エッセイ

12 平成17年酉年・年頭エッセイ・我が家の花たち

      (平成17年元旦)

 明けましておめでとうございます。
 災害の多い暗い年も終わり、新しい年が明けました。今年は良いことがたくさんあるように、少なくとも悪いことがないように、不幸な人が出ないようにと祈らずにはいられません。

 日頃、本ホームページを訪問していただき、またいろいろな情報も寄せていただきまして、まことにありがとうございます。お陰様でアクセス数も80万近くになり、ささやかながらマスコミに対抗する発信源として、橋頭堡を築くことができたという感じがしています。これからもどうぞよろしくお願い致します。

 本HPも最初はこんなに膨大になるとは思っていなかったので、目次もずらっと並べるだけで、だんだん見にくくなってきました。近くレイアウトなどを大改造し、内容も整理したいと思っています。

 いつもは論争や殺伐とした話題が多いので、正月くらいは美しい話をしたいと思います。この一年、トップを飾ってきた「我が家の花たち」について書きます。固い印象を少しでも和らげようと、昨年2月よりトップに「我が家の花たち」を載せています。

 この話をある知人にしたら、「花って植物の花 ?」と聞いてきました。「我が家の美人」が載っているのなら「是非見るのになあ」と。この男、粋な男と言うべきか、不純な奴と言うべきか。冗談はさておいて、


カメラにまごつく

 最初にアイディアを出してくれたのは娘です。名案だというので、さっそく実行しようとしたのはいいのですが、しかしカメラには30年くらいほとんど触っていない。なにしろ娘が子供のときにたくさん撮った以後は、愛用のカメラはお蔵入り。そのカメラはすべてが手動で、蛇腹(じゃばら)が出てくる。シャッター速度、絞り、距離をそのつど設定するという、今では骨董品でしょうね。絞りやシャッター速度はその日の天候などを考慮して前もって合わせておき、距離は子供の動きに瞬時に合わせてシャッターを切るという離れ業をやっていました。なかなかの傑作も多く、じつは『父性の復権』『母性の復権』に載せてある子供の写真は私が自分の子供を撮ったものです。

 さて、30年ぶりに花を写してHPに載せるとなると、すぐにパソコンに取り込めるのでないと、不便です。昔のカメラを使うわけにはいきません。そこで娘のお下がり(お上がり?)のデジタルカメラをもらうことになりました。これが自動なのです。「今はみんなこうなのよ」と言われて、使ってみたら、なんとも不便なこと。カメラが勝手に判断して、こちらの意志は無視される。

 絞りが広いとみえて、明るくなってしまい、ピンクの花も薄紫の花も、みんな真っ白になってしまう。おまけに、小さい花を写そうとすると、背景にピントが合ってしまい、肝心の花はピンボケになってしまう。だから、初めのころの写真はピンボケやハレーションが多かった。

 娘に文句を言ったら、説明書を読んでくれて(私は目が悪いので細かい字は読みにくい)、じつはこのカメラ、なかなかの優れもので、いろいろなことができると分かった。小さい物に焦点を合わせることも、絞りを調節することもできるのだった。

 なんとかカメラに慣れて、ましな写真が撮れるようになったのは、4月くらいから。牡丹の写真はいい色が出た(自慢の作品)。ほかにシャガ、美容柳、夏椿など、美しい姿と色が出て、自己満足にひたることができた。6月の「さるなし」や「春咲秋明菊」はインターネットで検索しても、私のようにうまく撮れている写真はない。「日本朱鷺草」はほんとうに朱鷺が乱舞しているように撮れた。「さるなし」のように、ぶらさがって葉の蔭に隠れている小さい花も下から写してアップにするなど、いろいろと工夫ができるようになった。自慢をすればきりがないので、このへんで。


茶花(ちゃばな)の感覚

 小さい花や素朴な花が多いのには、二つの理由がある。一つは母の影響。もう60年も昔のことだが、私が小学一年のときに、母と弟の三人でたんぼの中の細い田舎道を歩いていた。もちろん今のように鋪装はされていない。周りには野の草が一面に生えていた。道そのものにもオオバコなどの草が生えていた。そのとき母が路傍に咲く小さい名もなき花を指差して「母ちゃんはなァ、こういう小さい花が好きなんだに」と言った。60年たっても、その場面だけを鮮やかに覚えている。

