エッセイ

13 幸せな最終講義

      (平成17年1月18日)

 私も今年度いっぱいで停年退職することになり、先日いわゆる「最終講義」を行った。と言っても、大勢の卒業生を集めて花束贈呈などという儀式を伴う大げさなものではない。卒業生で「行きたい」と言ってくれた人もいたが、すべて断って、いつものとおりたんたんと、普通に終わりにするつもりであった。

 そのときに述べた学問のあり方については、もう少し暇ができてからまとめてここに発表するが、そのときうれしいことがあったので報告したい。

 講義が終わったら、数人の学生が教壇に来て、「いい授業を一年間ありがとうございました」と言って、紙袋を渡してくれた。「いい授業をありがとう」と言ってもらうことが、一番うれしいことであり、最大の褒め言葉である。よい内容の授業を目指して30数年間教壇に立ってきたのだから。そう言ってもらっただけで十分に幸せである。そのほかに何もほしいものはない。

 その言葉だけで、私は早くも涙が出そうになった。紙袋の中を覗いてみると、なにやら小さい花が見えた。よく見ると薮柑子(やぶこうじ)の実と、黒竜(こくりゅう)の葉と、フキタンポポを寄せ植えにした、鉢植えが入っている(「我が家の花たち」1月の中に写真あり)。よくよく考えた、心の籠った贈り物である。仰々しい花束をもらうより、はるかにうれしく、心にしみ通るような喜びを感じた。

 おそらく私のホームページの年頭エッセイを読んで、「小さい可愛い花が好きだ」と知って、皆で相談して探してくれたのだろう。なんと心根の優しい学生たちだろうと思って、また涙が出てしまった。

 他の授業のあとでも、数人の学生から本にサインをしてくださいとか、握手してくださいと言われて、30年あまりの教員生活の中で握手してなどと言われたことは初めてなので、どきまぎしてしまった。

 さらに一人の学生からは、お母さんから預かってきた手紙を「母からのラブレターです」と冗談めかして、CDとともに渡された。家に帰って開いてみると、そこには「よき師との出会いは一生の宝。親として子供を育てる上で一番の願いです」とあり、「我が子の幸運を心から感謝申し上げます」と書かれていた。「よき師との出会い」を子供を育てる上での「親としての一番の願い」と考えている親は、今の世の中どれくらいいるであろうか。多くいてもよさそうなのに、案外少ないのではないかと思う。立派な考えのお母さんもいるものだと感心すると同時に、その人から「娘はよき師に出会った」と言われたことは、退職する私にとって最高の勲章であり、最大の喜びであった。

 この日以来、私は幸せな気持ちがずっと続いていて、毎日満ち足りた気持ちで暮らしている。