母性  

5 保育園の反乱

 

   ──東京都の保育行政に「ノー」

        (平成15年5月19日初出)

 

 5月18日(日)午後5時半からの、TBS「報道特集」を見た。後半は「保育園の反乱」と題する特集。問題点がよく分かる好番組だった。

 東京都の保育行政の方針に従わない保育所に補助金を与えないという問題を扱っていた。

 八王子の共励保育所(長田安司理事長)は、11時間の保育時間と定めている。つまり11時間保育所を開いている。私などは、「11時間なんて! 長すぎる!」と感じてしまう。それだけの時間、子供を預けたら、10時間寝るとして、母親と接する時間は(送り迎えの時間も含めて)最大で3時間しかない。

 11時間でも長すぎるのに、東京都は13時間にせよと「指導」している。この「指導」というのがくせ者で、その指導に従わないと補助金を支給しないというのだから、事実上の「強制」である。

 しかしこの強権的な「指導」に従わないで、「ノー」を言っているのが共励保育園である。その理由は、「そんなに長く保育園にいたら、母子の関わりがなくなり、親が親として育たないから、というのである。じつにまともで良心的で、正しい考え方である。

 この正しい考え方が今の行政には通用しない。行政の言い分は、「延長保育にニーズがあるから」と言う。安田理事長は反論する。「ニーズとは親の都合にすぎない。または女性を働かせようとする側の都合である。子供のこと、親子関係のことを考えていない」と。これまたしごくもっともな言い分ではなかろうか。

 「ニーズ」と言うが、短時間保育に対するニーズもある。「親にとっては負担だが、親子関係とか子供のためを思うと、多少無理でもやたらと延長保育をするのではなく、なるべく短い保育時間にしたい」というニーズである。げんに共励保育所にはそういう園の方針を理解し支持する母親たちが子供を預けている。

 それでも東京都の「福祉局子育て推進課」(中山政昭課長)では、13時間保育を実施しない保育所に対しては、「基準を満たしていない」という理由で切って捨てるのである。

 こんな強権的でファッショ的なやり方がどこにあるだろうか。およそ「福祉」の名に値しない暴挙である。

 どうもフェミニズムがからみ、それに錦の御旗が加わると、必ず強権的になる。この場合も、まず「少子化対策」という錦の御旗があり、そのために「働く女性が子供を産みやすくするため」という第二の錦の御旗が加わった。この旗の前には、いかなる反対もあってはならないとなる。反対する者は悪者であり、どんな意地悪でも、圧迫でもしてよいとなる。恐ろしいことである。

 少子化対策とは、ただ子供の数をふやせばよいという話ではないだろう。育つ子供の質が問題なのだ。少し露骨な言い方になるが、ただ人間の数ばかり増えても、使いものにならない者が多くなったのでは、実質的には少しも少子化対策にはなっていないのである。

 子供が心身ともに健全に育つためには、第一に親の愛情、第二にきちんとした躾が必要である。愛情というものは、ただ持っているだけではだめで、子供との接触を通じて子供に感じられるのでなければ、なんの意味もない。保育所への送り迎えの時間だけが親子の接触の時間で、帰ればすぐに寝てしまうというのでは、子供を物扱いしているのと同じである。もちろん子供は荷物ではないのだから、長く預かってくれるほど便利だという原理だけで考えていい問題ではない。

 もっと子供の心を大切にした保育行政を考えるべきである。その意味でも、この共励保育園の反乱の意味を東京都だけでなく、全国の同様の行政を進めている自治体はよくよく考えてみてほしいものである。

 保育所だけでなく、このごろは幼稚園に対しても、延長保育をやるようにとさまざまな圧力が加えられている。この場合も延長保育をやらないと補助金がおりない。われわれの税金を握っている役人が、偏った価値観で勝手な基準を作って選別をするという生殺与奪の権限を持つのでは、独裁政治と変わらない。

 少なくとも、短い保育を信念をもってやっており、それに対するニーズがあるという状況に対しては、他の保育所や幼稚園と同様の補助金を出すべきである。それをやらないというのであれば、税金の使い方としては不当であり、納税者としては強く抗議をしなければならない。

 それに、保育所ばかりに税金をつぎ込み、保育所を使わない専業ママには援助を与えないのはあまりに不公平。こうしたやり方の背後に、少子化対策の真の動機、つまり若い女性を少しでも長く働かせよう、若くて安い労働力を長時間確保し、景気対策の道具にしようという本当の狙いが見て取れる。

 延長保育をしないという理由で補助金を出さないのは、教育理念や教育方針によって差別をすることであり、憲法違反である。同じ考えの保育者たちが団結して、訴訟を起こしたらどうであろうか。

 