 美しいという感覚や色の好みは、ごく幼いころに決められてしまうらしい。とくに、何かに出会ったときの母親の反応が刷り込まれて、その人の一生の感覚を決めてしまうそうだ。私の花の好みの基本は母によって与えられたらしい。

 もう一つよい影響を与えてくれたのが妻の趣味である。妻は「お茶」が趣味であるが、ただし家元制度は嫌いで、営業している師範には習わないで、営業していない本物の先生を探し出しては教わってきた。利休はじめ茶の理論や、当時の懐石料理も勉強している。その中に「茶花」という領域がある。茶の席には花を活けてもてなすしきたりであるが、その花を「茶花」という。あまり派手でない季節の花を一輪と、葉を少々という感じの、質素な中にも凛とした心地よい美しさがある。

 「茶花」では、「照葉」(てりは)と言って、紅葉した葉も花として扱う。また赤い小さな実も花として扱う。晩秋から冬にかけて花が少なくなるのを補う意味があるのだろう。我が家の庭にも12月から1月には花がなくなってしまったが、「照葉」と赤い実を飾ることができた。「千両」「万両」「薮柑子」「青木」などの赤い実は宝石のようで、花のかわりをじゅうぶんにしてくれる。

 妻と私の趣味、そして幸いなことに同居している娘夫婦の趣味も一致して、庭にはいわゆる地味な花が多い。西洋渡来の派手々々しい花は植えられていない。地味というより、日本に昔からあるおとなしい、つつましやかな花が多い。例外は牡丹と泰山木くらいなもの。もっとも昔から日本にある花といっても、牡丹をはじめ、もとをたどると中国から来たものが多い。牡丹も唐の時代に珍重され、流行ったそうで、すでにそのころいろいろと品種改良がなされたそうである。


花を育てる

 花の写真を撮るというと、そこにある花を写せばよいと思われるかもしれないが、じつは花を咲かせるのには相当な努力がいるのである。まず気に入った花を買ってきたり、人と交換したりして集めなければならない。植える場所の配置も考えなければならない。草取りもしなければならない。それに昨今はダンゴ虫が大量に発生して、小さい花だと根っこから食ってしまう。それを退治したり、侵入を防いだりしなければならない。

 また昨年はチャドクガという毒性の強い毛虫が大量に発生して、これに触れるだけでなく、風で飛んでくる毒針が皮膚についただけで発疹のようになって痛がゆい。私も一度ならずやられたことがある。

 毛虫は毒を持っているのが多いし、蛾になると思うと、ちゅうちょなく退治しやすい。それに比べて、芋虫は蝶になると思うと殺すのはしのびない。とくに我が家の庭には柑橘類が多いので、揚羽蝶の幼虫が多い。油断をしていると大きくなって、もうすぐ蛹になりそうな姿で発見される。食わせてやるかと仏心(ほとけごころ)を起こして、そのままにしておくと、小さな山梔子(くちなし)の木など一日で丸坊主にされてしまう。対策は早く見つけて「駆除」することである。「虫めずる姫君」が聞いたら目をむいて怒りそうである。考えてみれば人間の勝手で、選別をしていることになる。花を優先するか昆虫を優先するか、しかし昆虫を優先したのでは花も野菜も絶対に育たないことは確かである。虫対策が一番苦労する。

 それだけではない。花が咲くころにだけ世話をすればいいというものではないのである。花の時期以外にも、いろいろと世話をしなければならない。普段ほうっておいたのでは次の年に咲いてくれない。剪定をしたり、肥料をやったり、とくに夏場にたっぷりと水をやらなければならない。たとえば藤は花が散ったあとに肥料をやるのはもちろんだが、夏にどんどん水をやらないと、次の年に花をつけない。花の命は短いが、一年を通じて世話をしてやらないと、花を咲かせないのである。次の年に蕾が出てくると、「おおっ、今年も咲いてくれるか !」と感激してしまう。

 花が終わったときにやる肥料のことを「お礼ごえ」と言う。美しい言葉である。咲いてくれた花にお礼を言うなどという感覚は日本人独特のものだろう。

 というわけで、その花の一番美しい瞬間を、最も美しい姿でカメラにとらえるのも、ただ写せばいいというものではなく、努力と工夫のいる趣味なのです。もっとも、努力と工夫のいらない趣味などありませんがね。