暴走族取り締まりの勇断 ──警察は父性的対応を

          (平成14年12月3日初出)

 

 11月26日のNHK総合の「クローズアップ現代」で、広島県警の暴走族取り締まりを取り上げていた。

 これまでの警察の暴走族取り締まりの弱腰は有名であった。「暴走族が駅のロータリーをぐるぐる回っていると通報しても、パトカーが後ろをついて回るだけで何もしない、これでは暴走族を守っているようなものだ」などという不満をよく聞く。

 暴走音に迷惑している人たちから見たらまったく生ぬるいとしか言いようがないのは事実である。

 ただ、警察の弁護をすれば、

1 明確な法律違反がないのに検挙したりはできない、

2 高速で逃げる相手に対して、下手に実力行使をして「少年」に怪我をさせると「人権派」弁護士やマスコミにたたかれる、

3 せっかく検挙しても軽い罪にしかならなくて、すぐにまた暴走を始める、

といった問題がある。

 言ってみれば、警察はあちこちから手足を縛られていて、「しっかりやれ」と言われているようなものである。とくに2と3の問題を解決し、警察がやりやすいように環境を整えることが必要になる。

 そういう不利な条件の中で、たとえば神奈川県警などは袋小路を作ってそこに追い込むなど、智恵を絞ってこれまでも懸命の努力を続けてきた。しかしなにせ「怪我をさせてはいけない」とか「免停」ぐらいしか罰を与えることができないなど、縛りが多すぎた。

 そうした中で、広島県警は一つの勇断を下した。暴走行為を繰り返している車にパトカーで体当たりをして検挙するという方針を打ち出したのである。新任の本部長が「無法地帯」と化している現状を改善しようとして出した勇断である。

 暴走族の跳梁のために無法地帯と化している状態を許さないという態度は、あまりにも当然の意思であり、今まで放置してきたことの方が異常であったのだ。

 この方針はたしかに危険を伴う。まかり間違えば大惨事になりかねない。実際にはこの作戦は一人のけが人も出さないで成功し、以後暴走行為は3分の1に減少したという。

 

犯人が怪我をするのは自業自得、警察にはなんの責任もない

 ただし、NHKの扱い方には危惧の念を持たされた。「少年」たちに怪我をさせてはいけないというメッセージが暗黙のうちに盛り込まれていたからである。パトカーの運転をした警察官にインタビューをして「二度としたくないですね」という発言のところだけ放映し、それにアナウンサーが「二度とない方がいいですね」とコメントしていた。

 馬鹿なことを言うものである。二度であろうが、三度であろうが、必要があれば、すべきである。大切なことは、他人に迷惑をかける法律違反は絶対に許さないという姿勢を大人が示すことである。「少年」だからといって甘やかしていいわけがないのである。いや相手が「少年」だからこそ、教育的な意味もこめて、「犯罪は許されない」ということを大人社会が示さなければならない。こういう問題に対しては断固とした父性的な対応をしなければならないのである。

 その場合に、「少年に怪我をさせてはいけない」ということを前提にしてはならない。法律違反の犯罪を犯している者を検挙するときに、抵抗したり逃げたりする場合に犯人が怪我をするのは自業自得である。そういう場合に警察にはなんの責任も罪もない。その点で警察はみじんも躊躇してはならないのである。

 たとえば、バイクに停止を命じたが逃げたので追っていったらバイクが転倒して乗っていた「少年」が怪我をしたという事件があった。それは完全に「少年」が悪いのであり、追っていった警官にはまったく責任はない。マスコミの中には「無理な追跡だ」と批判したものもいるが、バイクが転倒すれば「無理」で、転倒しなければ「無理でない」と言って「無理でない追跡」をしていたら、必ず逃げられてしまうだろう。違反者や犯人が逃げることは絶対に許さないという態度が必要である。

 

発散したければ、自分で考えろ

 もう一つ危惧の念を持ったのは、NHKが「少年」たちの言い分を聞いていたことである。犯罪者に言い分を聞けば、「泥棒にも三分の理」で、なにかと理屈を言うものである。この「少年」も、「それじゃあオレたちはどうやって発散したらいいのか」と言っていた。私なら「馬鹿野郎、そんなことは自分で考えろ」と言ってやる。「もし発散したいなら、他人に迷惑をかけないような方法を自分で探すべきだ。そんなにエネルギーが余っているのなら、なにか世のため人のためになることをしろ」と。

 「スポーツは?」という問いに「そんな場所がない」と答えていた。嘘を言え、車に何百万円もかけたり、「特攻服」に何十万円もかけるのなら、それだけの金をかければたいていのスポーツができるだろう。甘ったれるのもいい加減にしろと言いたい。

 こういう「言い分」を「尊重」するから、いい気になるのである。犯罪に対しては、警察も社会も断固とした父性的な対応をすべきである。相手が「少年」だからこそ、大人社会は犯罪を絶対に許さないという覚悟を示すべきである。

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