エッセイ

5 スズメ蜂に刺された話

 

 毎夏すごす軽井沢の別荘の軒先にスズメ蜂が巣を作り、これ が日に日に巨大になって、とうとう直径30センチ、タテ5、60センチほどになった。 こんなに大きくなるまでほうっておく人はいないだろう。たいていの人はただちに駆 除ないし撲滅してしまう。  

 しかし私は自然を大切にする主義なので、危険な蜂といえども、むやみには 殺したくない。それに、せっせと巣を作り、朝から晩まで働いている姿を見ていると 、皆殺しにして巣を破壊してしまうのはしのびないのである。

 蜂は、こちらさえ用心していれば、決して危険な生物ではない。近づいて きたときに、こちらが動かなければいいのである。早い動きをしたり、手で払ったり するのが、一番危険である。蜂は攻撃されたと誤解して攻撃してくるからである。ブ ンブンとせまってきても、しばらく我慢して動かないでいれば、何事もなかったよう に去っていく。

 よく小学校の隊列が山で蜂に襲われることがあるが、あれは怖がって手で 払ったり、騒ぐからいけないのである。野山に行く前に先生が、蜂が来たらじっとし ているようにという指導を徹底的にしておくべきなのである。

 このことを承知していた私であったが、油断したために、この夏はなんと 三回もスズメ蜂に刺されるというハメに陥った。くわしい事情ははぶくが、とにかく 三回にわたって四か所を刺されてしまった。最初は不可抗力であったが、あとの二回 はまったくの油断であった。

 最初のときは一度に二か所を刺されたが、すぐに刺された所を絞って、毒 液を出したのがよかったのか、それほどひどい症状にはならなかった。それでも一昼 夜痛くて痛くて眠られなかった。その後、三日間、今度はかゆくて眠られないほどで あった。

 スズメ蜂に二度刺されると死ぬと言われているので、二度目に刺されたと きは、やはり恐ろしかった。二度目が危険というのは、抗体ができているので、体が 過剰に反応するからであろう。このときは頭のてっぺんだったということもあり、二 日目には顔じゅうが腫れ上がって、お岩さんのようになった。熱も出るし、体の調子 もたいへん悪くなった。体が完全に回復するのに十日間かかった。

 知人たちは「医者に行かなかったの!」とあきれ顔である。

 面白いことに、三度目のときは、どんどん腫れが広がって、どんどん引い ていき、回復も早かった。体が慣れて、毒素を体外に出すのが早くなったのであろう 。人間の体というものは、なかなかしぶとく出来ているものである。一度目や二度目 のときよりは、約半分の時間で回復した。

 こうして見ると、二度目が危険というのはたしかに本当である。しかし三 度も刺された人はいないので、三度目が回復が早いということは知られていないよう である。

 自然や生き物を大切にと言ってきた私であるが、本当に自然を大切にし、 生き物を保護するということは、命がけなのだということを思い知った体験であった 。

   (「月刊健康」平成6年12月号・第422号)