母性  

3 うごめく母性否定論者たち

       (平成14年10月29日初出)

 

 時を9月末までさかのぼらせて、問題にしたいことがある。

 選りに選って日朝問題で国中をあげて大わらわのこの時期に、こそ泥のように、坂口厚生労働大臣が「男性の育児休業取得率10%」を義務化するという内容を含んだ「総合的少子化対策案」を首相に提出した。

 「バカな」と私は思わず口に出してしまった。

 

最もバカげた発想

 父親に保育をやらせるという発想は、フェミニズムの中でも最もバカげた考え方である。育児の得意不得意・向き不向きは遺伝子的なものであり、育児の得意な男性が10%もいるはずがないのである。たとえいたとしても、それを義務にするなどというのは、ファシズム的な思想統制以外の何物でもない。

 乳幼児の世話を父親が主としてやれば、当然母乳育児は不可能になる。胎児のときからの母親とのつながりを元にし、母乳を中心にした保育には、母親が最も向いている。育児休業は母親が取ってこそ子供のためになるのである。それを敢えて逆にして、父親が保育をやりたいという夫婦がいても、個人の自由だからいたしかたない。しかし国の制度として義務化(強制)するなどは、狂気の沙汰である。

 「育児は母親がする」というのは、遺伝子的次元で決まっている人類の正常な性別役割分担である。それを覆そうというのは、乳幼児の母親までも働かせて利益を得たい(若い女性のパワーと低賃金を利用したい)経済界の陰謀か、それとも母性を失っている女性たちの陰謀かのどちらかである。

 女性を育児から解放すれば(男性に育児を担わせたり「社会」が担えば)子供を産んでくれると期待しているとしたら、大間違いである。歴史や「男女共同参画先進国」の現状が証明しているとおり、いくら女性の育児負担を減らしても、少子化対策にはならないのである(北欧諸国でも出生率は微増しているだけ)。

 少子化には母性崩壊という深刻な事態が背景にあることを私はことあるごとに主張してきたが、「母親の子育ての苦労を取り除く」ことばかりに関心が向いている。それでは何をしても、出産率は「微増」しかしないだろう。北欧諸国がそうであったように。

 また子供は女性だけで産むものではない。男性の協力なくして子供はできない。もし男性にも保育を義務化するなら、今度は男性が子供を産みたくなくなるだろう。男性に育児休業を取らせるというのは、じつにバカげた発想である。

 厚労省はかつて「育児をしない男性を父とは呼ばない」という巨大なポスターを作った前科がある。あのモデルになった夫婦は離婚した。男が保育をすると、離婚する危険があるという宣伝をしたようなものである。

 今度の提言は、内容がバカげている上に、提出した時期の選び方も、因循姑息である。今、国難の中にあるとも言える忙しい首相に、なぜ急いで提出しなければならないのか。フェミニストどものやり口は、いつでも「どさくさまぎれに」隙を衝いてやってしまえというやり方や、秘密のうちに事を運ぼうというやり方である。

 

正しい少子化対策とは母性を基礎にした対策だ

 正しい少子化対策は、家庭で子供を育てている母親を支援する対策を強化することだ。しかし世の中こぞって「育児の社会化」を言い立てている。『読売新聞』と『毎日新聞』がさっそく厚生労働大臣が提出した案を支持したのは今までどおりのフェミニズム寄りの姿勢からして予想できたところだが、『産経新聞』までもが、9月21日の「主張」欄で「社会全体で子育て支援を」と題して、「次世代育成」というフェミニスト用語を使いながら、男性の育休10%案をまったく無批判に、よいことのように紹介している。

 「母性」を否定して「次世代育成力」と言い直したのがフェミニストたちである。今度の「少子化対策プラスワン」のもとになった、厚生労働相の私的諮問機関「少子化社会を考える懇談会」の委員であり、文部科学省の審議会の座長・大日向雅美氏は、「母性研究のために」自分の子供が乳幼児のときに両親にあずけて、自分では子供を育てなかった人間である。「母性」という言葉を否定し、「育児性」と言うべきだと主張している人間である。

 「母性」を否定する人間たちが、代わりに「育児性」とか「次世代育成力」という機械的な言葉を使いだしたときから、母親による子育ての軽視や無視が始まったのだ。「社会による育児」を全国をあげて推進したスウェーデンでは、子供の犯罪が急増し、やがて世界一の犯罪国になった。いま日本でも少年の犯罪が急増している。この現象と母性否定とは、はっきりとした因果関係がある。母親の愛情への飢餓感や不満感は、子供の攻撃性を増大させ、自暴自棄にさせる。

 「母性」を強調すると母親を追い詰めるとか、母親を苦しめると言うが、それは母性を失っている母親の育児不満を人質にとって利用しているようなものである。

 母性を失っている人にたいてしては個別に支援したり相談に乗るべきであって、制度を変える(正常に母性を持っている母親や夫婦を不利にする)ことによって、母性崩壊者を救おうとするのは間違いである。

 正常に母性を持っている女性たちを優遇することこそ、真の少子化対策である。家庭で子供を育てている夫婦に、育児資金を支給するのが、一番の近道である。小泉政権の少子化対策は、逆方向を向いている。

 

壊れた蓄音機のようなフェミニストの記事

 10月4日付の『朝日新聞』には、杉原里美の署名入り記事が載り、スウェーデンでは4割の男性が育児休業を取り、「親保険」というものがあって、「育児も仕事も」がうまくいっていると紹介している。

 母性を否定し男に保育をさせたから、子供の犯罪が増え、ひいては大人の犯罪も増え、今では世界一の犯罪王国になっているという現状には目をつむり、あいかわらず壊れた蓄音機のように、「育児も仕事も」という馬鹿げた歌を繰り返している。じつは「育児も仕事も」と言いながら、女性が「育児」を捨てて男性にやらせることを目標にしているのが「父親の育児休業」の目指すところである。

 この杉原里美は、私の『主婦の復権』に対して、いち早く反応し、記者の特権であるコラムを私物化して、フェ理屈によって母性を否定した人間である(拙著『フェミニズムの害毒』第二章参照)。

 こういう旧態依然たるスウェーデン賛美の特集を『朝日新聞』はいつまでやらせておく気なのか。スウェーデンの母性否定も、性別役割分担否定も、とうの昔に破綻しており、そのために国家経済も治安も最悪の状態になっているというのに。