9 政治家の節操、小坂英二氏(荒川区議)の場合

          平成19年10月17日初出

 本ホームページを読んでくださっている方は、3年前の荒川区男女共同参画社会懇談会の経緯と真相について、私が逐一報告した内容を、多大な関心を持って読んでいてくださったことと思う。「荒川区問題」は、その後もさまざまなところで取り上げられ語り継がれてきており、また「報告書」をほとんどそのまま条例にする自治体も現れるなど、「荒川区問題」は今もなお、今日的な問題であり続けている。とくに「乱用防止規定」がもたらした衝撃は大きく、フェミニスト側はあわてふためき、またいくつかの自治体が条例の中に入れようとしたくらいである。

 あの報告書に賛成したか反対したかは、政治家の見識を測る重要なメルクマールである。最近、あのときの一政治家の言動(報告書・条例案に賛成したか反対したか)が問題になっていることを知った。私も大いに関係のあることなので、事実関係をはっきりさせた上で、政治家の身の処し方について、私の考えを述べておきたい。

 私たち懇談会メンバーが原案を作った条例案は与党の公明党の裏切りで廃案になったと言われてきたが、じつはもう一つの側面があった。すなわち、自民党から分裂した「尚志会」という保守的な会派があり、もしこの会派が賛成すれば、公明党が反対に回っても条例案は可決されたのである。しかし「尚志会」はフェミニストの側に同調し、条例案をつぶす側に回ったのである。

 そのとき、「尚志会」の中で最も活発に「反対」の言論活動をしていたのが、小坂英二氏であった。ブログにも頻繁に反対意見を書き込み、積極的反対者であった。私は小坂氏のブログを逐一見ていたが、フェミニストそのものの言論を展開し、当時の反対派と全く同じことを言っていたのである。しかし、私は「尚志会」が最終的に賛成に回るという一縷の望みを持っていたので、正面切って批判することを差しひかえ、ホームページ上では取り上げなかった。

 ところが、最近あるきっかけで、大阪の根屋雅光氏から当時の態度について質問された小坂氏は、「自分は最初から林道義氏と同じ立場だった」と答えた。そして「条例案に反対したのは会派の立場に同調しただけであり、本心は賛成であった」「本会議では会派の意見とは別に自分だけは賛成に投票するつもりだった」「会派内での造反を考えていた」と答えたのである。小坂氏のホームページにも、最近そのような自己弁護論が書き加えられた。

 これは真っ赤な嘘である。小坂氏の条例案反対論は、やむをえず会派の意見をなぞるという消極的なものではなく、積極的に個人の意見として反対論を打ち出していた。条例案が廃案になったときにも、大喜びをして書きこんでいた。本心は条例案に賛成だという人間が、廃案を大喜びするはずがないのである。当時の小坂氏の本心を示す証拠はいくらでも引用できるが、ここでは煩雑になるので差し控える。小坂氏が当時、どれほど「心から」条例案に反対だったかを示す資料を、本HPの総目次「荒川区」の中の最後の「小坂英二氏の嘘と軽薄さの証拠」に載せているのでご覧いただきたい。

 私は当事者の一人として、小坂氏の以上の言動に対して怒りを覚えずにはいられない。当時、先頭を切って条例案に反対したからではない。反対することは自由だし、その事実を隠したり、恥じたりする理由もない。その時点では自分が正しいと思ったとおりに行動したのであり、堂々としていればよいではないか。私が怒っているのは、最初から賛成だったと嘘をついたからである。

 正直に「最初は反対したが、その後、間違いに気づいた」となぜ言えないのか。正直に言った上で、どういうきっかけで気づいたのか、説明責任を果たした上で、立場の変更を表明すれば済むことである。しかし、初めから賛成だったと嘘をつかれては、反対された私としては許すことができない。小坂氏は自分のホームページの冒頭で「正直者が馬鹿を見ない社会」を、と書いているが、まず自分が正直になることが先決であろう。でないと、どんな綺麗ごとを言っても空しく響くだけである。

 政治家にせよ、誰にせよ、意見が変わるというのは、よくあることである。まったく変わらない方がおかしいくらいである。かく言う私も多くの思想遍歴を経てきているが、それについてはきちんと総括して公表している。考えが変わったなら、それを周囲に説明するのが、とくに政治家としては最低限の義務であろう。その義務を怠って、最初から変わっていないと嘘をつくなどは言語道断である。

 さらに、小坂氏については、私はもっと重大な疑惑を抱いている。小坂氏の嘘をあばいた根屋氏に対して、さる人物が電話をかけてきて、ブログの中のその部分を削除しなければ「街宣」をしかけるなどという脅しをかけた。これは民主主義と言論の自由に対する重大な侵害であり、挑戦である。それが小坂氏の意思であるなら、大問題である。私が小坂氏に電話して、根屋氏との和解を勧めたとき、話が根屋氏への脅しにふれた際「自分はそのようなことを誰にも頼んだことはない」と言った。頼まれもしないのに、小坂氏のために脅しをかけるということが、なぜ起きたのか。小坂氏は、自分が与り知らぬあいだに、その人物が勝手にやったと言い張るだろうが、まったくの無関係ということは考えられないのである。それとも、頼まれもしないのに小坂氏のために「一働きしてやろう」というほどに、小坂氏は「街宣」で脅すような人物と親密な関係があるのか。この点について、小坂氏は納得のいく説明をする義務があろう。自らのホームページ上に、きちんとした弁明を出してもらいたい。

 過去の日本的な(保守的な)政治家像としては、「清濁合わせ飲む」と言われるように、嘘や変節はいちいち問題にしなくてもよい、大きいことをやればいいので、細かいことは気にするな、と考えられてきた。しかし、それは一時代前の前近代的な政治家像であり、今の時代に通用するものではない。今は政治家の人格やクリーンさが重んじられる時代である。「政治とカネ」にこれほどの関心が集まるのも、政治家の人格が「立派」というほどでなくとも、少なくとも「常識」程度であるべきだという国民の意識の現れであろう。この点を見誤ると、自民党であろうが「真正保守」であろうが、国民から見捨てられることになろう。

 小坂氏も、下手な自己弁護の殻に閉じこもるのではなく、誤りは誤りとして潔く認めて、再出発をはかってはどうか。

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