エッセイ

15 病院で一番えらい人は ?

      (平成21年1月20日初出)

 なぞなぞ「病院で一番えらい人は ?」。

 「そんなの病院長にきまっているだろ」。

 それが違うのです。正解は「ストレッチャーで運ばれている病人」です。

 「ストレッチャー」とは、寝たきりで起き上がれない病人を運ぶための簡易ベッドで、足に車がついています。前後に看護婦が一人ずつついて、ダーッと突き進むと、誰もがサーッと道をあけます。気がつかない人がいても、先頭の看護婦が「すみませーん」と一声かけると、サッとどいてもらえます。まさしく「下ニィー、下ニッ」という感じですから、大名格ですね。もちろん病院長だって、道を開けるでしょうね。ただし病院長がそのへんをぶらぶら歩いているのは見たことがありませんが。

 次にえらいのが車椅子に乗っている人です。歩いている人はたいてい道を譲ってくれます。エレベーターに乗るときだって空間を空けてくれるし、ドアが閉まりかけていても開けてくれます。病院には親切な人がたくさんいるものです。

 その次にえらいのは、点滴の器具を引っ張って歩いている人。周りの人たちは、その器具にふれないように、近づかないようにするので、おのずと道が開かれます。

 その次にえらいのが杖をついている人や、横で誰かに支えてもらっている人です。でも、こういう人は、用心して廊下の端を歩いているので、ぜんぜん「えらい」という感じがしませんね。

 以上が答えですが、或る日、私はこの「正解」を訂正しなければならない光景を見てしまいました。

 なんと、廊下の真ん中を一人のおばあさんが、ふらりふらりと歩いているのです。そこへ折悪しく、例の大名格のストレッチャー様がダーッとやってきました。先頭の看護婦が「すみませーん」と声をかけても、おばあさんは知らんぷり。どうやらこのおばあさん耳が遠いようです。廊下の真ん中を堂々と歩いています。

 おばあさんが左にふらふらと行くので、右側をすり抜けようとすると、右側にふらりふらりといきます。では、と左側をすり抜けようとすると、左側にふらりふらりと行きます。

 ついに諦めたストレッチャー様は、速度をゆるめて、おばあさんのあとから、そろそろとついていきます。おばあさんが目的地の部屋に入ると、やっとストレッチャー様はスピードを早めて突き進んでいきました。こうなると「正解」を「廊下の真ん中をふらりふらりと歩いている、耳の遠いおばあさん」と訂正したくなります。

 「周りの人が道を譲ってくれる」という意味で「えらい」というのなら、「耳の遠い人」が「正解」です。しかし「病気の重い人」が正解ならば、やはりストレッチャーに乗っている人が「正解」でしょうね。「耳の遠い人」が正解ならば、病院には「耳の遠い人」があふれているので、「えらい人」だらけということになってしまいます。

 ところで、私の地位はというと、一時は最高位にいたのですが、このごろではだんだんと下がって、介添えがあれば一人で歩けるほどにまで「低下」してきました。自宅の中では一人で歩けるのですが、病院の中では危険で、とても一人では歩けません。というのは、最も地位の低い、健康な若者の群れが闊歩しているからです。彼らは面会の帰りらしく、数人で廊下一杯に広がり、こちらが車椅子に乗っていても、よけてくれません。仕方なくこちらが片隅に寄って待つはめになります。街中ではよくこういう手合いを見かけますが、病院の中でも彼らは同じ行動様式をとり、病人に道を譲ろうとしません。

 いくら地位が下がりたいといっても、彼らと同じところまでは、落ちたくないものです。

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