参考 1

 当HPの「母性とフェミニズム」の14「託児時間長い子は攻撃的」を参照されたい。

 米国立衛生研究所が研究費用を拠出し、米10都市の乳幼児1364人の育っていく過程を10年間にわたって追跡調査した結果である( このような調査は、公的な保育調査としては最大規模である )。

 それによると、生後3カ月から4歳半までの時期に、保育園などに週30時間以上預けられた子どもの17パーセントは、幼稚園でほかの子どもに乱暴に振る舞ったり、先生に反抗したりする傾向が強かった。週10時間以下の子どもが幼稚園で問題行動に走るケースは6パーセント以下だった。

 対象となった子どもの託児時間は平均で週26時間。預ける先が保育園でも託児所でも、自宅ベビーシッターに見てもらった場合でも結果は同じ。子どもの性別や家系も結論に影響しなかった。

 

 この調査の結論を保育行政に携わっている人たちはどう見るのか。一日13時間も預けられたら、週5日としても65時間にもなる。アメリカでは30時間が限界として問題になっているのに、日本では55時間だと補助金がもらえないという話なのだ。桁が違う。日本は狂っているとしか言いようがない。

 

参考 2

子供にやさしい家族の復権

  (「東京都私立幼稚園連合会だより」2003.5)

 幼児にとって一番大切なのは、家族の中で感じられるぬくもり、やすらぎ、安心感である。とくに母親と一緒にいる安心感は、大きくなってからの心の安定と人間への信頼感を育てる上でもっとも大切なものである。

 この安心感は理屈以前の本能的・感覚的なものであり、まさに「三つ子の魂百までも」の諺が当てはまる。

 思春期になって問題を起こす子供の成育歴を調べてみると、必ずといっていいほどに、乳幼児期における母子関係が壊れており、子供は母の愛情に飢えている。

 子供にとって、母親と一緒になにかをすることはうれしく楽しいものである。しかし何かをしてやることよりも、母親が「居る」ということが、最も大切なことである。

 母親が本を読んでやるとか、公園や河原に散歩につれていくとか、一緒にケーキをつくることも、子供にとってはすばらしい体験である。しかし母親がただ一緒に居るということの大切さが忘れられていないであろうか。

 ベネッセ教育総研が「家族」について小学校高学年にアンケート調査したところ、四割の児童が母親は専業主婦であってほしいと望んでいることが分かった。「外で働くお母さんのほうがいい」と答えた子供は二割強で、「どちらでもいい」が36%だった(平成十五年二月十七日付『産経新聞』教育面)。

 私の見るところでは、お母さんが専業主婦の方がいいと思っている子供は四割どころではない。本心はほとんど百パーセントの子供が「お母さんは家に居てほしい」である。

 つまり子供たちが望んでいるのは、「お父さんが働いてお母さんが家にいる」という家族の姿である。

 しかしそうした形態を性別役割分担だと否定する人々がいる。彼らは専業主婦の存在そのものを消滅させようとしている。しかしそれは子供たちの心を考えない冷たいイデオロギーである。

 このごろ専業主婦に対する風当たりが強くなり、特別扶養控除が廃止されるとか、年金の保険料を払えとか、乳幼児の母親を外に出して働かせるという政策が幅をきかせている。

 家族のあり方は、子供を健全に育てるという観点から考えられなければならない。つまり乳幼児の母親が家にいられるような家族の形態を大切にしなければならない。

 だとすれば、「乳幼児の母も働ける社会に」という主張がいかに間違っているか明白である。それでは理想にしていることが逆さまである。正しくは「乳幼児の母は働かなくてもいい社会」を目指すのでなければならない。母親が家にいて子供を育てられる社会を理想にしなければならない。そのためには家庭で子供を育てている母親に育児手当を支給すればよい。

 このごろは働く母親のために延長保育・夜間保育が求められ、自治体も延長保育を要求するようになっている。しかし「母である前に女であり、自分らしく生きたい」などと言っていると、子供は宙に浮いてしまう。

 働く母親のためを優先した結果、幼保一体化などといって、幼稚園の保育所化が進められている。しかし園児が長く園にいることは、決してよいことではない。延長保育によって、母子のつながりが希薄になっているという指摘が、保育園の関係者からも出ているくらいである。

 そればかりか母親が働くと家族全体に余裕というものがなくなってしまい、子供の心が豊かになっていかない。

 目先の経済だけを考えると、母親を働かせる政策が出てくるが、国の将来を担う子供を健全に育てることを優先すれば、母親が家にいられる家族の形態がよいとなるはずである。「男は仕事、女は家庭」という家族形態は、少なくとも子供が小さいときは正しい形態なのである。

 

共励保育園のホームページ

http://www.kyorei.ed.jp/

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