エッセイ

2 麻酔なしの手術

 過日、ちょっとした腫れ物を麻酔なしで切除するという経験 をした。

 一応手術ではあるが、手術というほど大げさなものではない 。眼のすぐ下に小さなできものができたが、たいしたことはないだろうと放っておい たら大きくなり、手術しないと治らないと診断された。

 手術の当日になって、私はお医者さんに「麻酔なしでやって 下さい」と突然お願いした。お医者さんは「アレルギー体質ですか」と聞いた。「い え、そうではないんですが、麻酔なしでやりたいんです」と答えた。

 前に一度、歯医者で「麻酔をしないで」とお願いしたら、た いへん機嫌を悪くされてしまい、気まずい雰囲気になったことがあった。

 だから今回、理由を根ほり葉ほり聞かれないで、「いいです よ」といってもらったのは、私としてはちょっと意外でもあり、うれしくもあった。 ただし「痛いですよー」と言って、ニヤッとされたのが不気味ではあったが。

 私が麻酔を断ったのは、それなりの理由があってのことであ る。私は日常的に薬をなるべく使わないように心がけている。添加物の入った食べ物 は絶対に食べない。風邪薬なども絶対に飲まない。抗生物質を使いすぎて、薬のきか ない細菌が出てきたことに対する批判の気持ちもある。食べ物として自然に口に入る もの以外は、入れたくないという気持ちが強い。

 麻酔も当然、体にとっては不自然なものである。麻酔による 身体への悪影響がないはずがない。昔、妻が手術を受けて、麻酔が覚めるときにそば にいたが、その苦しがりようを見て、「麻酔は体に悪い」という実感を強くしていた 。

 もちろん胃ガンを摘出するだのといった、全身麻酔を必要と する場合はしかたないが、ちょっとしたできものくらいで、いちいち麻酔するのはお かしいのではないか、と思ったのである。

 麻酔なしで手術したら、どうなるのか、試してみたかった。 その程度は我慢できるはずだし、がまんすべきではないか。

 私の子どものころは野山を走り回っていたので傷が絶えず、 小学校五年か六年のときに俗に「かまいたち」と言われる、えぐったような大きな傷 を足のすねに負ったこともあるが、今なら数針は縫うところを、医者にも行かず、自 分で手当したこともある。

 傷に効く薬としては、昔はアカチンとヨーチンという二種類 があり、アカチンはまったく痛まないが、あまり効かない。かすり傷くらいにはそれ で用が足りたが、大きな傷には効かない。化膿を防ぐには、ヨーチンでないと駄目だ が、このヨーチンがまたものすごく痛いのである。

 その「かまいたち」のときには、私は毎日自分でガーゼを替 えて、自分でヨーチンを塗っていた。そういうわけで、痛みをこらえることには、多 少は自信があった。

 それで、上記のようなお願いをお医者さんにしたのである。

 若い看護婦さんは顔をしかめて「痛いですよー」と、自分が 手術をされるように身をすくめている。いざ手術が始まってみて、看護婦さんが怖が ったわけが分かった。その痛いのなんのって、気が遠くなりそうな痛さである。頭の てっぺんに電気が走るような、我慢の限度を超えた痛みである。

 痛みには二種類があって、なぜかメスをふるっていなくても 、恒常的にものすごい痛みが走っている。その上にメスで「ぐいぐい」という感じで えぐるときがまた死ぬほど痛い。

 「根っこがあって、それをえぐり出しているんです」とお医 者さんが説明してくれる。なるほどそれでは痛いはずだと納得するが、納得したから といって痛みが減るものではない。まさかこんなに痛いとは思わなかった。< /P>

 覚えてはいないが、おそらく「ウッ」とか、うめいたのかも しれない。私が気絶するかもしれないと心配になったのか、頭上でお医者さんの声が した。「大丈夫ですか」。

 大丈夫であるわけがない。しかし今更「大丈夫でない」とか 「やめて下さい」などと言えた義理ではない。ここはやせ我慢でもなんでも、我慢す るしか手はない。仕方ないので、私は「痛いです」とうめき声で答える。「痛いです 」と答えられるくらいなら大丈夫だと思ったのか、しばらく無言で作業をする。

 しばらくしてまた「大丈夫ですか」と聞く。私は「痛いです 」と答える。何度もぐいぐいとえぐるが、なかなか根っこが取れないらしい。思った より悪質なようだ。

 「大丈夫ですか」「痛いです」を数回繰り返しているうちに 、ふと痛みが軽くなったように感じた。やっていることは同じなので、おそらく痛み の神経が痛みに慣れたのではないかと今になって想像する。最近の脳科学の知見によ れば、こういう場合には脳が麻酔物質を出すらしい。そのせいか、後半はだいぶん我 慢しやすくなった。

 終わって、看護婦さんが尊敬の眼差しで「初めて経験しまし た、すごいですねー」と言った。彼女の説明によると、ずーっと恒常的に痛かったの は、「洗濯ばさみのような大きな金属製のもの」で挟んで引っ張っていたからだそう だ。だいたい眼のまわりは神経がいっぱいあって、痛みには敏感なところである。そ こを金属製の「洗濯ばさみ」でひっぱっていれば、それは痛いはずである。< /P>

 なるほど、手術の方法というものは、現代では麻酔をすると いう前提でマニュアル化されているのであろう。痛みを少なくする工夫などというこ とは、頭にはない。だからたまたま麻酔をしないでほしいなどという酔狂な人間のた めに、急に手術の方法を変えるわけにはいかないのだ。もちろん道具も、柔らかい「 洗濯ばさみ」を急に作るわけにもいかない。だから麻酔を前提にした方法で、麻酔な しで手術をしたことになる。死ぬほど痛かったはずである。

 もっとも昔は戦場では、すべて麻酔なしで大がかりな手術も したそうである。生きるか死ぬか、死にものぐるいの中だから、痛いのなんのと言っ てはいられないのであろう。

 これだけの痛い手術をしたのだから、一晩くらいはズキンズ キンと痛んで眠れないかと覚悟していたら、痛み止めの薬を断ったにもかかわらず、 まったく痛みはなく、その晩は安眠できた。予後もよく、傷跡も残らなかった。私は 勝手に、麻酔をしなかったからだと思ったが、お医者さんの腕もよかったのであろう 。