たとえば、オランダを模範にしたと言われるドイツでは、家族が育児や介護をすると、それが保険料を払ったと同じことと評価され、別に保険料を払わなくても、年金の期間に加算される。これは基本的には、育児も介護も家族の中でなされるのが一番よいという考えに基づくものである。

 たとえばドイツでは、生後3年の育児期間は、外に働きに行かないで家で育児をしていると、保険料を払わなくても払ったとみなされて年金の期間に数えられる。

 同じように、家族の介護も「労働」とみなされる。つまり仕事をしつつ介護を続けると、育児と同様に加算される。つまり保険料を支払ったとみなされる。これを「算入」という。

 これだけでも、いかに家族を大切にしているか分かるが、それだけでなくもっと「進んでいる」のである。すなわちドイツは在宅介護を優先し、さらに在宅介護に対する現金給付を選択できるようにした。このような制度があれば、母親は安心して家で育児ができるし、老親の介護も家庭の中でできる。在宅介護に対する現金給付を全面的に拒絶した日本の制度とは大違いである。

 しかもよいことには、その方式は総コストが安いくつくので、予想を超えて黒字になったという。なんでも国が肩代わりするという日本方式だと、費用がかさんで、国民の高負担が生じてしまう。ただでさえ赤字財政の日本が取るべき戦略ではないのである。

 介護保険の精神から言えば、在宅介護であろうが施設での介護であろうが、平等に被保険者に介護サービスを提供すべきである。現実に老夫婦が連れ合いをみたり、地方などで子が親を介護したりする場合、収入が少ない家庭が多い。家族が介護し外部のサービスを受けないというケースに現金給付をしないというのは、公平の原則に著しく反すると言わなければならない。

 日本ではこれまで、育児支援というと保育所を作ればよいというように、働く女性の育児についてだけ考えられてきた。最も望ましい家庭での育児を支援するという発想が極度に少なかったのは、あまりにも歪んだ考え方だと言わざるをえない。家庭での育児や介護を、年金や手当や税制の面も含めて、できるだけ経済的に有利になるような制度を作っていくべきである。

 

4 家族論から見たオランダモデルの長所

 

 要するに、オランダモデルの最大の特徴・長所は、家族を基盤にしているところ、そして家族の絆を強めることができるシステムだという点にある。

 中でも最大の利点は、親が子どもと一緒にいられる時間が多くなるという点である。すでに私が機会あるごとに強調してきたように、豊かな母性と健全な父性を与えられることは、子どもの心身の健全な成長にとってなくてはならない大切な要素である。今の日本社会においては、この必要な母性と父性がきわめて不足しやすい状況が作り出されている。それは日本が戦後50年間、ますますアメリカンモデルとスウェーデンモデル二つのモデルは家族を破壊する傾向を持つことは理論的にも言えるが、統計事実の上でもはっきりと示されている。

 それに対してオランダモデルは家族を大切にする人びとに有利なように作られている。育児や介護という人間性にとって最も大切に営みを家族の中で行う人ひどを支援するという方向を示しているからである。日本の方向は残念ながら育児や介護を家族の外で行う人びとを支援することばかり考えてきた。今やわれわれは発想を根本的に変えて、家族の機能を充実することに力を入れなければならない。

 それらの機能をできるだけ国や公共機関が行うためには、膨大な資金が必要であり、よほど国が豊かでないと不可能である。しかしよほど豊かな国でも、高福祉を続けていれば、次第にそれが財政を圧迫して、経済は不調になり、高福祉の前提である財政の余裕はなくなっていく。高福祉は長くは続けられない制度なのである。

 家庭での育児と介護は、子どもや高齢者の心を大切にするというだけでなく、世話をする大人にとっても家族という生きがいを与えられることを意味しており、国民全体の精神衛生にとってもよりよいシステムと言える。その上に、経済戦略としても、人びとが希望を持って働くことができ、また安定した豊かさを得られるという意味で、成熟した社会のモデルとして最善のものと言うことができる。

 フェミニストたちは、日本人は性別役割分担意識が根強く、遅れていると批判してきた。しかし母親がとくに乳幼児の育児に優先的に関わるべきという意識は、遅れているどころか、最も正しい意識と言わなければならない。その意識はまたオランダモデルへの移行にとってもきわめて好都合な意識であり、日本はアメリカンモデルやスウェーデンモデルにあまりに特化していなかった分だけ、オランダモデルへの道が開けていると言うことができる。

 ときあたかも、厚生労働省が「短時間正社員制度」の推進を打ち出した。5月17日付け『産経新聞』によれば、「正社員でありながら短時間だけ働く」「短時間正社員制度」の導入を検討している。

 この制度によれば、「給料は働いた時間に応じてもらい、ボーナスや有給休暇も保障される。責任ある仕事をしながら育児や家事に時間を充てことができ、働く女性に大きなメリットがある。企業側も良質な労働力を確保できると期待を寄せる。男性にも適用される見通しで、導入されれば、"働きバチ"から脱皮するサラリーマンも出てきそうだ。」と報じている。

 日経連でも「ワークシェアリング」の選択肢の一つとして検討を始めており、8月までに具体案をまとめる方針という。

 正しい意味で「合理的な」制度への移行が動きだしたと言うべきだろう。それがどう実現していくか見守りたいと思う。